
リーズ・ドゥセット国際報道主任特派員
イランで長年収監され、人質とみなされていたアメリカ人5人が18日、帰国の途についた。
米政府がカタールの仲介を受け、韓国で保管されていたイランの資産60億ドル(約8860億円)の凍結を解除し、物議を醸した「交換」が実現した。資産はカタールの首都ドーハの銀行に移された。
これにより、アメリカとイランの二重国籍をもつ男性4人と女性1人が、テヘランからドーハにチャーター機で移動した。
5人は米高官と面会し、ワシントンに向かった。
移送されたのは、テヘランの悪名高いエヴィン刑務所で約8年過ごした実業家シアマク・ナマジさん(51)、実業家エマド・シャルギさん(59)、イギリス国籍ももつ環境保護活動家モラド・タフバズさん(67)ら。
アメリカ政府は、根拠のない罪で自国民が収監されたと主張。政治的駆け引きでの影響力を得るのが、イランの目的だとしてきた。
5人のうち4人は8月中旬、エヴィン刑務所からテヘランの施設に移された。関係国で合意が成立したことをうかがわせた最初の動きだった。
アメリカの刑務所に収監されているイラン人5人も、今回の交換で放免される。5人は主にアメリカの制裁に違反したとして有罪となった。全員がイランに戻るわけではないとみられる。
イランは5人を、レザ・サルハンプールさん、カンビズ・アタル・カシャニさん、カヴェー・ロトフォラ・アフラシアビさん、メフルダド・モエイン・アンサリさん、アミン・ハサンザデさんと発表している。
アメリカ人5人が乗った飛行機がドーハに着陸すると、ジョー・バイデン米大統領は、「イランで収監されていた無実のアメリカ国民5人が今日、ついに帰国する」とコメント。
5人全員について、「長年の苦痛、不安、苦しみ」に耐え抜いたとした。
バイデン氏はまた、イランのマフムード・アフマディネジャド元大統領とイラン情報省を、不当な拘束に関与したとして、新たな制裁対象に指定したと発表した。
テヘランから移送されたナマジさんは声明を発表。「世界が私を忘れることを許さなかった皆さんがいなければ、自由の身にはなれなかった」とした。
また、「心から感謝する。私が声を上げられなかった時に私を代弁し、エヴィン刑務所の頑強な壁の向こうから叫ぶ力を振り絞った時に、私の声が聞こえるようにしてくれたことに感謝する」とした。
さらに、バイデン大統領について、「私たちを救出するために信じられないほど困難な決断」をし、「究極的には政治よりアメリカ国民の命を優先した」としてたたえた。
今回の合意は、昨年2月から数カ月にわたった、カタールの仲介による間接的な協議の末に実現した。
情報筋によると、ドーハでの協議は少なくとも9回重ねられた。また、カタール当局者らがテヘランとワシントンを行き来したという。
イラン出身で、現在はカタールのジョージタウン大学で教えるメフラン・カムラヴァ教授は、「双方にとって小さな勝利になったのではないか」とBBCに話し、こう続けた。
「バイデン氏にとっては、選挙に向けてアメリカ人を帰国させることになった。イランにとっては、アメリカで服役中のイラン人を釈放させることになった。だが、大きな勝利は60億(ドルの凍結解除)だ」
イラン当局は、自国の資金は好きなように使うと繰り返し宣言している。しかし、今回の動きに関わった人々は、関係資金は厳しく管理されると強調。
「資金は一切、イラン国内には入らない」、「食料、医薬品、農業などの人道的な取引においてのみ、個別の第三者業者に支払いがなされる」とした。
情報筋によれば、この資金は制裁によって凍結されたイランの資産の一部ではない。韓国にある資金は、イランの石油販売による収入で、イラン政府は二国間援助や非制裁的援助に利用することができた。だが、通貨交換が難しいなど、さまざまな理由で利用されなかった。
米共和党の有力者たちは今回の取引について、「身代金の支払い」「制裁の緩和」だと非難している。同党のマイケル・マコール下院外交委員長は、アメリカ政府が「世界一のテロ支援国家」に資金を送るものだと強く批判した。
収監されていた何人かがようやく帰国するという大きな安堵(あんど)感が広がる一方で、今後さらに多くの人々が拘束されるかもしれないという懸念も出ている。テヘランでは他にも二重国籍者らが刑務所に入れられている。
ロンドンのシンクタンク、国際問題研究所(チャタムハウス)で中東・北アフリカ研究プログラムを統括するサナム・ヴァキル氏は、「イラン政府は人質をとる政府になった」、「人々を担保にし、西側への影響力をもとうとしている」と述べた。
カタールは、今回のまれな協調が、他の長年の争いにおいても進展を呼ぶことを期待している。それらの争いには、5年前に当時のドナルド・トランプ米大統領が離脱を決定したことで機能停止に陥ったと広くみなされる2015年の核合意も含まれる。
ヴァキル氏はまた、イランの最高指導者アリ・ハメネイ師が権力を維持する限り、同国はアメリカとの戦略的敵対関係を維持し続けるだろうと話した。
バイデン大統領は以前から、アメリカ人の帰国実現を強く要求されてきた。
ナマジさんは今年になって、イランの刑務所からバイデン大統領に手紙を書いていた。自らを「歴史上最も長く拘束されたイラン系アメリカ人の人質という、決してうれしくない称号」をもつ人物だとしていた。
環境保護活動家のタフバズさんと彼の家族は、怒りと、見捨てられたという思いを抱いてきた。タフバズさんについては、英政府が昨年、恣意(しい)的に拘束された他の2人のイギリス系イラン人、ナザニン・ザガリ=ラトクリフさんとアヌーシェ・アシューリさんとともにイギリスに帰国すると保証していた。
収監されていたアメリカ人
- モラド・タフバズさん:他のイランの自然保護活動家8人とともに、2018年に逮捕された。カメラを使って絶滅の危機にある野生のアジアチーターを追っていたが、スパイ容疑がかけられた。容疑は否認されたが、懲役10年を言い渡された。
- シアマク・ナマジさん:ドバイ拠点の石油会社役員で、2015年に逮捕された。イラン当局は翌年、年老いた父親のバケルさんに息子との面会を許可。たが、バケルさんも拘束した。親子とも「外国の敵への協力」した罪で禁錮10年が言い渡されたが、そうした行為を否定している。イランは2022年、バケルさんを治療のために出国させた。
- エマド・シャルギさん:イランのベンチャーキャピタルファンドに勤務していた2018年に拘束された。保釈され、後にスパイ容疑は解かれたと告げられた。2020年に裁判所から欠席裁判で有罪判決を受け、禁錮10年を言い渡された。控訴前に釈放されたが、2021年にイラン西部の国境を不法に越えようとして拘束されたとされる。
- 他の2人は匿名を希望している。