
BBCアイ調査報道チーム
ウクライナで徴兵を逃れるために国外に出た男性が2万人近くに上っていることが、BBCの取材でわかった。危険を冒して川を泳いだり、夜陰に紛れて歩いたりして、国境を越えている。
ほかに、出国を試みたが当局に捕らえられた男性も2万1113人に上る。ウクライナ政府が認めた。
ウクライナでは昨年2月のロシアによる侵攻後、18~60歳の男性のほとんどが出国を禁止されている。
だが、BBCが入手したデータからは、毎日数十人が出国していることがわかる。
国外に出た男性らは、「(ウクライナの)みんなが戦士というわけではない」などと話している。
徴兵免除が10倍に
BBCは、ウクライナと国境を接するルーマニア、モルドヴァ、ポーランド、ハンガリー、スロヴァキアの各国から、不法入国者のデータを入手。昨年2月から今年8月末までにウクライナから不法入国した男性が、計1万9740人に上ることを確認した。
この男性たちがどのように出国したかはわからない。一方で、途中で捕らえられた2万人超については、手段が判明している。ウクライナ当局によると、半数以上の1万4313人は、歩くか泳ぐかして国境を越えようとした。残りの6800人は、でっち上げた病気で兵役が免除されているように記してある、不正に入手した公的書類を使って国外に出ようとした。
ウクライナで現在、徴兵を免れる男性は、医療上の問題がある、介護の責任を負っている、3人以上の子どもがいる――のいずれかに該当する人のみだ。
ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は8月、兵役を免除される人が昨年2月以降、それまでの10倍に増えていると指摘。国の医療軍事委員会の「腐敗した判定」を批判した。
そして、各地で徴兵を担当するすべての当局者の解任を発表。30人以上が刑事責任を問われた。
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ウクライナ議会で大統領の代理を務める立場のフェディル・ヴェニスラフスキー議員は、「この現象が単発的なものではなく、広がりがあることを、政府として認識している」とBBCに説明した。そして、「腐敗を最低限にとどめることに可能な限りの対応をしている」とした。
ヴェニスラフスキー議員は、出国した、あるいはしようとする男性の数は、戦争遂行に影響していないと述べた。「自分たちの独立と主権と自由を守ろうとするウクライナ人のたくましさと、準備態勢は95~99%だと確信している」という。
また、「動員を逃れようとする人は1~5%ほどだ。彼らは間違いなくウクライナの防衛にとって重要ではない」と主張。同国の戦争の取り組みに影響はないとした。
国を脱出した、あるいは脱出しようとした約4万人超という人数は、ウクライナが陸軍の補充に必要としている人員の相当部分を占める可能性がある。アメリカは8月、ウクライナ軍の死者数は最大7万人かもしれないと試算を示した。ウクライナ政府は軍の死者数を公表していない。
ウクライナは軍の規模も、公式には発表していない。ただ、ルステム・ウメロフ新国防相は9月のヤルタ欧州戦略会議で、軍の人員は80万人以上だと述べた。
遺体となって引き揚げられる人も
劇的な出国もある。
ある映像には、ドニエストル川を泳いでモルドヴァに渡ろうとしている男性が映っている。別の映像では、ルーマニアを目指してティサ川を泳ぎ、途中で溺れ死んだ複数の男性の遺体が引き揚げられている。
一方、BBCがモルドヴァの入国管理センターで取材したキーウ出身の建設労働者のエフゲニーさんは、自分はただ歩いて国境を越えたと話した。私たちが得たデータによると、この国境越えのルートを使う人が最多のようだ。戦争から逃れようとする人は、ここでは比較的簡単に亡命を申請できる。
ウクライナで若い男性や兵役経験のある人が徴兵されていくなか、エフゲニーさんは逃げ場がないと感じていたという。
給料がいい仕事を見つけるのも難しかったと、エフゲニーさんは話した。「すべてが戦争へと向けられて」いて、「電気も燃料も、すべての値段が高くなった」という。
正当な理由があっても
同じセンターで会ったハルキウ出身のミュージシャンのエリックさん(26)は、モルドヴァからの分離を宣言しているトランスニストリア地域を歩いて渡り、川を泳いでモルドヴァに着いたと説明した。
若いころに腹膜炎のため複雑な腹部手術を受けたというエリックさんは、特殊な食事しか取れず、兵役に就くことができないという。しかし戦争が始まると、兵役免除の証明書は手に入らないとわかったという。
「役所では、いろいろな部署に『あっちへ行け』『こっちへ行け』と言われて、たらいまわしにされ続けた。必要な検査結果の書類はすべて整えていたのに、自分は兵役に不適格だという証明書を、半年かけて手に入れようとした。結局、我慢の限界を超えた」
エリックさんは最終的にアメリカにたどり着き、妻と4歳の娘と再会した。
ヴラドさん(仮名)はこれに対して、兵役免除の書類を手に入れた。しかし、国境の警備兵に納得してもらえなかったのだという。
外国の大学に合格し、学生用のウクライナ出国許可証も得た。しかし、それでは不十分だと間もなく気づいた。
「厄介な検問所に当たってしまったと思い、別の検問所にも何カ所か行った。でも、みんな私のことを笑い、家に帰るよう言った。この『許可証』は国境警備担当には無意味で、気にもしてもらえないとわかった」
結局、ヴラドさんはティサ川を泳ぎ、ルーマニアに渡った。
ダニロさん(仮名)のように、メッセージアプリのテレグラムを通して知った人物が提供するサービスを利用して、ティサ川を渡った人もいる。テレグラムは、密入国あっせん業者がよく利用することで知られる。
BBCは今回、潜入記者に出国を希望するウクライナ人のふりをしてもらい、密入国あっせん業者と1カ月間、連絡を取ってもらった。その結果、テレグラムに少なくとも6グループが見つかった。メンバーの数は100人ほどから数千人規模までさまざまだった。
潜入記者によると、そこでは家族に架空の子ども足すことから、最も高額な「ホワイト・チケット」まで、多様なサービスが提供されていた。ホワイト・チケットは医療上の理由による兵役免除証明書で、これがあれば好きな時にウクライナを出入りできる。
ホワイト・チケットの作成には1週間かかり、費用は約4300ドル(約64万円)だと、あっせん業者は説明したという。
出国に失敗してウクライナ当局に捕まると、罰金92~230ドル(約1万4000円~3万4000円)および最長8年の禁錮刑が科される恐れがある。
外国に逃れ、将来ウクライナに戻った人が、過去にさかのぼって処罰されるのかは不明だ。前出のヴェニスラフスキー議員は、そうした処罰が国益にかなうとは思えないと話した。
「私の役割は戦場にはない」
ダニロさんは、国民が自分で決断することが認められるべきだと主張した。
「人生の目的は人それぞれだと、今も思っているからだ。領土を守ることに意義を見いだす人がいれば、自分と家族を守ることに意義を感じる人もいる。何かを創造し、事業を興し、国の経済に貢献したい人もいる」
「何にしろ、私の役割は戦場にはないと思っている」
ダニロさんは、戦争が終わったとき、ウクライナ当局には国を去っていた人たちを処罰するのではなく、戻ってくるよう働きかけてほしいと話した。
「人がいなければ、とりわけしっかり金を稼いでしっかり税金を納める賢い人たちがいなければ、国家の存続は難しい」
ロシアとの戦争に終わりが見えない状況で、こうした問題がいつ意味をもつようになるかはわからない。それまでの間、消耗戦と化した戦いを続けるウクライナは、1人でも多くの兵士を必要としている。
(英語記事 Ukrainian men flee the draft in their thousands)
提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-67447774