
ジーン・マケンジー、ソウル特派員
韓国の尹錫烈(ユン・ソンニョル)大統領は12日、アメリカのロイド・オースティン国防長官を公邸での夕食会に招いた際、「(イスラム組織)ハマスの戦術に似た」奇襲攻撃を含む、北朝鮮からのあらゆる種類の攻撃に警戒するよう、オースティン氏に促した。
ハマスが10月7日にパレスチナ自治区ガザ地区との境界を越えてイスラエル側へ侵入し、残忍な攻撃を実行して以降、韓国の政治家や国防幹部らは、ハマスの攻撃と、北朝鮮が今後行うかもしれない韓国への攻撃を照らし合わせるようになっている。
金承謙(キム・スンギョム)合同参謀本部議長も先月、北朝鮮政府が将来、韓国に戦争を仕掛けるとすれば「ハマスの(イスラエル)侵入と同様のパターンを取る可能性がある」ことを示唆する証拠があると述べていた。
韓国は本当に、同じような攻撃を受ける危険にさらされているのだろうか? それとも今回のハマスとイスラエルの紛争は、韓国のタカ派政権に、防衛力を強化して北朝鮮により強硬な姿勢を取る理由を与えただけなのだろうか?
イスラエル領内にロケット弾を発射するとともに、ゲリラ兵がイスラエル側に侵入するというハマスの攻撃は、いわゆる「ハイブリッド戦争」の最たるものだ。21世紀軍事研究所のリサーチ・フェロー、リュ・ソンヨプ氏は、これは北朝鮮が伝統的に得意としてきた戦術だと指摘。北朝鮮がハイブリッド戦争を仕掛ければ、韓国は損害を被るだろうと付け加えた。
ハマスがイスラエルへの早朝の攻撃で5000発ものロケット弾を発射したのに対し、北朝鮮は1時間に推定1万6000発の砲撃が可能だとみられる。この脅威に対抗するため、韓国政府はイスラエルの防空システム「アイアン・ドーム」に似た独自のミサイル防衛システムの開発を進めている。
ガザ地区のハマスのように、北朝鮮も地下トンネル網を構築していると考えられている。その一部は南北軍事境界線沿いの非武装地帯(DMZ)の下を通っていて、今後起こり得る侵略行為に使用されるかもしれない武器が備蓄されている可能性がある。
北朝鮮の脅威はどれほど現実的なのか
北朝鮮の脅威は何十年ものあいだ、韓国に常につきまとってきた。現在、両国間の緊張はとりわけ高まっている。
ただ、北朝鮮による重大な攻撃が最後に起きたのは13年前のことだ。北朝鮮兵による韓国・延坪島への砲撃で、韓国の海兵隊員2人と民間人2人が死亡した。
複数の安全保障専門家は、北朝鮮の戦略はそれ以来進化していると指摘。韓国との紛争における北朝鮮側の目標はもはや、境界を突破することではなく首都ソウルを破壊することだという。
「ハマスが主に短距離ロケット弾に頼っているのに対し、北朝鮮ははるかに射程距離が長い多様な大砲を保持している。その攻撃能力はハマスより何倍も高い」と、韓国・統一研究院の洪珉(ホン・ミン)北朝鮮研究室長は指摘する。
近年、核兵器の改良と増強に力を入れている北朝鮮政府は、戦術核を搭載可能な短距離弾道ミサイルを開発したと主張している。つまり、北朝鮮にはいまや、ハマスと同様の戦術を取る理由がないのだと、元国防顧問のチョ・ソンリュル氏は言う。「北朝鮮は独自の軍隊と核兵器を持つ主権国家だ」。
現在、韓国・慶南大学の軍事学教授であるチョ氏は、北朝鮮はすでに独立国家であることから、「いますぐに戦争を起こす動機がない」とも指摘する。
さらにいえば、韓国へのいかなる攻撃も金正恩(キム・ジョンウン)体制の終焉(しゅうえん)をもたらすことになると、韓国とアメリカは繰り返し明言している。また、金総書記にとっては常に、現体制の存続が最優先事項となっている。
それでも、ハマスのイスラエル攻撃を受け、韓国の保守政権は南北境界の安全保障について、可能な限りの厳しさと本来あるべき厳しさを維持できているのか、疑問視するようになった。北朝鮮に対して強硬姿勢をとる同政権は、対話よりも軍事力や報復の脅威を示すことを優先している。
韓国の現政権はとりわけ、2018年に前政権が結んだ南北の軍事合意を批判している。この合意は、境界線を越えた小競り合いや攻撃の回避を目的としている。
これには、境界付近での、双方の軍用機や監視装置の運用を禁止する、飛行禁止区域の設定が含まれる。最近、韓国国防相に就任した申源湜(シン・ウォンシク)氏は、偵察用ドローン(無人機)を使って北朝鮮を監視するために、2018年の合意を破棄することを提案している。
ハマスがイスラエルを奇襲した後、申国防相は「2018年の軍事合意は我々の監視・偵察能力を大きく制限している」と述べた。そして、イスラエルがガザ地区との境界をもっとよく監視していれば、死傷者数を抑えることができただろうと付け加えた。
2018年以降、北朝鮮は韓国との合意内容を何度か破っているが、南北間の小衝突の回数は減っている。合意破棄となれば、緊張が高まり、攻撃が起きる可能性がさらに高まると指摘する専門家もいる。前出の韓国・統一研究院の洪氏は、「合意を破棄することで、境界付近のリアルタイムの監視体制は若干改善されるかもしれないが、がらりと変わることはない」と指摘する。
代わりに、まずは北朝鮮からの攻撃を防ぐことに焦点を当てるべきだと、洪氏は言う。「ハマスのように、北朝鮮が同時にあらゆるものを発射すると決めれば、そのすべての武器から自国を完全に守るすべは、現時点ではどの国ももっていない」。
(英語記事 S Korea fears Hamas-style attack from the North )
提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-67436130