
イギリスの首相官邸は10日、警察のデモ対応が偏っていると批判したスエラ・ブラヴァマン内相について、リシ・スーナク首相が引き続き「全面的に信頼している」とコメントした。ブラヴァマン氏は、イスラム組織ハマスによるイスラエル攻撃を機にイスラエル軍が続けているパレスチナ自治区ガザ地区への攻撃をめぐり、イギリス国内で続く大規模デモについて、警察が親パレスチナ・デモを優遇しているとの主張を英紙タイムズに投稿。その主張が、警察の独立性を脅かすものだと与野党や警察関係者から批判される一方、党内右派からは支持されている。
英紙タイムズへの8日付寄稿でブラヴァマン氏は、ロンドン警視庁が抗議運動で「二重規範」による取り締まりを行っていると指摘。右翼やナショナリストの抗議者は「厳しい対応を取られる」のに対し、「親パレスチナ派の暴徒」による違法行為は「ほとんど見過ごされている」と述べた。
内相の投稿内容は事前に官邸の了承を得ていなかった。
内相に近い消息筋によると、ブラヴァマン氏は10日、「11日の第1次世界大戦終戦記念日に予定されるデモの取り締まりを話し合うため」ロンドン警視庁のサー・マーク・ロウリー警視総監と会談した。
「複雑で難しい事態が予想される中、内相は警察を全面的に支援すると伝え、あらゆる犯罪行為が十全の対応を受けるものと信頼のほどを示した」と、消息筋は話した。
イギリスではロンドンを中心に、イスラエルによるガザ空爆に抗議する大規模な集会が毎週末、行われている。
ロンドン警視庁は、11日の休戦記念日にロンドン市内で大規模な集会が予想され、反対する集団との衝突が懸念されているとしている。
スーナク首相は当初、第1次世界大戦の休戦協定が結ばれた日にパレスチナ支援行進をするのは中止すべきだと主張。行進の実施決定後も、「挑発的で敬意に欠ける」と批判している。
警視庁のロウリー警視総監は、抗議デモを中止できるのは、公共の秩序を深刻に損なう脅威がある場合に限られるとして、現状ではその「きわめて高いレベルのしきい値」には達していないと述べた。
官邸の修正要請を拒否
タイムズ紙への寄稿について、内容のトーンを和らげるよう首相官邸に求められていたものの、内相がこれに応じなかったことが9日に明らかになった。
首相官邸は、官邸が求めた改稿がされないままブラヴァマン氏の文章がなぜそのまま掲載されたのか、非公式の調査を開始したと発表した。しかし、首相報道官は10日、週末のさまざまな行事のすみやかな進行に「政府全体として注力」しているのだと述べた。
10日のタイムズ紙によると、首相官邸は内相の寄稿について、休戦記念日のデモでは「緩い対応」をしないよう警察に忠告する個所と、警察幹部が偏向している「証拠は十分ある」という主張を、早い段階での原稿から削除するよう要求。これは、警察幹部が「一部の抗議参加者をひいきすると見られている」などの表現に修正された。スーナク首相の発言を直接批判した個所も削除された。
ただし、親パレスチナ派のデモに参加する一部団体が「ハマスを含むテロ組織と結びつきがあるという指摘」に言及し、これは北アイルランドでの抗議デモを連想させると書いた個所については、削除要求を内相は拒否したのだと、タイムズ紙は伝えた。
与野党や警察関係者から批判
ジェレミー・ハント財務相はブラヴァマン氏の寄稿内容について、「私自身はあのような言葉を使わなかったはずだ」と述べた。
イギリスの対テロ警察トップだったニール・バス元ロンドン警視庁副総監は、ブラヴァマン氏の発言は「警察を直接指揮しようとするものに等しい」とBBCのポッドキャストで述べた。さらに、内相の発言を容認するならば、イギリスは「警察が、政治家の指揮下にある国家の手先となってしまう危険」にさらされるとも述べた。
全国警察本部長会議のギャヴィン・スティーヴンス議長はBBCに、「世間の議論」が方針に影響するようになるなら、警察による犯罪取り締まりが損なわれかねないと話した。
サー・デイヴィッド・ノーミントン元内務事務次官はBBCラジオ4に対し、ブラヴァマン氏はその発言から、内相の職に「不適格」だと明らかになったと述べた。
「私は5人の内務大臣に仕えたが、このようなまねをする人は一人もいなかった」
野党の自由民主党やスコットランド国民党(SNP)、労働党はいずれもブラヴァマン氏の解任を求めている。与党・保守党の一部からも解任要求が出ている。
最大野党・労働党のサー・キア・スターマー党首は、ブラヴァマン氏が警察組織を損なったにもかかわらず、スーナク首相は「力がなさすぎるので何もできない」のだと批判した。
右派は支持
他方、与党・保守党内でブラヴァマン内相を支持する右派勢力は、内相を強力に擁護。リー・アンダーソン副幹事長はソーシャルメディアで、「ほとんどの人が考えていることを、そのまま言ったことで(内相は)責められている」のだと書いた。
保守党のミリアム・コーツ下院議員は、ブラヴァマン内相の考え方はまさに「イギリス国内の主流派」だとして、「自分のやりたいように仕事を続けられるようにするべきだ」と主張した。
<解説> 逮捕件数を比較――ルーシー・ギルダー、社会・内政調査担当
抗議デモの取り締まりの厳しさを比較するには、逮捕件数を比較するという方法がある。ロンドン警視庁がロンドン市議会に提出したデータによると、2020年には、BLMデモでの逮捕者よりも反ロックダウン抗議での逮捕者のほうが多かった。
- 反ロックダウン抗議での逮捕者は374人。そのうち351人は、感染対策の規制違反が理由だった
- BLMデモでは281人が逮捕された。そのうち19人が、感染対策違反で逮捕された
警視庁は、個々のデモの参加人数を記録していないが、報道によるとロックダウン抗議デモの方が参加者は多かった。さらに、BLMデモは2020年5~6月の1カ月余りにかけて行われただけだったが、反ロックダウン・デモは6カ月間続いた。
つまり、反ロックダウン・デモの方が逮捕者が多かったのは、人数と期間の違いが影響している可能性がある。
(英語記事 Suella Braverman: Rishi Sunak still has confidence in home secretary)