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2022年9月6日

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ニコラス・ワット、BBC番組「ニューズナイト」政治編集長

新しく首相になれば誰だろうと、直ちにその肩には重責がのしかかる。内心では緊張で心が揺れることもあるだろう。しかし、リズ・トラス氏の辞書に、自己不信の文字はない。

ここ数日のトラス氏と会った人たちは口をそろえて、彼女は今の流れを楽しんでいるし、自信満々だと話す。

それでも、イギリスの次期首相はさすがに内々では、目の前にある挑戦はかなりのものだと認めるかもしれない。「つい涙目になってしまう」ほどの光熱費の急騰は、彼女が崇めるマーガレット・サッチャー氏が半世紀近く前に首相になってからというもの、まったく前例のない事態だからだ。

サッチャー氏が1979年にダウニング街の住人となった時、国民は新首相がどういう人か、それなりに承知していた。首相になる4年前から、野党としての保守党を率いていたからだ。

対するトラス氏はこれまで8年間、閣僚を務めてきたが、その知名度はサッチャー氏ほどではなかった。さらに、外相としてのトラス氏を知る人たちでさえ、新首相が今後どのような直観に沿って行動するようになるのか、わからずにいる。

トラス氏はかつてブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)に反対する残留派だったが、その後はなめらかに離脱派へとくら替えし、ブレグジット推進派に温かく迎えられた。こうしたプラグマチックな姿勢を、首相としても押し出していくのか。それとも、保守党の党首選の戦いぶりから察するに、減税に徹底的にこだわり、サッチャー氏の言葉を借りるならば、決して変節しない鉄の意志の女性宰相になるのか。

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どういう人か決めつけられるか

BBC番組「ニューズナイト」は数日前から、トラス氏を知る人たちに話を聞き、新首相の過去から今後のことが予測できるか探っていた。それによると、政治的に2つの側面を持つその過去が、トラス氏の今後のさまざまな考えや判断を導く、拠り所になるだろうというのが、大方の総意だった。

トラス氏は週末にかけて、就任から1週間以内に、光熱費急騰について緊急支援策を発表すると表明した。他方、今月後半の「財政イベント」では新政権の財務相が、トラス氏の党首選公約をもとにした「包括的な対策」を発表することになっている。

2010年にトラス氏と同期で初当選し、トラス氏と共にジョンソン政権で閣僚を務めたニッキー・モーガン女男爵は、エネルギー危機対策では新首相の2つの顔を見ることになるだろうと話す。

モーガン氏は「ニューズナイト」に対して、「複数のアプローチが合わさった取り組み方になると思う」と述べ、「リズについて『この人はこう』と決めつけようとしても、なかなかそうはいかないと、これからみんな気づくはず」だと話した。

政治的綱渡り

自分が下院議員だった当時、トラス氏の知り合いで、今は保守党系のウエブサイトを運営するポール・グッドマン氏は、エネルギー危機に取り組みながら、政治的指導力を維持するには、首相はイギリスを戦時下の体制に置く必要があると話す。

「リズ・トラスにとってずっと何より大事だったのは、その適応力だ」とグッドマン氏は言う。

「イデオロギーの信奉者だという定評があるし、確かにそのイデオロギー的な根っこは明確だが、そもそも彼女は自由民主党員だった。ブレグジット国民投票では残留派だったはずが、その後は離脱派のアイドルになった」

「かつては自由民主党員だったが、今では保守党右派のリーダーだ。そして今回の党首選では、まるで新顔のようにふるまった。実はもう10年近く前から内閣にいたのに。なので彼女は、自分を作り直し、作り替えていく能力が、非常に優れている」

しかし、国民の光熱費支払いを助けるために、国の強力な支援を容認すれば、政治的に難しいことになる可能性もある。

「彼女を選んだ人たちの中には、それとは違う対応を求める人が大勢いる。それが難関になるかもしれない」と、グッドマン氏は言う。

「そうすると、保守党の中でも自分に投票しなかった勢力の後押しが必要になるし、すると逆に自分に投票した人たちをいらだたせ、怒らせるかもしれない。かなり難しい政治的な綱渡りが必要になる」

イデオローグなのか

他方、トラス氏の政界入りを後押ししたかつての恩人は、トラス氏はもっとイデオロギー的だと言う。政治信条的に今のトラス氏とは決して近くないが、かつて労働党政権の国防相だったジョージ・ロバートソン男爵は、若いころのトラス氏が通信会社「ケーブル・アンド・ワイヤレス」で政府対応を担当していた時、同社の役員だった。

「リズは、いろいろな人と仲良くできる人だ」と、ロバートソン氏は言う。「下院でたまに会っていたころと比べると、今の彼女はかなり思想的に凝り固まっている(中略)思想的に決まった物の見方をする首相になるのではないかと思う」。

ロバートソン氏がよく知っていた頃のトラス氏は、政治家を目指す若者として、ありがちだった。オックスフォード大学を出て、政界系シンクタンクに入ろうとしていた。こうした定番のルートをたどった後、トラス氏は下院議員になっても、当時のデイヴィッド・キャメロン党首が促すままに、欧州連合(EU)残留を支持した。

ブレグジットをめぐるあの国民投票で、EU残留を支持した保守党政治家の多くが、その政治生命を絶たれた。しかし、トラス氏にとっては出世のチャンスだった。

数学の問題

国民投票の後、いったいどのような形でイギリスがEUを離脱するのか、ほとんど白紙状態だった。その中でトラス氏は友人たちに、「離脱派が勝つ。離脱派の方が、これからどうなるか気にしているから」と、その後の展開を予想してみせた。

この政治的な判断をもとに、トラス氏は気持ちをこめて、一大決心をした。EU離脱派に全面的に加わり、その道を精力的に突き進んだ。

トラス氏のこの方向転換は、政治家の単純な変節というにはもう少し複雑だとグッドマン氏は言う。

「当時のリズ・トラスといえば、『自分に何の関係が?』という空気を放っていた。『これが自分に何の関係が? 私は(環境相として)仕事をこなそうとしているのに。この国民投票はそれをすごく邪魔している気がする』と言いたそうだった」

「なので単に、権力者に気に入られようとしてのことではなかったと思う。ただ、彼女の柔軟な適応力を示す結果にはなった」

方針転換はトラス氏にとって、常に続くテーマだ。大学では自由民主党の活動員だったのだから。

しかし、左派として活動する両親の影響を受けた子供時代から、政治への情熱は一貫していた。

トラス氏の成功について、両親の受け止め方は異なっている。母プリシラ氏は政治的信条よりも家族のきずなを優先し、娘を熱心に応援している。これに対して、数学教授の父親ジョン氏は、自分の娘が保守党から総理大臣になることを、なかなか受け入れられずにいるのだと、トラス氏の友人たちは話す。

ただしトラス氏は、数学教授の父親から受け継いだ大事なものを、首相官邸に持ち込むことになる。数学への情熱だ。

トラス首相のインタビューに招かれる記者は、難しい数学の問題を覚悟しておいたほうがいい。

(英語記事 Liz Truss: What sort of prime minister will she be?

提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-62804533

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