2022年7月5日(火)

BBC News

2022年6月15日

»著者プロフィール

ソフィア・ベティザ、スヴィヤトスラフ・コメンコ、BBCニュース

ソヴィエト連邦の赤い国旗を振り回したウクライナの高齢女性が、ロシアのプロパガンダの「顔」になっている。きっかけは、ウクライナ兵と遭遇した際の動画が急速に拡散されたことだった。BBCはこの件の真相に迫ろうと、「バブーシュカZ」と呼ばれるようになった女性を探し当てた。

「私を美化してはいけません。私はただの農家の女性です。なぜ私が有名人になったのかわかりません」

バブーシュカZ(バブーシュカはロシア語で「おばあさん」、アルファベットの「Z」はロシアで戦争支持のシンボルとなり、装甲車などに描かれている)は、その有名ぶりを示す画像をBBC記者に見せられてひどく驚き、「こんなの見たことありませんでした」と言った。

動画では、バブーシュカZは赤いソ連の国旗を手に、2人のウクライナ兵に向かって歩いて行く。

兵士らは助けに来たと言い、食料の入った袋を差し出す。そして、彼女から旗を取り上げると、地面に投げつけ、踏みつける。彼女は侮辱されたと感じ、食料を押し返す。

動画の中でバブーシュカZは、「私の両親は第2次世界大戦で、その旗のために死んだんです」と、憤慨して言う。

住民による支持の証明として

ロシアにとって最高の内容だ。ロシアのプロパガンダが個人に焦点をあてるのは難しいが、バブーシュカZは例外だった。ソ連の崩壊を残念がり、ロシア人を解放者とみなす、珍しいウクライナ人として、ロシアはバブーシュカZを利用することにしたのだ。

ほとんどのウクライナ人は、たとえロシア語が話されている地域の住民であっても、今回の侵略を歓迎していない。そのため、ソ連の国旗を振り回すこの女性は、ロシアの行動が地元住民に支持されていることの証明として使われた。

ソ連国旗とバブーシュカZを組み合わせた図柄は、第2次世界大戦中の「母なるロシア」絵葉書を知るロシア人全員の心に響く。それも、プラスに働いている。

これを受け、ロシアのプロパガンダ・マシンが動き出した。数日のうちに、昔ながらのスカーフ、フェルトのブーツ、厚手のスカートという、ソ連時代のステレオタイプの農家の女性のイメージは、モスクワからシベリア、極東のサハリン島まで、ロシア国内のあちこちで見られるようになった。

バブーシュカZはいまや、壁画、プラカード、絵葉書、彫刻、車のバンパーのステッカーの中で不滅の存在となった。歌や詩も作られた。ロシア当局は、爆撃で完全に破壊されたウクライナの都市マリウポリに、バブーシュカZの像を建てた。

バブーシュカZの正体を知る人は、最近までいなかった。実際のところ、生きているのかすら誰もわからなかった。

しかし、この女性は紛れもなく実在している。名をアンナ・イワノフナと言い、ウクライナ北東部ハルキウ近郊のヴェリカ・ダニリウカ村で、夫、犬、猫、ウサギと暮らしている。

アンナさんのイメージをもとに作られた像の写真を見せると、元気そうな69歳は驚いたような顔をする。

「私って本当にこんなに老けて見えます? 知らない人に見つめられているみたい!」

ただ、アンナさんの物語は、ロシアのメディアが描いてきたイメージとは大きく異なる。アンナさんは戦争を支持していない。

「同じ国の人たちが死ぬのを、支持できるわけなどありません。私の孫やひ孫たちは、ポーランドに行かなくてはなりませんでした。私たちは恐怖の中で暮らしています」

ではなぜ、ソ連の国旗を持って兵士らを出迎えたのか。誤解なのだと、アンナさんは言う。食べ物を渡してくれたウクライナ兵2人を、ロシア兵だと勘違いしたのだと。

「ロシア人が来て、私たちと戦わないことがうれしかったんです。私たちが再び団結するのがうれしかったんです」

アンナさんは自分の振る舞いに、政治的な含みはなかったと説明。赤い旗は、ソ連の国旗でもなく、ロシアの国旗でもなく、「すべての家庭、すべての都市、すべての共和国の愛と幸福の旗です。流血の旗ではありません。違うことを言う人は間違っています」と話す。

アンナさんが話している間、近くでは絶えず大砲や戦闘のごう音が聞こえていた。しかしアンナさんは一度もひるまなかった。慣れていたのだった。

「もしウラジーミル・プーチンと話せるなら、あなたは間違いを犯したと言いたい。こんな目に遭うなんて、いったい私たちウクライナの労働者が何をしたっていうんです。一番苦しんでいるのは私たちです」

しかし、アンナさんはソ連時代の人だ。プーチン大統領を公然と批判することには消極的だ。

「プーチンは大統領です。皇帝、王、帝王です」

アンナさんはモスクワでスターになったが、アンナさんの村はプーチン氏の軍隊の攻撃を免れておらず、たびたび空爆を受けている。

私たちが車を走らせている時も、何軒かの民家で火の手が上がっていた。灰になった家もある。アンナさんの自宅も砲撃の被害を受けていた。窓ガラスは割れ、屋根は損傷し、芝生には破片が散らばっている。

「今はわかります」とアンナさんは言った。

「ロシアの人たちは、ここウクライナの人のことなど気にかけていません。私たちの土地を征服することだけを考えているのです」

ウクライナ文化省のドミトリー・ガルコ氏も同意見だ。ロシアのプロパガンダは、すべてを薄っぺらいものにしてしまうという。

「ロシアは真実には無関心です。実在の人物に関心などありません。アンナさんが誰なのか、その運命はどんなものなのか、興味がないのです。もし可能ならアンナさんをさらい、ミイラにし、霊堂に納めるでしょう」

アンナさんは今、身の危険を感じている。ウクライナで親ロシア派と見られ、オンラインで攻撃されている。

近所の人たちも皆、アンナさんを避けているという。小さな村なので、全員が顔見知りだ。

「有名にされて迷惑です。ウクライナで私は裏切り者だと思われています」

しかし、アンナさんの名声が彼女に及ぼした影響の本当の大きさがはっきりしたのは、インタビューの最後になってからだった。別れ際、アンナさんは鎌とつちが描かれた愛着のある赤い旗を、私たちに渡そうとしたのだ。

「トラブルはごめんです。これを理由に誰かに攻撃されるなど、二度と起きてほしくない」

(英語記事 Russian propaganda icon: 'I'm a peasant, don't glorify me'

提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-61810025

関連記事

新着記事

»もっと見る