「多くのヘイト(憎悪)を受けている」。これは昨年、ソーシャルメディアへの投稿で15万ドル(約2300万円)を稼いだコンテンツクリエイター、ウィンタ・ゼス氏の言葉だ。
ゼス氏が他のインフルエンサーと異なる点は何か。ゼス氏の投稿にコメントし、動画へのトラフィックを増やしている人々を動かしているのは、しばしば怒りだ。
「私の動画で数百万回の閲覧数に達したものは、すべてヘイトコメントのおかげでそうなっている」と、24歳のゼス氏は説明する。
ゼス氏の動画は、自分の最大の問題は「美しすぎること」だと吹聴する、ニューヨーク在住モデルの生活を記録している。コメント欄の一部の人々が気づいていないのは、ゼス氏がキャラクターを演じているということだ。
「多くの嫌なコメントをもらう。『あなたは一番美しいわけではない』とか『自信過剰だからもっと控えめにして』とか言われる」と、ゼス氏はニューヨーク市のアパートからBBCに語った。
ゼス氏は、オンラインクリエイターの中で増加している「レイジベイト(怒りを誘うえさ)」(いわゆる「炎上」コンテンツ)を作成するグループの一員だ。目標はシンプルで、他のユーザーを本能的に怒らせるような動画やミーム、投稿を作成することだ。そして、その結果として得られる数千件、あるいは数百万件の共有や「いいね」を享受する。
これは、読者を引きつける見出しをつけて動画や記事を閲覧させる「クリックベイト」とは異なる。
マーケティングに関するポッドキャストを配信しているアンドレア・ジョーンズ氏は、「ユーザーの興味関心を引き付ける『フック』は、そのコンテンツに含まれる内容を反映し、信頼に基づいている。これに対してレイジベイトのコンテンツには、ユーザーを操作しようという意図がある」と指摘する。
しかし、ネガティブなコンテンツが人間の心理に与える影響は、私たちの脳に組み込まれているものだと、新技術と脳の相互作用を研究するウィリアム・ブレイディー博士は述べている。
「過去において、私たちはこの種の内容に注意を払う必要があった」とブレイディー博士は説明する。「そのため、私たちの学習や注意といった機能にはそうした傾向が含まれている」。
レイジベイトの増加は、主要なSNSプラットフォームがクリエイターに対してコンテンツの報酬を増やしたことと期を同じくしている。
こうしたクリエイター向けプログラムは、ユーザーが「いいね」やコメント、共有で報酬を得たり、スポンサー付きコンテンツを投稿したりすることを可能にしており、レイジベイトの増加に関連している。
前出のジョーンズ氏は、「たとえばSNS上で猫を見ても『あら、かわいい』と思ってスクロールするが、誰かが不快なことをしているのを見たら、『これはひどい』とコメントするかもしれない。そして、こうしたコメントはアルゴリズムによって高品質なエンゲージメントと見なされる」と話す。
「ユーザーがコンテンツを作成すればするほど、エンゲージメントが増え、それに応じて報酬も増える」
「そのため、一部のクリエイターは、たとえネガティブであったり、人々の怒りや憤りを引き起こすものであったりしても、より多くの閲覧数を得るために何でもする」と、ジョーンズ氏は懸念を示した。
「それは最終的に無関心を招くものだ」
レイジベイトは、とっぴな料理レシピからお気に入りのポップスターへの攻撃まで、さまざまな形で存在する。世界的に選挙が多かった今年は、特にアメリカで、レイジベイトが政治にも広がった。
ブレイディー博士は、「選挙に向けての盛り上がりの中でレイジベイトが急増していた。政治グループを動員し、投票や行動を促す効果的な方法だからだ」と指摘した。
同博士はまた、今回の米大統領選は政策に乏しく、代わりに憤慨を中心に展開されたと述べ、「『トランプはこの理由でひどい』とか、『ハリスはあの理由でひどい』というように、極端な焦点の当て方がみられた」と付け加えた。
BBCのマリアナ・スプリングSNS調査担当記者の取材では、X(旧ツイッター)の一部のユーザーは、誤情報や人工知能(AI)生成の画像、根拠のない陰謀論を含むコンテンツを共有することで、同プラットフォームから「数千ドル」の報酬を受け取っていることが判明した。
この傾向を研究する一部の専門家は、ネガティブなコンテンツが多すぎると、一般の人々が「無関心」になる可能性があると懸念している。
「常に高い感情を持つことは疲れることがある」と、米ミシガン大学のコミュニケーション・メディア学のアリエル・ヘイゼル助教授は述べている。
「これがニュース環境から人々を遠ざけている。世界中でニュースを積極的に回避する傾向が高まっている」
一方、オフライン環境で怒りが当たり前のものになったり、視聴するコンテンツに対する信頼が低下したりすることを懸念する声もある。
「アルゴリズムは憤慨を増幅し、それがより普通のことだと思わせる」と、前出のブレイディ博士は述べた。
「Xのような特定のプラットフォームからわかっていることは、政治的に極端なコンテンツは、実際にはユーザーベースのごく一部によって生成されているが、アルゴリズムはそれを多数派であるかのように増幅することができるということだ」
BBCは主要なSNSプラットフォームに対し、サイト上のレイジベイトについて問い合わせたが、回答は得られなかった。
米メタの幹部アダム・モセリ氏は2024年10月、運営する「スレッズ」のアカウントで、「エンゲージメントベイトの増加」について投稿し、「これを制御するために取り組んでいる」と述べた。
富豪のイーロン・マスク氏が所有するXは最近、クリエイター収益共有プログラムの変更を発表し、プレミアムユーザーからの「いいね」や返信、リポストなどのエンゲージメントに基づいてクリエイターに報酬を支払うことになった。以前は、プレミアムユーザーが視聴した広告に基づいて報酬が支払われていた。
TikTokやユーチューブも、ユーザーが投稿から収益を得たり、スポンサー付きコンテンツを共有したりすることを許可しているが、誤情報を投稿するアカウントの収益化を停止したり、アカウントを凍結したりするルールがある。Xには、誤情報に関する同様のガイドラインはない。
ニューヨーク市のゼス氏のアパートでは、会話が政治に向かった。ゼス氏への取材は大統領選の数日前に行われた。
「確かに、政治的な理由でレイジベイトを使うことには賛成できない」と、ゼス氏は言う。
「人々を教育し、情報を提供するために真剣に使っているのであれば問題ない。しかし、誤情報を広めるために使っているなら、全く賛成できない」
「それはもう冗談にはならない」