ジェレミー・ボウエン国際編集長
イスラエルの指導者らは、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラに対する攻撃の進展に歓喜している。武器化したポケットベル型の通信機器の爆発から始まった攻撃は、多数の死者を出す激しい空爆へと移行した。
ヨアヴ・ガラント国防相は23日の空爆後、賛辞を惜しまなかった。
「今日(の攻撃)は名人芸だった。(中略)ヒズボラにとっては設立以来、最悪の1週間となった。結果がそれを物語っている」
ガラント氏は、イスラエルの人々を殺す可能性のあったロケット弾数千発を、空爆で破壊したと説明した。一方、レバノンは子ども50人を含む550人以上が、イスラエルによって殺害されたとしている。これは、2006年の双方による戦争で、レバノンで1カ月に出た死者のほぼ半数だ。
イスラエルは、猛烈な攻勢によって、思い通りにヒズボラを動かせると信じている。多大な苦痛を与えることで、ヒズボラの指導者ハッサン・ナスララ師やその仲間、イランにいる支援者らに、抵抗の代償は高すぎると判断させようとしている。
イスラエルの政治家や軍幹部は勝利を必要としている。パレスチナ自治区ガザでの戦争は、ほぼ1年がたって泥沼化している。ガザのイスラム組織ハマスの戦闘員らは、いまもトンネルや廃墟から出没し、イスラエル兵を殺傷している。イスラエル人の人質の拘束も続けている。
ハマスがイスラエルを奇襲したのは昨年10月だった。イスラエルはハマスを、壊滅的な事態を招く重大な脅威だとはみていなかった。だがレバノンは別の話だ。イスラエルの国防軍(IDF)とスパイ組織のモサドは、2006年の前回の戦争が行き詰まりに終わると、ヒズボラに対する次の戦争を計画してきた。
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は現在の攻勢を、ヒズボラの影響力をそぐという自らが宣言した目標の実現に大きく近づけるものと考えている。
同首相は、ヒズボラが国境を越えてイスラエルにロケット弾を撃ち込むのをやめさせたいと思っている。イスラエル軍は、ヒズボラを国境から後退させるとともに、イスラエルの脅威となっている軍事施設を破壊する計画だとしている。
「もうひとつのガザ」なのか
レバノンで先週起きたことは、過去1年にガザでの戦争であったことを思い起こさせる。イスラエルは攻撃予定地域の住民に対し移動するよう警告したが、これはガザでしたのと同じだ。イスラエルは今回、民間人を人間の盾にしているとヒズボラを非難したが、これもハマスに対する非難と同じだ。
避難の警告が漠然としすぎており、家族で避難するには時間が不十分だったとの声は、一部の批評家やイスラエルに敵対する人々から出ている。国際人道法は、戦争での民間人保護を義務づけ、無差別、不均衡な武力行使を禁じている。
ヒズボラによるイスラエルへの攻撃の一部は、民間人の居住地域に対して実施されており、民間人保護を規定する法律に違反している。ヒズボラはイスラエル軍も標的にしている。イスラエルと、アメリカやイギリスなど主な西側友好国は、ヒズボラをテロ組織に指定している。
イスラエルは自国軍を、ルールを尊重する道徳的な軍隊だと主張している。しかし世界の多くは、同軍のガザでの行動を非難している。国境付近での紛争の拡大は、両極化した議論の中心の溝をさらに深めることになる。
たとえばポケベル型の機器の攻撃だ。イスラエルは、機器が配布されたヒズボラのメンバーを狙ったものだったと言う。しかしイスラエルは、機器内の爆弾が作動したときにメンバーらがどこにいるのか、あらかじめ知ることは不可能だった。そのため、住宅や商店、公の場所で、民間人や子どもらが死傷した。このことから、イスラエルが戦闘員と民間人を区別せずに殺傷力を行使したことがわかると、一部の法律家は指摘している。
イスラエルとヒズボラの戦闘は1980年代に始まった。ただ、今回の国境付近での戦争は、昨年10月7日にハマスがイスラエルを攻撃した翌日に始まった。その日、ナスララ師は部下に対し、ハマスを支援するため、限定的ながらほぼ連日、国境を越える砲撃を実施するよう命じた。これにより、イスラエルの軍部隊は現地から動けなくなり、国境付近の町では約6万人が自宅から避難せざるを得なくなった。
過去の侵攻の影
イスラエルのメディアでは、今回の空爆がヒズボラの戦争遂行能力に及ぼした影響を、イスラエルが1967年6月にエジプトを急襲した「フォーカス作戦」になぞらえる声が出ている。この有名な空爆では、地上に軍用機を整列させていたエジプト空軍を破壊した。その後6日間で、イスラエルはエジプトとシリア、ヨルダンを撃破。この勝利で、イスラエルは東エルサレムを含むヨルダン川西岸、ガザ地区、ゴラン高原を占領し、現在の紛争の原形を作った。
これはよい比較とはいえない。レバノンもヒズボラとの戦争も違う話だ。確かにイスラエルは大きな打撃を与えた。だが今のところ、イスラエルに砲弾を撃ち込むことに関して、ヒズボラの能力も意志も止められていない。
イスラエルとヒズボラの過去の戦争は消耗戦となり、どちらも決定的な勝利をつかんでいない。そして今回も、同じ結果になるかもしれない。ここ1週間の攻勢が、イスラエルとその情報機関、軍にとっていかに満足のいくものだったとしてもだ。
イスラエルの攻撃は、一つの仮定、賭けの上に成り立っている。それは、ヒズボラが折れ、国境地帯から退き、イスラエルへの砲撃をやめるときがやって来る、というものだ。だが、ヒズボラを注視している専門家らの多くは、そうしたことにはならないとみている。ヒズボラにとって、イスラエルと戦うことが最大の存在理由だからだ。
であれば、イスラエルも負けたくはないので、さらに戦争をエスカレートさせなければならなくなる。ヒズボラがこのまま、イスラエル北部を危険なままにし、イスラエル住民の帰宅を不可能にするなら、イスラエルは地上攻撃に踏み切るかの決断を迫られる。地上攻撃ではおそらく、土地を帯状に占領し、緩衝地帯にすることが目的となるだろう。
イスラエルは過去にもレバノンに侵攻している。1982年には、パレスチナ側の襲撃を阻止しようと、イスラエル軍が首都ベイルートまで押し寄せた。ただ、ベイルートのサブラとシャティーラの難民キャンプで、レバノンの親イスラエルのキリスト教徒らによるパレスチナ民間人の虐殺が発生。このときイスラエル軍が難民キャンプの周囲を固め、出入りができないようにしたため、同軍はイスラエル国内外で激しい怒りを買い、不名誉な後退へと追い込まれた。
1990年代になっても、イスラエルは国境沿いのレバノンの土地を広範に占領していた。現在のイスラエル軍の将官らは当時、若き将校として、ヒズボラとの果てしない小競り合いや銃撃戦を戦っていた。ヒズボラも、イスラエルを追い出す戦いを通して、勢力を拡大していた。2000年になると、当時のイスラエル首相で、イスラエル国防軍の元参謀総長でもあるエフード・バラク氏が、「安全保障地帯」からの撤退を決めた。同地帯はイスラエルを安全にせず、その一方であまりに多くのイスラエル兵の命を奪っていると判断したのだった。
2006年、高度に軍事化され一触即発状態の国境地帯で、ヒズボラが無謀な襲撃を行い、イスラエル兵たちを殺害し拘束した。すると、イスラエルのエフード・オルメルト首相(当時)は戦争に打って出た。この戦争が終わった後、ヒズボラ最高指導者のナスララ師は、イスラエルが報復として何をするのかがわかっていたら、そもそも襲撃は許していなかっただろうと述べた。
この戦争でイスラエルは当初、航空戦力によって、イスラエルへのロケット弾攻撃をやめさせようとした。それがうまくいかないとなると、地上部隊と戦車が再び国境を越えてレバノンに戻った。この戦争はレバノンの民間人にとって惨事だった。それでもヒズボラは、戦争の最終日、まだイスラエルへとロケット弾を発射し続けていた。
現在の戦争と来るべき戦争
イスラエル軍の指揮官らは、ガザでハマスと戦うより、砲火を浴びながらレバノンに進入するほうが、軍事的挑戦としてはるかに困難だとわかっている。一方のヒズボラは、2006年の戦争が終わって以降、計画を練り続けている。ゲリラ戦術に適した、起伏に富む丘陵地帯が多いレバノン南部のホームグラウンドで戦いたいところだろう。
ガザではハマスが砂地にトンネルを掘ったが、イスラエルはそのすべてを破壊することはできていない。一方、レバノン南部の国境地帯では、ヒズボラがこの18年間、強固な岩盤にトンネルと陣地を準備してきた。ヒズボラの武器は、イランから供給を受けており強大だ。ガザのハマスとは違い、ヒズボラはシリア経由で陸路で補給を受けることもできる。
米首都ワシントンのシンクタンク「戦略国際問題研究所」は、ヒズボラの現役戦闘員は約3万人、予備役は最大2万人と推定している。そのほとんどが、軽歩兵の移動式小部隊として訓練を受けている。また、大勢がシリアのバシャール・アル・アサド政権の支援のため、戦闘を経験しているという。
大方の見方では、ヒズボラは12万~20万発のミサイルとロケット弾を保有している。無誘導のものから、イスラエルの都市を攻撃できる長距離のものまである。
イスラエルは、それら全部をヒズボラが使いはしないことに賭けているのかもしれない。イスラエル空軍がガザでしたように、レバノンの町全体をがれきに変え、何千人もの民間人を殺害することをヒズボラは恐れている、と思っているのかもしれない。イランは、自国の核施設へのイスラエルの攻撃に対する保険として取っておきたい武器を、ヒズボラに使わせたくはないだろう、というのも賭けだ。一方でヒズボラが、イスラエルが破壊する前に、もっと多くの兵器を使うと決めるかもしれない。
ガザで戦争が続き、ヨルダン川西岸では暴力のレベルが高まっている。この状況でレバノンに侵攻すれば、イスラエルは三つの戦線を同時に検討しなければならなくなる。イスラエルの兵士たちはやる気に満ち、よく訓練され、装備も整っているが、同国の戦闘力の多くを担っている予備役部隊は、1年間続いた戦争ですでに負担を感じている。
外交の行き詰まり
アメリカを筆頭とするイスラエルの友好国は、イスラエルがヒズボラとの戦争をエスカレートさせることも、レバノンに侵攻することも望んでいない。それらの国々は、国境地帯を安全にし、その両側で民間人の帰宅を実現させるのは、外交しかないと主張している。アメリカの特使は、2006年の戦争を終結させた国連安全保障理事会決議1701に部分的に基づいて、合意を形成した。
しかし、ガザでの停戦がなければ、外交官らは何もできなくなってしまう。ヒズボラのナスララ師は、ヒズボラがイスラエルへの攻撃をやめるのは、ガザでの戦争が停止した場合だけだと言っている。現時点ではハマスもイスラエルも、ガザでの停戦合意や、イスラエル人の人質とパレスチナ人捕虜の交換に必要な譲歩をする用意はない。
イスラエルによる空爆がレバノンを襲い続けるなか、崩壊した経済のなかで家族を養うのに苦労していた民間人らは、ひどい苦痛と不安を感じている。恐怖は前線を越える。イスラエルの人々は、ヒズボラがこの1年にもたらした被害よりはるかに深刻な被害を、自分たちにもたらすことができると知っている。
イスラエルは、積極的かつ大胆になって、国境付近からヒズボラを追い出す時がやってきたと信じている。しかし敵は、断固たる決意をもち、よく武装され、怒りに満ちている。これは、ハマスがイスラエルを攻撃してからの1年にわたる長い戦争の中で、最も危険な危機だ。そして今のところ、はるかに悪い事態へと悪化していくのを止めるものは何もない。
(英語記事 Bowen: Israel is gambling Hezbollah will crumple but it faces a well-armed, angry enemy)