2022年6月29日(水)

BBC News

2022年6月24日

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セカンダー・カーマニ、BBCニュース、アフガニスタン・パクティカ州

アフガニスタン南東部で22日未明に発生した強い地震は、20年来最大とされる被害をもたらした。助かった人たちは、食べるものもシェルターもなく、コレラの発生を恐れている。特に被害の大きかったパクティカ州から、BBCのセカンダー・カーマニ記者が報告する。


全壊した自宅のがれきをより分けながら、アガ・ジャンさんは目に涙を浮かべる。

「これは息子たちの靴です」。手にした靴のほこりを払いながら、アガ・ジャンさんは言う。22日未明に襲った地震で、幼い子供3人と2人の妻は、寝ている最中に死亡した。

揺れが起きた時、アガ・ジャンさんは家族が眠っている部屋へと急いだ。

「なにもかも、がれきの下敷きだった。シャベルさえ。何もできなかった。助けてくれと親類に頼んだが、家族をがれきから引っ張り出した時には、すでにみんな死んでいた」

パクティカ州バルマル地区にあるアガ・ジャンさんの村の周りは、特に被害が大きかった地区だ。地震による死者は約1000人、負傷者は3000人以上とされている。

ここから一番近くの大きい都市まで、車で3時間かかる。途中の道路のほとんどは舗装されていない。都市部から遠方にあるだけに、負傷者の搬送は困難だ。タリバンの軍用ヘリで病院まで運ばれた人たちもいる。

村のほとんどの家屋は泥と石で造られており、ほとんどが大きく破損している様子だ。ほとんど全ての家族が、誰かしら身内を失い、嘆いているようだ。

出稼ぎ労働のため国境の向こうにあるパキスタン・カラチにいたハビブ・グルさんは、震災被害について知らされ、急いでバルマルの村に戻った。着いてみると、親類20人が犠牲になっていた。そのうち18人は、一つ屋根の下に住んでいた。

「誰の名前を言えばいい? 本当に多くの親類が殉教してしまった。3人姉妹、めい、娘、幼い子供たちが」

取材する私たちに出くわす村の人は誰もが、自宅がいかに破壊されたかを見せようとする。どれほど甚大な災害だったか世界に見てもらいたいというのもあるし、もっと現実的な理由として、そうすれば支援物資の配給リストに自分の名前を加えてもらえるかもしれないと期待しているからでもある。

「世界が私たちを兄弟として見てくれて、助けてくれるなら、私たちは故郷のここにとどまる」と、ハビブ・グルさんはBBCに話した。「そうしてくれないなら、長年暮らしたこの土地を離れる。目に涙を浮かべて」。

私たちの頭上を、軍用ヘリコプターが羽音を立てながら通過する。負傷者の搬送はすでに終わり、救援物資を運んでいる。タリバン当局者は私たちに、救助作戦はすでに完了したと話す。

今の最大の急務は、家を失った何百もの家族のための避難所を用意することだ。

アガ・ジャンさんと、助かった息子の1人は、何もない地面にくいをたてて、大きいビニールシートを広げている。ほかの家族は、テントを張ってその中にいる。すぐそばには、建てるのにあれだけ苦労した家が、がれきとなっている。

テントにいるのは、ハリド・ジャンさんと5人の幼い孫たちだ。子供たちの父親はハリド・ジャンさんの息子で、ハリド・ジャンさんのほかの子供2人と共に、地震で命を落とした。残された孫たちの面倒は、ハリド・ジャンさんの責任になった。

「この子たちにはもう私しかいない」。テントの中で、伝統的な金属製のベッドに座りながら、ハリド・ジャンさんはBBCに話した。「けれども、家も何もかもが壊されてしまった。自分で建て直すのは無理だ」。

アフガニスタン当局とさまざまな国際支援団体が、被害状況を精査し、救援物資を送りこんでいる。しかし、これは状況の変化が続く大災害だ。しかもアフガニスタンの人道状況はただでさえ深刻だった。

被害支援に携わる国連は、コレラ集団感染の危険を警告している。

ハビブ・グルさんの村では、死者を悼む祈りをささげるため、男たちが集まっていた。250人の住民のうち、約50人もが犠牲になった。死者を悼んだ後は、生存者をいかに助けるか、援助がいかに速やかに届くのかが、今後の課題となる。

(英語記事 Afghanistan earthquake: No food, no shelter and fears of cholera

提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-61919555

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