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BBC News

2023年11月16日

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ジェレミー・ボウエン、BBC国際編集長

もしパレスチナ自治区ガザ地区での戦争が他と同じなら、恐らくすでに停戦が確保されていただろう。遺体は埋葬され、イスラエルは、ガザ地区の再建にどれだけのセメントが必要か国連と議論していただろう。

だが、この戦争はそうではない。ガザ地区のイスラム組織ハマスが10月7日に仕掛けた襲撃の犠牲者は、そのほとんどがイスラエルの民間人だった。その後にイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が「大いなる復讐」と呼んで開始した報復攻撃では、犠牲者のほとんどがパレスチナの民間人だ。しかしこの戦争が他と異なるのは、殺戮(さつりく)があまりにひどいから、だけではない。

この戦争が他と異なるのは、中東地域を分断している断層が揺れているタイミングで起きたからだ。ただでさえ無数の亀裂が走る中東の地政学的状況において、少なくともこの20年間、最も深刻な断絶は、イランとその仲間たち対アメリカとその仲間たちの間のものだった

時に「抵抗の枢軸」とも呼ばれるイランのネットワークの中心には、レバノンの武装組織ヒズボラシリアのバシャール・アル・アサド政権イエメンのフーシ派、そしてイランが武器と訓練を提供するさまざまなイラクの武装集団がいる。イランはまた、ガザ地区でハマスとイスラム聖戦機構を支援している。

イランはさらに、ロシアや中国とも距離を縮めている。ロシアのウクライナ侵攻で大きな役割を果たすようになり、中国はイランから大量の石油を輸入している。

ガザ地区での戦争が長引き、イスラエルがパレスチナの民間人をさらに殺し、数万棟の家を壊すことで、イランとアメリカ双方の陣営に属する誰かがかかわる紛争のリスクが高まっていく。

イスラエルとレバノンの国境の緊張は、ゆっくりと着実に高まっている。イスラエルもヒズボラも全面戦争は望んでいない。しかし、相手への攻撃の厳しさがお互いに増していく中で、収集のつかないエスカレーションの危険性は高まる。

イエメンのフーシ派は、ミサイルやドローンでイスラエルを攻撃している。今のところは、イスラエルの防空システムや、紅海にいるアメリカ海軍艦が、その全てを撃墜している。

イラクでは、イランが支援する武装組織が米軍基地を攻撃している。アメリカは、こうした武装組織がシリアに置く拠点のいくつかに報復攻撃をしている。ここでもまた、関係者はみなエスカレーションを抑えようとしているが、軍事行動のテンポをコントロールするのは常に難しい。

アメリカ側には、イスラエルと湾岸の産油諸国、ヨルダン、エジプトがいる。アメリカはイスラエルを強力に支援し続けているが、ジョー・バイデン米大統領が、パレスチナの民間人を大勢殺すイスラエルのやり方を受け入れがたいと思っているのは明らかだ。アントニー・ブリンケン米国務長官も、あまりに多くのパレスチナ人が殺されていると公言している。

アメリカと協力関係にあるアラブ諸国はみな、イスラエルの活動を非難し、停戦を求めている。数十万人のパレスチナ人がガザ地区北部から逃げ、主要道路を南下していく様子は、1948年の独立戦争でイスラエルがアラブ諸国に勝利した際の亡霊を呼び起こしている。

パレスチナ人が「アル・ナクバ(大災厄)」と呼ぶこの出来事では、イスラエル人に銃を突きつけられる中で70万人以上が強制移住した。1948年に難民となった人々の子孫が、ガザ地区の人口の多くを占めている。

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ネタニヤフ政権を支持する過激なユダヤ・ナショナリストからは、パレスチナ人に新たな「アル・ナクバ」を実施せよとの声も上がっており、これがアメリカ陣営のアラブ諸国、特にヨルダンとエジプトに危機感を与えている。ネタニヤフ政権の閣僚の中からは、ハマスに対処するためにガザ地区に核兵器を使うべきだという発言さえ出た。この閣僚は訓告を受けたが、罷免はされていない。

全てを狂信的な少数派のたわごととして片付けることもできるが、ヨルダンとエジプトでは深刻に受け止められた。イスラエルは大規模かつ未申告の核兵器を持っているが、近隣諸国が特に心配するのは核攻撃ではなく、何十万人ものパレスチナ人が国境を越えざるを得なくなるという見通しだ。

ガザ地区での戦争に限って言えば、イスラエルを強力に支援する西側の外交官はBBCに対し、この戦争の終結と戦後処理は「難しく、ごちゃごちゃした」ものになるだろうと話した。

「しかし唯一の方法は、パレスチナ人の政治的展望を再建することだ」と、この外交官は述べた。これは、イスラエルの隣にパレスチナ人の独立国家を作るという、今ではスローガンに過ぎなくなったアイデア、いわゆる「2国家共存構想」を指している。

「2国家共存構想」を、イスラエルとアラブ人の幅広い融和という文脈で復活させるのは、野心的な計画かもしれないが、すでにある中ではそれが最善の策かもしれない。しかし現在の痛みと、警戒と、憎しみの空気の中では、実現は非常に難しいだろう。

また、現在のパレスチナとイスラエル双方の指導層では実現しないはずだ。

ネタニヤフ首相は、ガザ地区での戦闘終了後の計画を明らかにしていない。しかしアメリカの提案した、パレスチナ自治政府による統治という案は否定した。マフムード・アッバス議長率いるパレスチナ自治政府は2007年、ハマスによってガザ地区の支配を失った。

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アメリカは2国家構想についての交渉も視野に入れているが、ネタニヤフ氏は政治家として常にこれに反対してきた。

ネタニヤフ氏は、パレスチナ人の独立に反対するだけではない。同氏の首相としての命運は、過激派のユダヤ人からの支持に依存している。ヨルダン川から地中海までの地域全体が神からユダヤ人に与えられたもので、そのすべてがイスラエルの領土になるべきだと信じる人たちに支持されてこそ、ネタニヤフ氏は首相でいられる。

一方で、安全保障と情報活動の失敗から10月7日の襲撃を招いたとして、ネタニヤフ氏の退陣を求めるイスラエル人も多い。

パレスチナ自治政府のアッバス議長は80代後半を迎え、有権者になり得る人たちから信用されていない。ただし同議長は2005年以来、選挙に出ていないのだ。

パレスチナ自治政府は、ヨルダン川西岸地区の治安に関してイスラエルに協力しているが、武装したユダヤ人入植者からパレスチナ人を守ることはできない。

指導者はいずれ変わるものだ。イスラエル人とパレスチナ人、そして双方の強力な仲間が、このガザでのひどい戦争をもってしても、和平に取り組まないなら、さらに戦争が続く未来しかありえない。

(英語記事 Bowen: Why this Israel-Gaza war is different

提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-67424028


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