
ジョナサン・ビール防衛担当編集委員
ロシア空軍の戦闘機が昨年9月、イギリス空軍の偵察機への攻撃許可が下りたと思い、撃墜を試みていたことが、BBCの取材で明らかになった。
この時、ロシア機はミサイル2発を発射していた。昨年10月の時点でロシアは、「機械不良」がミサイル発射の原因だったと説明。イギリス国防省は表向きは、この説明を受け入れていた。
しかし実際のロシア機の通話記録は、最初の1発は不具合で発射されたのではなく、実際にイギリス機を狙ったものの標的を外したのだと示しているという。2発目は単に翼から落下しただけという。
西側の国防高官3人はBBCに対し、イギリス空軍の偵察機「RC-135 リヴェットジョイント」が傍受したロシア側の通信内容は、昨年10月の発表と大きく異なると話した。
乗員最大30人のこの偵察機は2022年9月29日、黒海上空の国際空域で偵察を行っていたところ、ロシアの戦闘機「SU27」2機と遭遇した。
傍受された通信によると、ロシアのパイロットの1人が、地上からあいまいな指令を受け、イギリス機への攻撃許可が下りたと考えた。
しかし、もう1人のパイロットはそうは考えなかった。そのため、最初のミサイルが発射されると、このパイロットは同僚をいさめ、罵倒した。
偵察機リヴェットジョイントには、通信を傍受するセンサーが搭載されている。イギリス空軍の乗組員は、自分たちの死を招きかねない事態が繰り広げられるのを、耳にしていたはずだ。
イギリス国防省は、この通信の詳細を発表していない。
BBCの取材で判明した新事実について、国防省の報道官は、「我々は常に、作戦の安全を守り、不必要なエスカレーションを避け、国民や国際社会に情報を提供することを意図している」と回答した。
実際には何が起きたのか
ロシアの戦闘機2機は、地上の管制官から指令を受けながら、イギリスの偵察機に接近した。
西側消息筋の1人はBBCに対し、ロシアのパイロットたちが受信したのは、2機が「標的捕捉」という趣旨の言葉だったと話した。
このあいまいな言葉遣いを、1機目のパイロットは攻撃許可と解釈した。
情報筋は、この厳密でない言葉遣いは、関係者のプロとしての技量の低さを示すものののようだと話す。対照的に、北大西洋条約機構(NATO)加盟国の軍パイロットは、攻撃許可の授受にはきわめて正確な言葉を使う。
ロシアのパイロットはその後、空対空ミサイルを発射。発射には成功したものの、標的に狙いを定めらなかったという。これは機械の不具合ではなく、ミスだった。
国防筋によると、ここでロシアのパイロット2人の間で言い争いが起きた。
2機目の戦闘機のパイロットは、攻撃許可が下りたとは考えていなかった。
このパイロットはミサイルを撃った同僚に悪態をつき、実際に「何を考えているんだ」と問い詰めたとされている。
それでも1機目のパイロットは、ミサイルをもう1発発射した。
この2発目のミサイルは、翼から落下しただけで終わったと、消息筋はBBCに話した。その場合、ミサイルが故障したか、発射が中止されたかの可能性が考えられる。
イギリス国防省の説明
この出来事から3週間後、イギリス政府はロシア機とのやりとりがあったことを認めた。ロシア国防省が「機械不良」という説明を行った後のことだ。
ベン・ウォレス国防相(当時)は昨年10月20日発表の声明で、「危険な事態につながりかねない接近」だったと述べた。
その一方でウォレス氏はロシア側の説明を受け入れ、「我々は、今回の事態がロシア側の意図的なエスカレーションとは考えていない。こちらの分析も、誤作動によるものだと、(ロシアの説明に)同意している」とした。
アメリカの説明
しかし、流出した機密情報によれば、アメリカ軍はこの出来事をより厳しい言葉で説明していた。
米マサチューセッツ州の空軍州兵だったジャック・テシェイラ被告によって流出したアメリカ国防総省の機密文書には、この出来事は「撃墜寸前」の事態だったと書かれていた。
米紙ニューヨーク・タイムズは今年4月、「当初の描写よりもはるかに深刻で、戦争行為に相当する可能性もあった」と報じた。
同紙はアメリカの国防関係者2人の話として、ロシアのパイロットが地上からの指令を誤解したのだと伝えている。
このパイロットは「イギリス機に標準を定めたが、ミサイルは正常に発射されなかった」という。
同紙はまた、別の匿名のアメリカ国防関係者が、この出来事について「本当に、本当に恐ろしい事態」だったと話していたと報じた。
「撃墜寸前」とした流出文書についてイギリス国防省が出した声明は、さらに事態をあいまいにするものだった。
同省は、「(文書を元にした)これらの報道のかなりの部分は、真実でないか、操作されているか、あるいはその両方」だと主張した。
なぜ詳細を明らかにしないのか?
イギリス国防省が出来事の全容を明らかにしたがらないのには、いくつかの理由があるかもしれない。
まず、イギリスは自分たちの情報収集の範囲や傍受した通信の詳細を公表したがらないはずだ。
さらに重要なのは、イギリスもロシアもエスカレーションを望んでいない点だ。まして、この件はNATO加盟国のイギリスをロシアとの軍事衝突に巻き込む恐れがある。
しかし一方で、この出来事はまたしても、たったひとつのミスや、一人の計算違いが、大きな紛争につながりかねない危険を示している。
イギリス国防省は今回、BBCに対し、「この出来事は、プーチンの野蛮なウクライナ侵攻がどういう結果を引き起こしかねないか、それを歴然と思い起こさせるものだ」と述べている。
ロシアの無謀なパイロットが、国際空域でNATO加盟国の軍用機を標的にしたのは今回が初めてではない。
今年3月には、ロシアの戦闘機が、やはり黒海を飛行していたアメリカの偵察ドローン(無人機)を撃墜した。
この件をめぐりロシアはパイロットを表彰した。しかし専門家の大半は、このパイロットがドローンを撃墜できたのは、優れた技術や判断によるものではなく、単なる運だったとみている。
また、この件によって、ロシア空軍の規律とプロ意識に対する深刻な疑問が浮き彫りになった。
撃墜寸前の事態の後も、イギリス空軍は黒海上空で偵察を続けている。危機一髪で大惨事を免れた乗組員たちの勇気の証でもある。
だが現在、偵察機には空対空ミサイルを搭載した戦闘機「タイフーン」が同行している。
イギリスはNATO加盟国で唯一、黒海上空で有人任務を実施している。
(英語記事 Rogue Russian pilot tried to shoot down RAF jet)
提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-66816479