
ロシア軍が占領するウクライナ東部ドネツク州の収容所で、戦争捕虜50人以上が殺害された問題で、ウクライナ政府は国連と赤十字による調査を呼びかけている。
ドネツク州オレニフカの収容所で何が起きたのか、詳細は判明していないが、ウクライナとロシアの双方は相手が収容所を砲撃したと互いを非難している。未検証のロシア側の映像には、壊れた簡易ベッドがねじ曲がった残骸や、焼け焦げた遺体が映っている。
ウクライナ政府は、ロシアによる拷問や殺害の証拠を隠滅するため、ロシア軍が砲撃したのだと主張。ウクライナ軍参謀本部は、国連と赤十字に調査を呼びかけた。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は「ロシアの意図的な戦争犯罪」だと非難した。
対するロシア側は、ウクライナが高精度の多連装ロケット砲で収容所を砲撃したのだとしている。
ウクライナの新しい検事総長、アンドリイ・コスティン氏は、収容所砲撃について戦争犯罪として捜査に着手したと明らかにした。
ウクライナの陸軍参謀本部は国連と赤十字に対し、調査を要請。ロシアが戦争捕虜の扱いを隠蔽(いんぺい)するために、この収容所を攻撃したのだと主張した。
陸軍参謀本部はソーシャルメディアで、ウクライナ兵のマリウポリ避難を仲介した国連と赤十字は、ロシアが戦争捕虜を適切に扱い、その安全を保証するという仲立ちをしただけに、今回の実態を調査する必要があると書いた。
赤十字国際委員会は声明で、「現在の最優先事項は負傷者が確実に救命措置を受け、命を落とした人たちの遺体が確実に丁重に扱われるようにすることだ」と述べた。現場に入れるようロシアに要請し、負傷者の避難に協力すると申し出たという。
収容所に拘束されていた中には、5月に南東部マリウポリの攻防戦で捕虜になったアゾフ連隊の兵士も含まれるとみられる。ロシア側はアゾフ連隊のことを、ネオ・ナチスや戦争犯罪人だと主張している。
収容所で何が起きたのか
(注意: 以下には残酷な行為の描写も含まれます)
いわゆる「ドネツク人民共和国」を自称する親ロシア派のダニイル・ベズソノフ報道担当は、「捕虜を収容する兵舎が直撃された」と述べた。
ロシア国防省は、アメリカがウクライナに提供した機動ロケット砲システム「HIMARS(ハイマース)」による攻撃だと主張。ウクライナが「意図的な」挑発行為に及んだと非難した。同省は、HIMARSが発射したロケット砲の破片だと主張するものを証拠として示している。
他方、ウクライナ側は砲撃や爆撃を否定。ゼレンスキー大統領の顧問は現場の様子から、放火のようだと指摘。ミサイル砲撃だった場合、遺体は飛散していたはずだと主張した。
格納庫のような宿泊施設が破壊された様子を写した映像は、29日朝からオンラインに登場。ロシア国営テレビ「ロシア1」の映像から、建物外の破壊や流血の映像に切り替わる。
建物内部の様子と屋外の様子が、同じ建物の内外なのか、BBCは検証できていない。
ただし、BBCの「リアリティー・チェック」チームは、建物の外で撮影された映像は、ウクライナ東部ドネツク州オレニフカの近くにある第120刑務所の様子に一致すると確認した。
この刑務所は2022年2月以前は無人で、その後はロシアの「濾過(ろか)」手続きを通過していない戦争捕虜や民間人の収容に使われた。ロシアの「濾過」手続きとは、ウクライナで拘束したものを尋問した後、次の移送先を決定するもの。
ウクライナのアゾフ連隊を創設したアンドリー・ビレツキー氏は、収容所で死亡した中に、連隊の兵士が複数含まれていると話した。
今年5月までマリウポリのアゾフスタリ製鉄所に立てこもり、ロシア軍に抵抗していたアゾフ連隊から、複数の兵士が投降後に、オレニフカへ移送されたことが確認されている。
ウクライナ当局は、オレニフカに運ばれた戦争捕虜は拷問されたと主張してきた。
オレニフカ収容所とは別に、ロシアが占領するドンバス地方のセヴェロドネツクで撮影されたとみられる映像が29日、オンラインで広まり、ウクライナ人に衝撃を与えた。
映像では、ロシア側の兵士が戦争捕虜の性器を切り落とす様子が映っている。ロシア兵は、ロシア南部チェチェン共和国のラムザン・カディロフ首長が率いる部隊の一員だと特定されている。
<解説> 誰による戦争犯罪なのか――ポール・アダムスBBC外交担当編集委員(キーウ)
オレニフカ近郊にある「濾過収容所」内部の様子は、地獄のようだ。
破れたトタン屋根の合間から差し込む陽光があらわにするのは、ひしゃげてねじまがった金属製の簡易ベッドと、無数の焼死体だ。中にはベッドに横たわったままの遺体もある。おそらく眠っている最中のことだったのだろう。
屋外の映像では、木製のすのこの上に血の跡と、さらに複数の遺体が横たわる。ここの遺体は焼かれてはいないが、出血している。どれもやせ細っている。
第三者の報道機関が現場に入れない以上、ウクライナとロシアによる食い違う主張を検証していくほか、できることは今はほとんどない。
ウクライナ側は、大量の証拠を得ているとしている。親ロシア派分離勢力が、複数の爆破工作について話し合う無線通話もその中に含まれるという。ロシアの民間軍事会社ワグネルの雇い兵による犯行だという、ウクライナ側の意見もある。
中立な専門家チームが徹底的に調査する以外、真相を確立する方法はない。そうした専門家たちがこの恐ろしい現場にいつか立ち入ることが許されるのかは、疑わしい。
(英語記事 Ukraine war: UN and Red Cross should investigate prison deaths, says Ukraine)