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2022年6月24日

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ブライアン・ラフキン、BBCワークライフ

新型コロナのパンデミックが始まって以来、働く人の多くは、オフィスに戻れと上司に命令されたら辞めてやると強気だった。ここへ来て、実際に選択を迫られる事態になりつつある。

世界的な人材紹介会社ロバート・ハーフは今年3月、アメリカの労働者の5割が、フルタイムのオフィス勤務再開を強制されるくらいなら辞職した方がいいと考えているという、調査結果を発表した。

今年5月初めには、目立つ立場で実際にそれを行動に移した人がいる。米アップルの機械学習担当ディレクター、イアン・グッドフェロー氏は、同社の職場復帰方針を受け入れず、辞職した。アップル社は4月11日から、週に1度のオフィス勤務を要求し、さらに5月2日からは週2日、5月23日からは週3日のオフィス勤務を求めていた。幹部クラスのグッドフェロー氏はこの計画に賛成せず、辞職した(BBCワークライフはアップル社にコメントを求めたが、回答を得ていない。アップル社は、グッドフェロー氏の辞職報道について公にコメントもしていない)。

グッドフェロー氏の辞職は、意外なものではなかった。少なくとも、アップルの社員にとっては。社外の匿名投票サイト「ブラインド」での最近の調査では、アップルの従業員650人以上のうち、76%が同社の職場復帰計画に不満を抱いていた。50%は、それを理由に辞職を考えるかもしれないと答えていた。

しかし、アップルの外でも、驚いていない専門家たちがいる。

「まったく驚いていない。むしろ、(大企業の幹部で)これまでそういう人がいなかったことの方が意外だ」と、アニタ・ウィリアムズ・ウーリー准教授は言う。ウーリー氏は、米カーネギー・メロン大学テッパー・ビジネススクールで、組織行動理論を教えている。

ウーリー准教授は、自分がかかわる企業幹部は誰もが、「誰が最初に何をどうするのか、お互いの出方をうかがっていたし、(リモート勤務を減らすと)それに対してどういう反応があるのかも様子を見ていた」のだと話す。

「反応が出始めたわけです」

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働き方について、自分の意向に合わない会社の方針を不承不承に受け入れるよりは辞めるという、その選択をする労働者の中で、グッドフェロー氏は目立つ立場にいた1人に過ぎない。ほかにも、まだ辞めてはいないものの、辞めたくて仕方がないという人は大勢いる。しかし、グッドフェロー氏のように高名な大企業幹部が辞職し、話題になったことで、さらに大勢が続くのではないかと考えるリクルーターやアナリストもいる。自分の会社の職場復帰方針を実感するようになる人が今後増えれば、勤労者の反撃が始まるのではないかと。

転換点

柔軟な働き方が終わることで辞職が増えたと示す確実なデータがあるわけではないが、辞めていく人たちの話は少しずつ耳に入り始めている。

「多くの企業が本格的に、出社再開をかなり大規模に開始している。そのため労働者はかなり本格的に、(オフィスに戻るだけの価値があるのか)決断を迫られている」と、米人材紹介会社コーン・フェリーのエリーズ・フリードマンさんは言う。「加えて、今はかなりの求人がある。それも現実だ」。

この2つの要素が合わさり、「転換点」に至ったと、南カリフォルニア大学のエリック・アニチック准教授(経営組織学)は言う。一部の従業員が動き始めれば、それに続く人が出るというのだ。

「自分と同じような労働者や同僚や、尊敬されている重役などが辞めれば、それが自分にとっての決定打になる人もいるだろう」

前出のウーリー准教授も同意見だ。「友人が転職したという労働者が増えている。そうすると、自分もそうしてみよう、それほど怖いことではないかもしれないと思いやすい」。

いつから社員に出社を求めるか、この決定を多くの企業は先延ばししてきた。しかしそれもそろそろ限界で、会社側も働く側も、対応を迫られている。そして往々にして、会社と社員の意見は食い違っているようだ。

「働く人はこれまでの2年間で、自分はどういう働き方が好みか、考えがまとまっている。コロナ関連の不透明感がかなり払拭(ふっしょく)された今、労働者は自分が好む働き方に沿って行動し始めるかもしれない」と、アニチック准教授はいう。「この2年間で作り上げてきた働き方をがらりと変えさせるのは、かなり難しい。たとえ、リモート5日間を3日間に変えるだけでも」。

誰にでもできるわけでは

もちろん、すべての労働者にこれができるわけではない。選択肢が違うからだ。アップルを辞めたグッドフェロー氏はすでにグーグル社に採用されたと言われているが、ほかの人が今より柔軟な働き方ができる仕事に移行できるかどうかは、複数の要因による。

「『知識労働者』と呼ばれる人ならば、今の経済はまだかなり柔軟な時代で、しかも働く側がかなり強い立場にある時代だと思う」と、アニチック氏は言う。今はまだ労働市場は売り手市場で、多くの企業が1人の候補者を巡って(場合によっては若いインターンでさえ)競い合っている。特にテクノロジーや金融といった業界では、多くの働き手にとって仕事は選び放題なので、自分にとって居心地の良くない経営方針の企業を出ていくことができる。

とはいえ、いくら働く側の力が前より強いとはいえ、誰もがグッドフェロー氏のような立場にいるわけではない。グッドフェロー氏はベテランの企業幹部で、きわめて特化された才能をもち、強力なネットワークを持っている。転職を考える人は、積極的に求人している業界が強く求めるスキルの持ち主でなくてはならないし、今の仕事より柔軟な働き方が可能な企業から採用を提示されていなくてはならない。転職したいが、これはかなりハードルが高いという人もいるだろう。

結局のところ、「出社再開方針を理由に辞職するかどうかは、社内での自分のレベルよりも、自分自身がどういう状況にあるかに左右される」と、前出のフリードマン氏は言う。コロナ禍の最中、労働者が置かれた立場は実にさまざまだったからだ。

「自分がどれだけ早く次の仕事を見つけられると思うか。結局はこれ次第だと思う」と、フリードマン氏は言う。

「自分で決めさせて」

もしも、出社再開を理由に辞職する人が本当に増えたら、その次はどうなるのか。

のらりくらりと先送りし続ける会社も出るだろうと、ウーリー准教授は言う。社員が減り続けるのを防ぐため、「多くの会社はそれを心配して、正式な方針の発表を控えてきた。今後もそうして、あいまいもしくは『柔軟』な姿勢を取り続ける企業はあるかもしれない」。

加えて、出社再開についてすでに正式に方針を示した会社の中には、態度を軟化させたり、完全に方針を転換したところもある。アップル社は新型コロナウイルスの感染者増加を理由に、出社再開計画をいったん停止した。退職者が出たことがこの決定に実は影響しているのかは不明だが、出社命令が先延ばしになったことを従業員は喜んでいるそうだ。

ほかに選択の余地がなかった時に企業がリモート勤務に対応せざるを得なかったように、企業は今後、もしかするとずっとこのままかもしれない、リモート勤務の新しい光景にも対応しなくてはならないのかもしれない。

「雇用する側にとって、なかなか受け入れにくい現実かもしれないが、昔ながらのビジネスのやり方はもう終わった」と、人材紹介会社ロバート・ハーフのアメリカ代表、リッチ・デオシン氏は言う。「人材流出の防止は、今やどの雇用主にとっても大問題になっている。柔軟に働ける選択肢を取り上げたら、スタッフは他の選択肢を検討し始める」。

そして、減給を受け入れるならリモート勤務を認めるというのは、組織のあらゆるレベルで通用しなくなると、複数の専門家は言う。「『給料が減ってもいい』とか『今より仕事のレベルが下がってもいい』という人さえ、あまりいなくなる、そういう方向に向かいつつあると思う」と、ウーリー准教授はいう。

フリードマン氏も同意見だ。たとえば音楽配信サービスのスポティファイは、スタッフがどこにいても、ニューヨーク水準の給料を払い続けている。フリードマン氏は、労働者は自分を受け入れない会社から離れ続け、代わりに「私たちはあなたという人材の価値の対価を支払うのであって、住みたいところに住んでください」と言う会社の方へ行くだろうと話す(だからこそ、Airbnbが4月末に社員に二度と出社しなくても良いという方針を発表したところ、今月初めの同社採用サイトのアクセス数が80万回に達したのかもしれない)。

それでも、IT業界におけるアップルや金融業界におけるゴールドマン・サックス(社員は週5日の完全出社を命じられている)のように華やかなイメージと知名度の大企業ならば、一部の社員はとどまるのかもしれない。柔軟な働き方よりも、履歴書に有名企業の名前を書けることや高額給料を「進んで選ぶ人はいる」とウーリー氏は言う。特に、ITや金融業界は現在、人材の争奪戦状態にあるため、給料や福利厚生を手厚くしているだけに、なおさらだ。

しかし、大企業の威信という魅力には限界がある。特に、同じくらい有名な同業他社が、もっと柔軟な好条件を提示しているなら。結局のところ、「組織が次々と出社について方針を発表するにつれて、ますます事態は動いて、市場はかき回されるはずだ。あらゆる指標がそれを示している」と、ウーリー氏は言う。

グッドフェロー氏という著名人の退職によって、パタパタとドミノが倒れるように後が続くのかはまだ分からない。しかし、そわそわと落ち着かない労働者は増えている。アップルでは数千人ものスタッフが経営陣への公開書簡でこう書いた。「全員にフィットするフリーサイズのような解決策などない。自分にとってベストの働き方は、自分自身に決めさせてほしい。それによって、人生で最高の仕事を私たちにさせてもらいたい」。

(英語記事 The workers quitting over return-to-office policies

提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-61878119

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