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2022年4月27日

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スティーヴ・ローゼンバーグ、BBCロシア編集長

モスクワでは爆弾の爆発はない。街の周りを外国の軍隊が取り囲んでいるわけでもない。モスクワ市民がいま経験していることは、ウクライナで起きている悲惨な事態とは比べ物にならない。

一見するとこの街の日常は普通にさえ見える。サドーヴォエ環状道路(ガーデン・リング)は相変わらず渋滞しているし、私の目の前にある地下鉄駅からは大勢が次々と表に出てくる。

しかし実際には、普通で相変わらずと言えることはあまりない。普通の日常は2月24日、ウラジーミル・プーチン大統領が「特別軍事作戦」のためウクライナ侵攻を軍に命じた時点で終わった。

私はソヴィエト連邦時代のこの国を経験している。ソ連崩壊後のロシアでずっと暮らした。そして世界最大の国は今また、姿を変えた。

「特別軍事作戦のロシア」をご案内しよう。

スーパーへ向かうために車に乗り込む。いつもの習慣でラジオをつける。周波数はFM91.2メガヘルツ(MHz)に合わさっている。かつてこれは、ラジオ局「モスクワのこだま」の周波数だった。「モスクワのこだま」は、ロシアのラジオ局の中で私の一番のお気に入りだった。信頼できるニュースと情報を発信する媒体だった。

しかしこの数週間で、この国の独立系メディアはすべて活動停止か廃止に追い込まれた。FM91.2MHzで現在放送しているのは、国営のラジオ・スプートニクだ。ここはウクライナへの軍事侵攻を支持している。

ガーデン・リングを運転していると、劇場の前を通る。この劇場は建物の表に、巨大な「Z」の文字を立てている。ラテン文字の「Z」はロシアの軍事作戦のシンボルだ。ほかにも、ロシア鉄道の本部前にも「Z」がある。運転しながらトラックを追い越すと、車の側面に「Z」のシールが貼ってあった。この数週間というもの、クレムリン(ロシア政府)を批判する人たちの玄関にも、この「Z」が次々と落書きされている

ショッピングモールはにぎやかとは言いがたい。外国ブランドの店舗は軒並み閉じている。ウクライナ侵攻が始まってからというもの、数百の外国企業がロシアでの事業を中止した。

医師の給料では足りない

スーパーに入ると、棚には商品がそろっている。パニック買いで3月に起きた砂糖不足は、解消されたようだ。しかし、商品の種類は前に比べると少ないように思う。そしてこの2カ月で、物の値段は一気に上がった。

ショッピングセンターの外で、ナデズダさんという医者と雑談を始めた。

「値段があまりに高くて、今では自分の給料だけでは生活できない」と、ナデズダさんは話した。

「でも一番つらいのは、ウクライナで起きていることの真相を知りたがらない社会に暮らしていることだ。みんなローンの支払いや借金の支払いを心配するのに、忙しすぎる。自分の周りで何が起きているのかには興味がないんだ。でもウクライナで起きているのはひどいことだと思う。自分がロシア人なのが恥ずかしい」

私は、自分が30年前に英語を教えていた市内の工科大学へ向かった。

共産党政権が崩壊した後の1990年代初頭、私が教えていた学生たちは、ロシアと西側がしっかりした友情と協力関係を築き、それはいつまでも続くという希望にあふれていた。自分たちには平和で豊かな未来が待っていると。

そうはいかなかった。

「誰だって大変な思いをして、それを乗り越えてきた。日が沈んだ後には必ず夜明けが来る」と、学生のデニスさんが表で私に話した。

「でも自分は軍を支持する。この国の兵士たちなので。何がどうなろうと、自分の国を支持しないとならない」

オーウェル的ゆがみ

私が最後に向かったのは、第2次世界大戦でナチス・ドイツに勝利したソ連の戦いをたたえる巨大な戦争博物館だ。甚大な人命の損失を伴う大勝利だった。ソ連は「大祖国戦争」と呼ぶ対独戦で、戦闘員・民間人を計2700万人以上失った。

この戦争博物館では早くも、現在の「特別軍事作戦」の称賛が始まっている。それが私には気がかりだ。

博物館の公式サイトでは、「博物館」のつづりを変えてラテン文字「Z」の文字を取り込んでいる。博物館の売店では、「Z」印のマグカップを売っている。「私の大統領はプーチン」と書かれたピンバッジでは、「Президент(大統領)」という単語のキリル文字の「з」をラテン文字の「Z」に置き換えている。

この博物館は現在、ウクライナにおけるナチスに関する展示をしている。ロシア軍はいま「ウクライナをナチスから解放している」のだという、ロシア政府による虚偽の主張を、固めるのに役立つ。

私がいるここは「特別軍事作戦のロシア」。オーウェル的な平行宇宙だ。侵略は解放で、軍事侵攻は自衛で、批判者は裏切り者なのだ。

私がこの30年間かかわってきたロシアは、もうなくなってしまった。そんな感じがする。

(英語記 Ukraine war: The Russia I knew no longer exists - Steve Rosenberg

提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-61225441

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