ポール・アダムス外交担当編集委員(イスラエル北部)
レバノン各地で、同国を拠点とするイスラム教シーア派組織ヒズボラのメンバーが使用する通信機器の爆発が起きた。それからまだ一1週間もたっていないとは信じ難い。
通信機器の爆発が起きてからの数日間は、イランの後ろ盾を受ける強力なシーア派民兵組織のヒズボラにとって破壊的な後退の連続だった。
組織のネットワークは妨げられ、戦闘員は切り刻まれ、指導者は暗殺され、軍事インフラは絶え間なく砲撃を受けた。ヒズボラは過去40年で最悪の危機に直面している。
イスラエルのヨアヴ・ガラント国防相は、同国の作戦は「さらに激しくなっている」としている。
しかしこれは、高いリスクをともなう戦略だ。ヒズボラの対応能力を無視することはできない。
イスラエル北部では常に警報が鳴り響いている。ガラント国防相はイスラエル国民に「冷静さを示し、規律を守り、民間防衛軍の指示に全面的に従う」よう呼びかけている。
高いリスク伴うイスラエルの戦略
私たちはイスラエル北部ティベリアから西に少し行ったところにあるキヴァト・アヴニという小さな集落を訪れた。
ダヴィデ・イツハクさんは23日の昼食時に、家族で暮らす自宅を見せてくれた。120ミリロケット砲が屋根を突き破っていた。
サイレンが鳴り響き、ダヴィデさんは妻と6歳の娘を自宅のセーフルーム(防護室)に押し込んだ。その数秒後に爆発が起きた。
「1メートルの差で、生きるか死ぬかが決まる」。ダヴィデさんは、セーフルームから娘の寝室にできた穴までの短い距離を示唆した。
ダヴィデさんはレバノンの人々に敵意は感じていないが、ヒズボラが理由もなく戦争を始めたと語った。
「だから今、私たちはやり返している。きっとなんとかなる」
しかし、ダヴィデさんが暮らすキヴァト・アヴニは、レバノン国境から30キロ離れた場所にあり、1年近く前に当局が設定した避難区域からも遠く離れている。
1時間後に私たちがキブツ(農業共同体)ラヴィに到着すると、サイレンが再び鳴り響いた。キブツ・ラヴィは、さらに北の地域から避難してきた複数の家族がこの1年近く身を寄せている場所だ。
ロケット弾が上空を飛び交う中、私たちは地下シェルターに誘導された。子供たちと、子供たちが描いた絵でいっぱいのシェルターの中でも、ブーンという低音が響いているのが何度も聞こえた。
この1時間後には再び警報が鳴り、別のセーフルームに身を隠した。遠くでまた爆発が起きた。
イスラエル北部の広範囲が攻撃される恐れ
今回のイスラエルによるエスカレーションが起きる以前から、ヒズボラはイスラエル領内へロケット弾を発射していた。しかし今や、イスラエル北部のさらに広い地域が火線上にある。
こうした事態すべてが、イスラエル政府の行動に切迫感をもたらしている。
ベンヤミン・ネタニヤフ首相は国防担当者らとの協議後、イスラエルは同国北部におけるパワーバランスを変更しつつあると語った。
「我々は複雑な日々に直面している」と、ネタニヤフ氏は警告した。
「我々は脅威を待っているのではない」と同氏は述べた。「我々は脅威を見越している。どこでも、どんな場所でも、どんな時でも。我々は(ヒズボラの)高官を排除し、テロリストを排除し、ミサイルを排除する」
作戦を強化するイスラエル、地上侵攻の可能性は
主導権を握るイスラエル軍は、ヒズボラを劣勢に立たせ続ける決意のようだ。そうすれば、北部国境の地域から避難した市民を帰還させるという政府の目標を実現できると期待しているのだろう。
23日朝、イスラエル軍は作戦に一段と力を入れた。レバノンの住民に、ヒズボラがより大型の武器を隠していると思われる場所から離れるよう指示したのだ。
軍当局者は複数のジャーナリストに空爆の様子の動画を公開した。民家の中に隠されたロシア製の改良型巡航ミサイルを破壊したのだと、イスラエルは主張している。
別の「図解」では、たくさんの武器や装備が隠されているとするレバノン南部の村の3D模型を見せた。
こうした模型や民間人に対する避難指示は、パレスチナ自治区ガザ地区での軍事行動の説明でイスラエルが用いているものに似ている。
ただ、ガザとは異なり、こうした警告は軍がレバノン南部で地上作戦を行う構えであることを意味するものではないと、軍当局者は主張している。
「我々は現在、イスラエルの空爆作戦にだけ集中している」と、イスラエル高官は23日に述べた。
今のところは、イスラエルは上空からの攻撃で何を達成できるのか見極めているようだ。イスラエル軍の元司令官はイスラエルのテレビ局チャンネル12に対し、空軍はこれまでのところ、その能力のほんの一部しか見せていないと語った。
ただし、イスラエルが上空から達成できることには限りがある。たとえ、戦闘機で複数の村全体を荒廃させられるとしてもだ。
いずれは、限定的なものとはいえ、地上侵攻が避けられない段階がやってくると思われる。
しかし、それは賢明な手段といえるのだろうか。
「それこそがヒズボラの狙いだ」と、エルサレム安全保障外交センターの上級研究員ジャック・ネリア博士はイスラエルのi24ニュースに語った。
「レバノン南部の住民はヒズボラの戦闘員だ」と、同博士は述べた。「つまり、我々は見知らぬ集団と、見知らぬ状況下で戦わなければならなくなる」。
ヒズボラの最高指導者ハッサン・ナスララ師は先週、イスラエルがレバノン南部に緩衝地帯をつくろうとしていると非難する挑戦的な演説を行った。緩衝地帯をめぐっては、イスラエル軍の北部司令部トップが設置を押し進めていると言われている。
そのような試みはイスラエルにとって「悲惨な結果」をもたらすだろうと、ナスララ師は述べた。
今のところは外交的な解決の糸口は見えない。イスラエルとヒズボラの対立を和らげようとするアメリカ主導の取り組みは、ガザ停戦とイスラエル人の人質の解放に向けた交渉と共に行き詰まってしまった。
攻撃があれば反撃があるという無情な軍事的論理が、この争いを支配しているようだ。
これは対等な戦いとはいえない。イスラエルはヒズボラを打ち負かせられると分かっている。
それぞれが相手に与える破壊と苦しみの度合いは、完全に釣り合いが取れていない。
この紛争がどこへ向かうのか、終結までにどれほど事態が悪化するのかは、誰にも予測できない。
(英語記事 Cold military logic takes over in Israel-Hezbollah conflict)