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BBC News

2022年11月12日

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スティーヴ・ローゼンバーグ、BBCロシア編集長(モスクワ)

同じ人たちが言うことが、これほど一変するとは。

ロシアがウクライナに侵攻したその直後、ロシアのテレビではトーク番組の司会者たちが自信満々で、あと数日もすればロシア軍がウクライナの首都キーウ市内を行進するはずだと予想していた。

9カ月近く前のことだ。

同じ司会者たちは今週、ウクライナ南西部の州都ヘルソンから撤退するという「困難な決定」をロシア軍がするに至ったと、硬い表情で説明した。ヘルソンは2月24日の侵攻開始からロシア軍が制圧し占領できた、唯一の州都だった。ウラジーミル・プーチン大統領がヘルソン州をはじめ4州を併合すると主張し、この地域は「永遠にロシア」だと宣言したのは、わずか6週間前のことだ。

国営テレビ「テレビ1」の冠番組「ソロヴィヨフとの夕べ」で司会者のウラジーミル・ソロヴィヨフ氏は、「3月にはキエフに我々の旗がはためいていると思った、そうなってもらいたかった」、「我が軍がキエフやチェルニゴウから押し返されたのはつらかった。しかし、戦争の法とはこうしたもの……我々はNATO(北大西洋条約機構)と戦っているのだ」と述べた(訳注:キエフはキーウのロシア語読み。チェルニゴウはチェルニヒウのロシア語読み)。


これこそまさに、ロシア政府の言い分だ。これは西側のせいなのだと。ロシア国営テレビの主張によると、ロシアはウクライナで、アメリカ、イギリス、欧州連合(EU)、そしてNATOの連合勢力と対決しているのだ。つまり、戦場での失策はロシア政府のせいではなく、外部の敵のせいだということになる。

政府と国営テレビのメッセージはほかにもある。つまり、ウクライナでいろいろ問題が続いているからといって、ロシア軍やロシアの大統領を非難するな、と。非難する代わりに国民としての義務を遂行しろ、ロシアの旗のもとに結集しろ――と言っているわけだ。

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少なくとも今のところ、ロシアで影響力を持つ著名人は、このアドバイスに従っているようだ。

ロシア・チェチェン共和国の指導者ラムザン・カディロフ氏と、雇い兵組織「ワグネル」創設者のイェフゲニー・プリゴジン氏は、ロシア軍指導部をこれまで声高に批判してきた。しかし両氏ともヘルソン撤退については、撤退を進言したロシア軍のウクライナ総司令官、セルゲイ・スロヴィキン将軍の判断をたたえている。

しかし、ロシアの主戦派ブロガーたちはそうはいかない。彼らは撤退について、怒りの投稿をせっせと書き続けている。

「ロシアの希望が殺された。絶対に忘れない。この裏切りは何世紀も、自分の心臓に刻まれる」(「ザスタフニ」)

「プーチンとロシアにとって、とてつもない地政学上の敗北だ(中略)国防省はとっくの昔に社会の信頼を失っているが(中略)大統領への信頼もこれで失われる」(「ズロイ・ジュルナリスト」)

そうならないよう、ロシア政府は一生懸命だ。ここロシアでは大勢が、ヘルソン撤退を軍にとっての痛手、そしてロシアの威信への打撃とみなすだろう。それを政府は承知している。それだけに、軍の撤退とプーチン大統領とは無縁だと、政府はそう見せようとしている。

11月9日に、ロシア軍がヘルソン州の一部から後退すると発表したのは、将軍たちだった。ロシアのテレビは、スロヴィキン将軍と協議後にセルゲイ・ショイグ国防相が撤退を命令する様子を映した。全軍の最高司令官、プーチン大統領の姿は、その場にはなかった。

「国防相の決定だ。私には何も言うことはない」。プーチン大統領の報道官、ドミトリー・ペスコフ氏は11日、記者団にこう話した。クレムリン(ロシア大統領府)は、これは軍の決めたことだと言っているわけだ。少なくとも、そういうことにしようとしている。

しかし、ウクライナ侵攻を命令したのは、プーチン大統領だ。彼が「特別軍事作戦」と呼ぶものは、プーチン氏の発案だ。その当人がいくらこの戦争の一部から距離を置こうとしても、簡単なことではない。

ヘルソン撤退の前から、この戦争はプーチン氏にとって危険要素をはらんでいた。この9カ月間の出来事は、ロシア国内での大統領に対する認識を変える危険がある。ロシア国民の受け止め方というよりも、大事なのはプーチン氏の周りにいて権力を握る、ロシアのエリートの見方だ。

ロシアのエリート層はもう何年もプーチン氏のことを、一流の戦略家だとみなしてきた。何があっても必ず勝つ人だと。自分たちが属する体制は、プーチン氏を中心として作られたもので、彼こそがこのシステムの要なのだと、ロシアのエリートたちはずっと考えてきた。

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しかし2月24日以降、ロシアには「勝利」が不足している。プーチン氏の侵略戦争は計画通りには進んでいない。ウクライナに多くの死と破壊をもたらしただけでなく、彼の戦争は自軍にも甚大な被害をもたらした。大統領は当初、戦うのは「職業軍人」だけだと主張したが、のちに何十万人ものロシア市民を戦争に動員した。ロシア人にとっての経済的な負担も、相当なものになっている

クレムリンはかつて、プーチン氏は「ミスター安定」だとするイメージをロシア国内に広めた。

そのイメージ戦略は、今ではかなり説得力を欠いている。

(英語記事 Putin can't escape fallout from Russian retreat in Ukraine

提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-63606654

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