2023年2月5日(日)

BBC News

2023年1月24日

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アンドリュー・ハーディング、BBCニュース、ウクライナ東部リマン

雪に覆われたうっそうとした森を抜け、ウクライナ東部ドンバス地方の鉄道分岐点となっている町リマンに入ると、私たちの頭上低くで、ウクライナの戦闘機2機のごう音が鳴り響いた。

ロシア軍がこの町からの撤退を余儀なくされ、東へ約25キロ押し戻されてから、4カ月近くがたった。しかし前線はすぐ近くにあり、今も数分おきに砲撃音が聞こえる。町の大部分は廃墟と化しており、ロシアのミサイルが飛んでくる危険はまだ消えていない。

「私は7階に住んでいる。今朝5時ごろ、5階にロケットが撃ち込まれた。でも私は大丈夫だ」。町はずれの大規模団地に唯一残る、元ビジネスマンのアレクサンドル・ロゴヴィツさん(73)はそう言う。

彼は腰をかがめると、8匹の猫にドライフードをやった。うち7匹は近所の人が置き去りにした野良猫で、今では彼が面倒をみているという。

雪とがれきの中で踏ん張り続けるウクライナの人々に広くみられるのが、こうしたしたたかさと強い共同体意識だ。

砲弾によってできた巨大な穴に近い中庭では、鉄道技術者のワレリー・ドミトレンコさん(45)が、まき割りに精を出している。彼と隣人21人が9カ月にわたり避難生活を続けている地下室を、このまきで暖めるのだ。リマンではまだ、水道もセントラルヒーティングの設備も復旧していない。しかし、日中の気温は氷点下前後になる。

「私たちに何ができる?」。ワレリーさんは、妻のイラさん(41)と最近保護した野良犬「プリンセス・ダイアナ」の頭をなでながら、肩をすくめた。まき割りで忙しくないときは、激しく損壊した集合住宅のドアや窓を修理する隣人たちを手伝っている。

イラさんは、中庭の井戸からくんだ水をバケツに入れ、足早に通り過ぎる。

「外の開けた場所に長い時間いるのは、ストレスになる」。会計士のイラさんはそう話すと、暗い階段を下りて、鉄道通り6番地の狭い地下室へと入っていった。

ドンバス地方ではなお、激しい戦闘が続いている。だが、前線近くの解放されたウクライナの町々には、現地当局の忠告に背いて、住民が徐々に戻りつつある。昨年、ロシア軍の攻撃で壊滅状態となったリマンでは、住民約1万3000人が冬の厳しい環境の中、危険と隣り合わせで暮らしている。

昨年6月にロシア軍がリマンに接近すると、住民の大半の4万1千人が避難し、約1万人が取り残された。多くは高齢者や貧しい人、またはイラさんやワレリーさんのように、避難を拒んだ病気の親族がいる人だった。それから4カ月間、鉄道通りの同じ地下室で、60人近くが身を寄せ合ってきた。

「大変な時もあった。人はみんな違う。攻撃的になる人もいた。こうして大勢が一緒に暮らすのに、私たちは慣れていない」とイラさんは言う。彼女がみるところ、地下室に残った人たちの3分の1は親ロシア派で、ウクライナの敗戦を積極的に望んでいた。そのこともストレスに拍車をかけた。

「ロシアを支持していた人がいたのは確かだった。でも、ウクライナが領土を解放し始めると、その人たちは出て行った。いわゆる『ロシア当局』が移動すると、その人たちも子どもを連れて、一緒に移って行った。おそらく、ここにいたら自分たちに何が起こるか、怖くなったのだと思う」

リマンは昨年10月3日、ウクライナ軍によって解放された。まもなくして、アレクサンドル・ジュラヴロフ町長が戻り、建物の「80%か90%近く」が損傷や破壊されていると述べた。町の中心部を通る鉄道は今も、架線が破壊され、線路がふさがったままだ。

町長と彼のチームは、ここ数カ月で町の大部分と周辺の村々に電気を復旧させた。年金は現在、予定日に支給されている。商店の中には再開する店も出てきた。

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政府や人道支援団体はリマンにまきストーブを送り、丸太を配っている。ある支援団体は連日、数百個の弁当を運び込み、無料で住民に提供している。リマンには現在、およそ700人の子どもが住んでおり、解放以降は住民3000人が戻って来たと、町長は見積もっている。しかし町長は、これ以上戻らないように呼びかけている。

「現時点では、ここに戻ることを勧めない。それどころか、もっと安全な場所や都市にいた方がいい。今ここには快適な生活の場はない。みんな他の地域で受け入れてもらえるし、寝場所と食料を提供してもらえる」。そう話しながら町長が車で向かう先は、2週間前のミサイル攻撃で壁全体がはがれ落ちた9階建て集合住宅だ。

町長によると、地元警察は現在、ロシア占領軍に協力した疑いがある「ひと握り」のリマン住民に対応しているという。ただ、この1年の経験で多くの親ロシア派住民が考えを変えたと、町長は考えている。

「そうした人たちは、自分たちが間違っていたと分かったと思う。みんな、メディアに惑わされていた。毎晩、テレビでロシアのプロパガンダを見て、それが真実だと思い込んでいた。そうした人々は少数派で、すでに考えを改めている。現在のロシアの世界は、期待させられていたものではないと分かっている」

病院で食料の列に並んでいたワレンティナさん(62)は、解放後のリマンの治安状況について質問された時、そうした心境の変化をうかがわせた。親ロシア派の住民はここ数カ月、町村への砲撃について、両国が等しく有罪なのでどちらを責めることもできないとほのめかし、言外にロシアへの忠誠心を示してきた。

「砲撃はやんでいない。砲弾は今もこの町を直撃している。誰が発射しているのか、私たちには分からない」とワレンティナさんは言った。

しかし彼女はその直後、誰に促されたわけでもなく、自ら心情の変化を口にした。

「(砲撃をしているのは)きっとロシア軍に違いない。そう、間違いない」。ワレンティナさんはそう言うと、さらに続けた。

「私たちはウクライナ人だ。ここはウクライナの町だ。店は開いている。年金も予定どおり出る。国は私たちを見捨てていない」

(英語記事 Life in a liberated town under fear of Russian attack

提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-64370862


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