BBC News

2021年9月28日

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ジャオイン・フェン(ワシントン)、テッサ・ウォン(シンガポール)、BBCニュース

中国の「#MeToo(私も)」運動で大きな注目を集めた、ネット上で「弦子」の名で知られる女性(28)が、セクハラ裁判で訴えを棄却された。「ごめんなさい、30分間泣いていました」。北京にいる彼女は疲れ切った声で、BBCの電話取材にそう言った。

弦子さんは3年前、中国で最も有名なテレビ司会者の1人を相手取り、セクハラをされたとして提訴。一躍、中国で始まったばかりの#MeToo運動の「顔」となった。

しかし北京の裁判所は今月14日、証拠不十分を理由に彼女の訴えを棄却。弦子さんは壁に突き当たった。

BBCが彼女に電話をかけたのは、棄却決定の翌日だった。弦子さんはそれまで、中国版ツイッターの「微博(ウェイボー)」で、ある支持者と連絡を取ろうとしていた。弦子さんは微博を使って、支持者らと緊密な関係を築いている。

だが裁判所の判断が示されると、弦子さんは微博によって完全にブロックされた。さらに支持者の女性も、おそらく公に支持を呼びかけていたため、同様にブロックされた。

オンラインのコミュニティーから切り離されたとわかり、弦子さんは涙を流した。

「みんなのアカウントが絶えず利用停止となっている。連絡の取りようがない。ありがとうと伝える機会を失った。この3年は、中国のフェミニストたちが互いに分離させられた3年だった」

体をまさぐられ

中国で#MeToo運動が盛り上がり始めた2018年、弦子さん(本名・周曉璇さん)は多くの女性と同じく、セクハラの経験を語り始めた。

3000文字の文章で、国営放送局CCTVの司会者の朱軍さんに2014年にセクハラをされたと告発した。朱さんと面談できればと思って控室を訪ね、被害に遭ったという内容の告発文は、その後、ソーシャルメディアで拡散された。

当時、弦子さんは21歳のインターン。一方の朱さんは、CCTVの春節(旧正月)特番で司会者を務めるなど、中国で誰もが知る存在だった。

弦子さんはその後に公表した文章で、より詳しく状況を説明した。それによると、朱さんに体を触られまいと努力したが、それでも約50分間、体をまさぐられ、無理やりキスをされた。

控室にはスタッフが出入りしていたため、何回か中断があった。だが、彼女は恐怖と恥ずかしさで体が凍ったようになり、助けを求められなかった。朱さんがスタッフの1人と話をしていた間に、弦子さんは「徐々に正気に返った」という。

「朱軍の気分を害して、私の勉強に影響が及ぶことを恐れた。そのため反撃できなかった」と、彼女は当時、記している。

強まる「弾圧」

こうした訴えに対し朱さんは、一貫して訴えの内容を全面否定。汚名を着せようとする活動の被害者だとし、「とんでもない辱め」に耐えてきたと主張している。

弦子さんは、朱さんと面会した翌日、警察に届け出た。しかし彼女によると、警察は朱さんのことを、善行を促進する国家の「ポジティブなエネルギー」運動を体現する存在だと説明。評価を汚すようなことはできないと話したという。

弦子さんは口をつぐんだ。しかし、#MeToo運動が起こった。

このケースは、朱さんが名誉棄損で弦子さんを訴えたことで、さらに注目を集めるようになった。弦子さんはこれに反訴。当時、セクハラ差別を禁じる内容に最も近かった法律を使い、朱さんが「個人の権利を侵害した」と主張した。

それ以来、弦子さんの生活は一変した。

武漢の中流家庭に生まれた弦子さんは、18歳の時に映画の監督技術を学ぶため北京に引っ越し、脚本家として働いていた。

それを辞め、ここ3年は蓄えを取り崩し、フリーの文筆活動で不定期の収入を得ながら生活してきた。弦子さんの弁護士は、わずかしか費用を請求していないとされる。

弦子さんはこのところ、自らの法廷闘争と、セクハラ被害者のための活動に力を入れている。ソーシャルメディアのアカウントのフォロワーは30万人を超えており、セクハラ被害について助言を求める人も多いという。

同時に、弦子さんに対する当局の検閲が強まった。議論の場は閉鎖され、弦子さんの微博への投稿が禁止された。中国語で#MeToo運動を意味する「米兔」という言葉が、中国のソーシャルメディアから排除された。

弦子さんは当初、自分が書いた文章を支持者らに送り、支持者らがそれを代わりに各自のアカウントに投稿する方法で規制を逃れた。しかしそのうち、支持者らのアカウントが停止されてしまった。

やがて弦子さんへの批判が激しくなった。国家主義的なブロガーたちは、弦子さんがうそをついており、議論を呼び起こすために「外国勢力と結託している」と非難した。中国国営の英字紙・環球時報(グローバルタイムズ)には最近、弦子さんの事案をめぐって、欧米が「中国の社会を分裂させる」ために#MeToo運動を利用しているという解説が掲載された

裁判の行方

さらに、裁判でも挫折があった。弦子さんによると、この事件をセクハラ裁判と名付けるよう求めたところ、裁判所はこれを拒んだ。

法廷では、弦子さんに発言の機会はほとんど認められなかった。控室の外のビデオ映像や、朱さんと面談した時の写真などを「補強証拠」として提出しようとしたところ、受け入れられなかったという。

弦子さんは、朱さんと面談した時に着ていたドレスを証拠として提出した。初期の分析では、朱さんのDNAの形跡は見つからなかった。その後、弦子さんがもっと詳しく調べるよう求めたところ、裁判所からドレスが「無くなっている」と言われた。

また、朱さんを証人として呼ぶのは「不必要」だとも言われたという。

中国の法律の専門家で、米エール大学法科大学院の研究者ダリアス・ロンガリノさんは、裁判所の説明は「説得力に欠ける」とBBCに話した。

裁判所の判断をめぐっては、政治的な動機が背景にあると考える中国人もいる。

「とても疲れた」

弦子さんはさらに、名誉棄損で訴えられた裁判にも対応しなければならない。原告の朱さんは、賠償金として65万元(約1100万円)を支払うよう求めている。

BBCは朱さんと彼の弁護士に連絡を取ろうとしているが、返事を得られていない。

弦子さんには、これらすべてが大きな打撃となっている。1週間ほど前に支持者たちが投稿した動画では、北京の裁判所を出た弦子さんが短時間、支持者たちと話をした際に、意気消沈した表情を見せた様子がうかがえる。

弦子さんは緊張気味に中国の民法典の本を握りながら、「あの出来事が起きた時、私は21歳でした。いま28歳で、とても疲れています(中略)。もうあと3年闘う闘志をかき立てられるか、わかりません」と話した。

弦子さんはBBCに、これほどあら探しされた後にキャリアを再開できるのか、不安になることがあると話す。そのため、映画を観たり、昼寝をしたりして、気晴らしするようにしているという。

弦子さんの活動に呼応する友人や家族、交際中の男性は、彼女への精神的サポートの面で大きな役割を果たしてきた。

しかし、弦子さんにとって最も効果的なセラピーは、文章や友人との会話を通して、言いたいことを言うことだ。「話すことは癒やすこと」と弦子さんは言う。それだけに、検閲の厳しさが増していることを苦痛に感じている。

「傷ついたと声を上げるのを禁止するのは、その人を破壊しようとするのと同じです」

「私は何か悪いことをしたのでしょうか。なぜ私を壊そうとするのでしょうか」

のしかかる重荷

じつは弦子さんの事件は、ここ数週間で打ち切られた注目の裁判としては2件目だ。

今月に入って検察は、ネット通販大手アリババの元従業員の男性に対する起訴を取り下げた。男性は出張中、酒に酔った同僚女性をレイプしたとされていた。

男性をめぐっては、警察の捜査で、同僚女性に「わいせつ行為をした」ことが認められた。男性はその後、アリババに解雇され、15日間拘束された。

中国でセクハラ事件が裁判になることは非常にまれだ。法律の専門家によると、実際の犯行が記録されたビデオ映像や写真が求められることが多いなど、証拠の壁が高く、原告に課される立証責任が重荷となっているという。

雇用先に訴えても十分な対応をしてもらえず、インターネットで告発文を公開する人もいる。

「そうした被害者たちは、世論に訴えかけるしかないと感じています。これは、当局が苦情に対処できていないということです。被害者が雇用主の注意を引くため、自分の経験を微博で明らかにしなくてはならないなんて、おかしなことです」と、ニューヨーク大学法科大学院研究フェローのアーロン・ハレグワさん話す。

ネットで告発することで、相手から名誉棄損で訴えられるリスクも抱えることになる。調査によると、そうした訴訟では訴えられた側が負けることがかなり多いとされる。

今年1月、新たな民法典が施行された。第1010条は、セクハラを受けた男女は裁判を起こせると明記している。また各組織に対し、セクハラの防止策と、事案が起きた時の調査を義務付けている。

昨年、これが初めて発表されると、「勝利」としてたたえられた。しかし、セクハラや暴行の被害を訴えた人は実際には異なる現実に直面しており、法制度として「矛盾したメッセージ」を送っていると、エール大学のロンガリノさんは言う。

「立ち上がることのマイナス面はプラス面よりずっと多く、それが委縮効果を生んでいます」

ニューヨーク大学のハレグワさんは、雇用主がセクハラに対処しない場合や、被害を訴える人を報復から守らない場合に、どのような過失に問われるのかを明確にする必要があると話す。

「共にやり抜く」

弦子さんの訴訟の結末は、中国の#MeToo運動にとって明らかに挫折になったと、活動家たちは言う。被害を訴える人たちが直面する困難の度合いが増していることを示す、苦い現実だと言う人もいる。

活動家の梁小門さんはBBCに、中国のメッセージアプリ「微信(ウィーチャット)」上の約300人のフェミニストグループが、弦子さんの裁判の後でほどなくして会話ができなくなったと話す。メンバーはチャットに投稿できても、他の人のメッセージを読むことができないという。「孤立させられるのですが、それに気づきすらしないのです」とリャンさんは言う。

弾圧を回避する方法を見つけている人たちもいる。弦子さんの裁判の後、支持者たちは、「バラ色のあなた」というを投稿することで、弦子さんとオンラインで連絡を取る方法を発見した。歌詞には、「くたくたに見えるけど、あなたは決して止まらない(中略)この時代にあなたがしたことを私は忘れない。あなたはあなただけの存在ではない」という一節がある。

弦子さんの裁判に関して明るい点といえば、中国において、女性の権利に対する意識を大きく引き上げたことだ。

「#MeTooはその反逆性ゆえに重要です(中略)中国ではいまも発言が続いている、残り少ない意味ある声の1つなのです」と、活動歴の長いフェミニストの吕频さんは言う。「そしてそれは消えて無くなりません。中国女性の真の人生経験に根づいたものだからです」。

弦子さんは正義を求めて闘う自らの裁判について、「前進」があったと話す。そして現在、控訴に向けて準備している。

「一緒になって、私たちはやり抜きます。すでに、ある程度勝利したのです」

「(努力が)無駄だなんて思ったことは一度もありません。これっぽちもです」

(英語記事 The #MeToo icon China is trying to silence

提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-58715102

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