
ニナ・ナザロワ、BBCロシア語
ロシアによる軍事侵攻開始後、ウクライナからロシアへ移送された17歳のウクライナ人男性が、ロシアで徴兵され、自分が生まれた国を相手に戦わなければならない可能性があったことが明らかになった。
ウクライナ南東部の都市マリウポリ出身のボグダン・イェルモヒン氏は、3月にウクライナに戻ろうとした際、ロシアの国境警備隊に止められた。
ボグダン氏は間もなく18歳の誕生日を迎える。来月にモスクワ州の徴兵センターに出向くよう命じられていた。
しかしその後、ボグダン氏の窮状が公になり、同氏の弁護人がウォロディミル・ゼレンスキー大統領に助けを求めたところ、ロシアは心変わりしたようだ。
ロシアで子どもの権利を担当するマリア・リヴォワ・ベロワ大統領全権代表は10日、ボグダン氏はいとこに面会するために近々海外へ連れて行かれる計画があると発表した。ウクライナ側もこれを事実だと認めた。
侵攻開始後にロシアへ
ボグダン氏は2014年に孤児となった。ロシアがウクライナに侵攻する以前は、港湾都市マリウポリの里親のもとで暮らしていた。2021年に、ボグダン氏が通っていた専門学校の校長が同氏の法定後見人になった。
2022年になると、マリウポリはロシア軍に占領され、ボグダン氏は最終的にロシアに行き着いた。どのように、あるいはなぜロシアに移されたのかは不明のままだ。
リヴォワ・ベロワ氏によると、ボグダン氏はロシア兵により残忍に包囲されたマリウポリの「地下室で発見された」ウクライナ人の子供の1人だったという。
ウクライナは、ロシアに強制的に送られた2万人近いウクライナ人の子供のリストを作成している。実際の人数はこれよりはるかに多い可能性があると、ウクライナはみている。
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ロシア政府は、子供たちは安全のためにロシア領内に連れていかれたと主張し、ウクライナ側の言い分を一蹴している。
しかし、オランダ・ハーグに本部を置く国際刑事裁判所(ICC)は今年3月、ウクライナ侵攻をめぐる戦争犯罪容疑で、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領とリヴォワ・ベロワ大統領全権代表に逮捕状を出した。ICCは、ロシアの狙いは「(ウクライナの)子供たちを彼らの国から永久に排除すること」だと指摘した。
ボグダン氏はまず、ロシア占領下のウクライナ東部ドネツク市に移送された。その後、ウクライナ人の子供30人と共に、モスクワ州の青少年サマーキャンプに移された。子供たちの中には、リヴォワ・ベロワ氏が自ら養子にした少年も含まれる。
ボグダン氏は最終的に、ロシア側の里親に預けられ、ロシア政府発行の身分証など公式書類を渡された。ロシアの大学に入って勉強も続けた。ボグダン氏は、ロシア占領下のウクライナの地域から来たティーンエイジャーたちを「統合」することを目的としたサマーキャンプで働いていたと、リヴォワ・ベロワ氏は主張した。
ロシアの招集令状を受け取る
ボグダン氏はロシア語の書類に加えて、ロシアの招集令状も受け取っていた。
このことは、2022年にロシアでのボグダン氏の法廷後見人となったイリーナ・ルドニツカヤ氏がBBCに認めた。
ルドニツカヤ氏はボグダン氏がウクライナでの戦闘に派兵される危険はないと主張した。「彼は学生です」、「新兵は特別軍事作戦には参加しません」と、ルドニツカヤ氏は述べた。「特別軍事作戦」とは、ウクライナ全面侵攻を指す、ロシア側の公式の言い回しだ。
リヴォワ・ベロワ氏はルドニツカヤ氏の主張に同調し、メディアが「大げさに」書き立てていると非難した。
ロシア当局は新兵が前線に送られることはないと、たびたび主張してきた。しかしBBCは、新兵が実際に前線に送り込まれていると、何度も立証してきた。
ウクライナが「おびき出そうとしている」
2023年4月、リヴォワ・ベロワ氏は記者会見で、ボグダン氏が自力でウクライナに戻ろうとしたと発表。ロシアの国境警備隊がなんとか阻止したとした。
「ベラルーシとの国境で彼を捕まえました」とリヴォワ・ベロワ氏は述べた。「ぎりぎりのところで、彼を止めることができました」。
リヴォワ・ベロワ氏も、ロシア国営テレビのジャーナリストたちも、このティーンエイジャー(ボグダン氏)は「巧みな操作と脅迫にだまされた」のだと、頑として譲らなかった。そして、ウクライナ当局が彼をウクライナにおびき出そうとしていると非難した。
「非常に積極的な少年で、我々の軍を助けてくれました。とてもロシアに友好的でした」と、リヴォワ・ベロワ氏は言い切った。
本人の意思に反することはしていないと
10日にソーシャルメディアに投稿されたリヴォワ・ベロワ氏の最新の主張によると、ボグダン氏は10月まではロシアに残りたがっていた。ロシア当局は彼の意志に反することは何もしていないと、リヴォワ・ベロワ氏は断言した。
「どこで暮らしたいのか、ボグダンの考えが変わりました。今の彼は、ウクライナに戻るつもりでいます」
ボグダン氏は3月にロシアを離れようとして失敗したが、これより以前には、マリウポリ出身でロシアの里親に引き取られたウクライナ人ティーンエイジャーが少なくとも1人、ウクライナへの帰還に成功している。
ウクライナの人権オンブズマン、ドミトリー・ルビネッツ氏によると、「セルヒイ」という名前の少年は、2022年12月にウクライナのチャットボットを通じてオンライン上で助けを求めた。
ボグダン氏もソーシャルメディアを利用していたが、ロシアを離れようとした3月ごろから自分の名前を使って投稿するのをやめていた。
ロシアでボグダン氏の里親となったルドニツカヤという女性は、モスクワ州の里親活動家で、地元メディアによると、ルドニツカヤ氏は少なくとも12人の子供を育て、複数の勲章を授与されている。
ロシア当局は少なくとも当初は、ウクライナ人の子供を里親経験のある人々に預けることを好んでいたことが、BBCの取材で明らかになっている。
ボグダン氏のロシア人里親と、ウクライナ人法廷後見人はいずれもBBCに対し、ロシア当局が現在、ボグダン氏をロシア市民とみなしており、ロシアの法律では兵役義務が発生していることを認めている。
しかし、占領地での招集令状の発行は国際法違反で、ウクライナはロシア側のこうした動きを非難している。これが、ICCがリヴォワ・ベロワ氏に逮捕状を出す根拠のひとつとなった。
ウクライナをはじめとする国際社会からすると、ボグダン氏はいまも変わらずウクライナ市民であり、ロシア軍への徴兵は違法だ。
リヴォワ・ベロワ氏は当局はいかなる違法行為もしていないと否定している。ロシア政府も、未成年者がウクライナへ帰還するのを妨げているとの主張を一蹴した。
一方でロシア当局は、子供をウクライナへ連れて帰るためにロシアに直接出向くことができるのは、子どもの母親か近親者のみだと主張している。
多くの場合、この条件を満たすのは不可能だ。特に子供が孤児の場合や、親族が渡航できる状況にない場合は難しくなる。
ボグダン氏については、ウクライナへ帰還することと親族と再会することで合意に達したことを、ウクライナのオンブズマンが確認している。
(英語記事 Ukrainian teen who received call-up to Russian army)
提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-67388585