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BBC News

2022年11月10日

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ポール・カービー(ロンドン)、フランク・ガードナー(ロンドン)、ジェレミー・ボウエン(ヘルソン)

ロシア国防省は9日までに、ウクライナ南部ヘルソン州の州都ヘルソンから撤退するよう、ロシア軍に命令した。2月末の侵攻開始以来、ヘルソン市はロシア軍が制圧した唯一の州都だった。

ロシア軍のウクライナ総司令官、セルゲイ・スロヴィキン将軍は、ヘルソン市への補給を持続できなくなったと話した。

これによってロシア軍は、ヘルソン州を流れるドニプロ川の西岸一帯から全面的に撤退することになる。ロシア軍をヘルソンから追い出そうとするウクライナ軍の反攻を前に、これはロシア軍にとって手痛い打撃となる。

スロヴィキン司令官をはじめロシア軍幹部が、国営テレビで撤退方針を発表した。スロヴィキン司令官は戦場の様子を説明した上で、「ドニプロ川に沿って防衛線をまとめる方が、まともな選択肢だ」と話した。

ウラジーミル・プーチン大統領は出席しなかった。ウクライナで苦戦が続く戦争の立案者は、ヘルソン撤退の発表は軍幹部に任せた様子だった。プーチン氏は9月末に、ヘルソンをはじめとする4州の「編入」を一方的に宣言している。

スロヴィキン将軍は10月8日、ウクライナでの軍事作戦を統括する司令官への任命が発表された。ロシア本土と同国が併合したウクライナ南部クリミア半島をつなぐ橋で爆発が起きてから数時間後のことで、その2日後には首都キーウをはじめとする国内各地への砲撃が実施された

スロヴィキン将軍は1990年代のタジキスタンやチェチェンでの紛争、そして最近では2015年にロシアがアサド政権側に付いて介入したシリア内戦に参加した。シリアでは、北部アレッポの大部分を消滅させた空爆を指揮した。

ウクライナは慎重姿勢

しかしウクライナ政府はロシアの発表を、慎重に受け止めている。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は9日夜、毎晩の国民への演説で、ロシアの撤退発表を受けて政府は「きわめて注意深く」動いていると話した。

「敵は我々にプレゼントなどしない。『善意の印』など示さない。すべて我々が勝ち取る」、「そのため私たちは冷静に、感情はわきに置いて、きわめて慎重に動いている。不要なリスクをとらずに。損害を最小限に抑えて、すべての領土を解放するために」と、大統領は述べた。

これに先立ちミハイロ・ポドリャク大統領補佐官も、「言葉よりも実際の行動のほうが大事だ」と話していた。

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今月に入り、ロシアがヘルソンから撤退するのではないかという情報やうわさが、しきりに飛び交っていた。ヘルソン近郊を拠点とするウクライナ軍の兵士たちは、ロシア軍が自分たちをわなに引き込もうとしているかもしれないと話していた。

現地のウクライナ軍司令官は、相手の動きについて正確な情報を得ているので、進軍するにしても慎重に行うと話した。


現地の親ロシア幹部が交通事故死

この撤退発表の少し前にロシア・メディアは、ヘルソン州でロシアが「副知事」に任命した親ロシア派のキリル・ストレモウソフ氏が交通事故死したと伝えていた。

ロシアによるヘルソン占領をしきりに応援していたストレモウソフ氏だが、今月初めには、ロシア軍がドニプロ川東岸へ移動を余儀なくされるだろうと発言していた。

ウクライナ軍の進軍はこのところペースを落としていたが、ドニプロ川にかかる複数の橋がウクライナの砲撃で破壊されたことから、ロシアは補給路が維持できなくなっていた。

しかし撤退決定前にロシア軍は船で、住民数千人を市外に出した。ウクライナはこれを、国際法違反の強制移送だと非難している。

ヘルソンの住民は

ロシアの発表を受けて、ヘルソン市内の住民は、ロシア軍のチェチェン部隊が市内でカフェに入ったり街中を動き回ったりしていると明らかにした。

「見た目は何も変わっていない。(ドニプロ川西岸)ではロシア軍はほとんど見えないし、ここ数日その状態だ。持っていけるものはすでにすべてそうしている」と、市民の1人は話した。

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同じくヘルソンに住むオルガさんはBBCに対して、市内では前よりもロシア兵の数が減っていると話した。

「占領されてつらい思いをしてきたけれども、ヘルソンに残った。ここを離れるのはヘルソンに対して不公平だと思ったので。ここに残って、困難を乗り越えなくては。それが私に科課せられたことだと思っていた。よくわからないけれど、残るべきだと思った。それがもうすぐ終わるみたいで、うれしい」と、オルガさんは話した。


プーチン氏支持者が撤退歓迎

これまでの戦争遂行ぶりに批判的だったプーチン氏の支持者2人は、撤退を歓迎した。

雇い兵組織「ワグネル」創設者のイェフゲニー・プリゴジン氏は、撤退決定は「勇ましい一歩」ではないものの、「思い悩まず、疑心暗鬼にならず、結論を導き出して、間違いに取り組む」ことが大事だと話した。

「スロヴィキン(将軍)の判断は容易なものではないが、責任を恐れない者として行動した。おびえることなく、きちんと行動し、決定の全責任を自ら担った」と、プリゴジン氏は評した。

プーチン大統領が2007年にロシア・チェチェン共和国の指導者として自ら選んだラムザン・カディロフ氏は、スロヴィキン将軍が「批判を恐れない、本物の将軍らしく」行動したとたたえた。

ウクライナでも、特にソーシャルメディアでは大勢が、この撤退発表を歓迎した。

エコノミストのセルヒイ・フルサ氏はフェイスブックで、「ついに善意の印」かと書いた。ロシア軍は今年7月、黒海のズミイヌイ島から撤退した際、それを「善意の印」と呼んでいた。

北大西洋条約機構(NATO)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長は、ウクライナの進軍は「心強い」とたたえた。

「ウクライナの戦果は勇敢なウクライナ兵の手柄だが、もちろん、イギリスやNATO同盟諸国と提携国からの支援も不可欠だ」と、事務総長は述べた。

「永遠にロシア」のはずが

ロシア軍は2月24日の侵攻開始とともに、2014年に併合したクリミア半島を経由してウクライナ南部を席捲(せっけん)。3月初めにヘルソン市を制圧した。

ロシア軍は開戦当初、これに加えて南部、東部、北部で攻撃を展開し、首都キーウも包囲した。しかしこのところはウクライナ軍がかなりの反撃を続けている。

9月には北東部で、ロシア軍の主要補給拠点イジュームとクピャンスクをウクライナ軍が奪還。それ以来、ロシア軍はウクライナ南部や東部、北東部の狭い部分での軍事行動に注力している。

ロシアにとってヘルソン撤退は、9月に北東部ハルキウ州で広い範囲をウクライナ軍に奪われて以来の、屈辱的な敗退となる。

プーチン大統領はヘルソンを含むウクライナ4州の併合を違法に宣言した際、この地域は「永遠にロシア」だと強調していた。

ウクライナの懸念

しかし、ウクライナのポドリャク補佐官が指摘したように、ウクライナはこの撤退を慎重に受け止めている。

ロシア軍はただ撤退するのではなく、大量の地雷やわなを残していくものと思われる。

加えて、ドニプロ川東岸に撤退したロシア軍は、多数の住民を「避難」もしくは強制移送しているため、今後はヘルソン市を野放図に、徹底砲撃する可能性もある。

さらに、今回の戦争ではロシアが大きく敗退するたびに、現地住民をとことん苦しめるというパターンが繰り返されている。

そのため今後、市街地へのミサイルやドローン攻撃がいっそう増えると予想される。ウクライナの人たちにとって今年の冬は、ますます厳しくなる。

(英語記事 Kherson: Russia to withdraw troops from key Ukrainian city

提供元:https://www.bbc.com/japanese/63579611

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