2022年10月6日(木)

BBC News

2022年9月9日

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英女王エリザベス2世が96歳で死去したことを受け、世界の指導者や要人たちが次々と哀悼の意を表明している。

各国の指導者たちがたたえるのが、女王の深い義務感としなやかな回復力、ユーモアのセンス、そして優しさだ。

フランスのエマニュエル・マクロン大統領はいち早く追悼の辞を発表。「フランスの友人」だった「心優しい女王」をしのんだ。

また、アメリカのバラク・オバマ元大統領は、女王は「優雅さ、気品、そして疲れ知らずの労働倫理で定義された統治」によって「世界を魅了した」と述べた。

何回かにわたって女王と面会を重ねてきたオバマ氏は、「女王の温かさ、人を安心させる対応の仕方、そして、どんな物々しい儀式の場でも見事なユーモアと魅力を発揮するその様子に、繰り返し何度も感銘を受けた」と声明で振り返った。

ジョー・バイデン米大統領は、40年前に初めて女王と会った。女王を「単なる君主にとどまらず、ひとつの時代を築いた」と表現した。

バイデン氏はまた、2021年に大統領として訪英した時のことを念頭に、「彼女はウィットで私たちを魅了し、優しさで私たちを感動させ、知恵を惜しみなく分かち合ってくれた」と述べた。

エリザベス女王は在位中、13人の米大統領と会談した。最初はドワイト・D・アイゼンハワー大統領だった。

ドナルド・トランプ前大統領は、「女王陛下の寛大な友情、偉大な見識、そして素晴らしいユーモアのセンスを決して忘れない」と、自身のソーシャルメディア「トゥルース・ソーシャル」に書き込んだ。

「なんと崇高で美しい女性だったか。彼女のような人は誰もいなかった!」

ジョージ・W・ブッシュ元大統領は、女王や女王のコーギー犬たちと一緒にお茶を飲んだ時のことを懐かしく振り返り、女王の「偉大な知性、魅力、ウィット」について語った。

カナダの首相は、女王が同国の元首として在位中、12人誕生した。

ジャスティン・トルドー現首相は、女王が「カナダの人々に対して、明らかで深く変わらぬ愛」を抱いていたと、思いを込めて述べた。

そして、「複雑な世界において、彼女の一貫した優雅さと決意は、私たち全員に安らぎを与えた」とし、女王の「思慮深さ、賢さ、好奇心の強さ、親切さ、面白さ、その他のたくさん」の面に触れた「おしゃべり」を恋しく思うだろうと付け加えた。

また、「世界で大好きな1人だった。とても寂しくなる」と、涙をこらえながら語った。

「卓越した人物」

ベルギーのブリュッセルにある欧州委員会を含め、世界各地で半旗が掲げられた。

欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、「自身にとって本当に大切な伝統に根ざしながら、過ぎ行くすべての世代と共感し、つながっていた女王の能力は、真のリーダーシップの模範だった」と述べた。

女王の5番目のいとこにあたるオランダのウィレム=アレクサンダー国王は、マキシマ王妃とともに、「確固として賢明な」君主を「深い尊敬と大きな愛情」をもってしのんでいるとした。

スウェーデンのカール16世グスタフ国王も、女王陛下の遠縁にあたる。「彼女は常に私の家族にとって大切な存在であり、私たちが共有する家族史の中で貴重な存在だった」と、同国王は述べた。

ベルギーのフィリップ国王とマチルダ王妃は、女王を「卓越した人物」だったと表現。「その治世を通じて、威厳と勇気、献身を示した」とした。

ドイツのオラフ・ショルツ首相は、女王の「素晴らしいユーモア」を称賛。「第2次世界大戦の惨禍の後、ドイツとイギリスの和解に尽力したことは記憶され続ける」との声明を出した。

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インドのナレンドラ・モディ首相は、2度の訪英の際に、女王と「忘れがたい会談」を果たしたと回想した。

モディ氏は、「彼女の温かさと優しさは決して忘れない」とツイート。「会談の1つで彼女は、マハトマ・ガンジーが彼女の結婚式で贈ったハンカチを私に見せてくれた。その時の手ぶりを、私は大切に胸にとどめていくだろう」と記した。

サウジアラビアのサルマン国王とムハンマド・ビン・サルマン皇太子も哀悼の意を表明。同国王は女王を、「リーダーシップの模範であり、永遠に歴史に残る」と表現した。

中国の習近平国家主席は、「イギリス政府と国民に心からのお悔やみを申し上げる」とし、「彼女の他界はイギリスの国民にとって大きな喪失だ」と述べた。

「国際社会にとって大きな損失」と岸田首相

いくつかの追悼の言葉には、女王が70年もの長きにわたって君主を務め、前例のない変化の時代を生き抜いたことが反映されている。

オバマ元米大統領は、女王が「月着陸からベルリンの壁崩壊まで、繁栄と停滞の時代を生き抜いた」と表現。

日本の岸田文雄首相は「深い悲しみ」を表明するとともに、「激動の世界情勢においてイギリスを導いたエリザベス女王陛下の崩御は、イギリス国民のみならず、国際社会にとって大きな損失だ」と記者団に話した。

アイルランドのマイケル・D・ヒギンズ大統領は、女王の「並外れた使命感」を称賛。「女王の70年にわたる在位は、ものすごい変化の時代を包含している。その間、女王はイギリス国民にとって、安心の驚異的な源だった」と長い声明で述べた。

アイルランドのミホル・マーティン首相は、女王の在位期間を「歴史的な長さ」だと説明。女王の死去を「ひとつの時代の終わり」と表現した。

国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、女王が「アフリカとアジアの脱植民地化や英連邦の発展など、数十年にわたる大きな変化の中で、心強い存在」だったとする声明を発表。「彼女の献身とリーダーシップを、世界は長く記憶するだろう」とした。

エリザベス女王は、元首を務めた英連邦国家の1つであるオーストラリアを16回訪問した。現職の君主が同国を訪れたのは、女王が初めてだった。

アンソニー・アルバニージー首相は、「長年のさまざまな騒ぎの中でも、彼女は時を超えた良識と不朽の落ち着きを体現し、示した」とする声明を出した。

「彼女は私たちの良き時代を祝福し、悪しき時代には共に立ち向かってくれた。幸せで栄光に満ち、かつ揺るぎなかった」

ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相は、9日午前4時50分に懐中電灯で寝室を照らした警官によって起こされ、君主の死去を知ったと話した。

「たぐいまれな人だった。(中略)女王の人生最後の日々はいろいろな形で、女王がどのような人だったかを示している。愛する人々のために最後の最後まで働いていた」と、アーダーン氏は述べた。

「歴史を生き、歴史を作った」

イスラエルのアイザック・ヘルツォーク大統領は、「エリザベス女王は歴史的な人物だった。歴史を生き、歴史を作った。そしてその死とともに、壮大でインスピレーションに満ちた業績を残した」とした。

女王はイスラエルを訪問しなかったが、女王の息子のチャールズ国王や、女王の夫、故フィリップ殿下は訪問した。フィリップ殿下の母アリス妃がエルサレムに埋葬されているため。

ヨルダンの国王アブドラ2世は、「象徴的な指導者の死を悼んでいる」と表明。1984年に同国を訪問した女王を、「英知と信念あるリーダーシップの光であり(中略)ヨルダンのパートナーであり、親愛なる家族の友人」だったと述べた。

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、新国王のチャールズ3世に「深い哀悼の意」を伝えた。プーチン氏は女王と何度か会っており、女王を14分間待たせたことがあると報じられている。

プーチン氏は声明で、「イギリスの最近の歴史における重要な出来事は、女王陛下の名前と切り離せない関係にある」とし、「何十年もの間、エリザベス2世は臣民の愛と尊敬、そして世界舞台での権威を正当に享受してきた」と続けた。

ロシアは現在、ウクライナへの侵攻を受けて、イギリスなど西側諸国から厳しい経済制裁を受けている。

ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、「元に戻せない喪失」を知り、「深い悲しみ」を覚えたとツイートした。


アフリカの指導者たちも、エリザベス女王を追悼した。女王は、アフリカの指導者の多くと知り合いで、英連邦のトップとしてアフリカ諸国の大義に共感していた。

ケニアのウィリアム・ルト次期大統領は、女王の「歴史的遺産」をたたえ、ケニア国民は「女王が享受した友好的な関係を惜しむ」と述べた。

イギリスの旧植民地で1963年に独立したケニアは、女王にとってとても特別な場所だった。彼女が女王になったのは、この土地でだった。1952年、父の国王ジョージ6世が就寝中に他界したとき、当時25歳の若い王女は休暇でケニアを訪れていた。

英連邦に加盟したばかりのガボンのアリ・ボンゴ・オンディンバ大統領は、「女王はアフリカの偉大な友人であり、アフリカはそのお返しに愛情を示した」と述べた。

ガーナのナナ・アクフォ=アド大統領は、女王の2度の同国訪問について、好ましい思い出だとツイート。「女王は親しみやすく、優雅で、格好よく、職務の遂行に喜びを持っていた」と振り返った。

ガーナもイギリスの旧植民地で、女王の最初の訪問は物議を醸し、安全が危ぶまれた。訪問の5日前には、首都アクラで爆弾の爆発騒ぎがあったが、女王は動じなかった。以前にも訪問を予定していたが、その時はアンドリュー王子の妊娠が理由でキャンセルしてしまったことも、次の機会に訪問を敢行した理由のひとつだった。

(英語記事 World leaders remember a 'kind-hearted Queen'

提供元:https://www.bbc.com/japanese/62837881

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