
イスラエルとイスラム組織ハマスは19日、6週間の停戦期間に入った。ハマスは19日午後に人質の女性3人を解放し、イスラエル刑務所当局は20日未明、パレスチナ人受刑者90人を釈放したと発表した。
停戦合意の発効は、ハマスが解放する人質名簿の提供が遅れたことで予定より3時間近く遅れた。
19日午前8時半に停戦が始まる予定だったものの、解放する人質の名簿提供がハマスからないとして、イスラエル国防軍(IDF)はガザ空爆を継続。ハマス運営の保健省によると、少なくとも19人が殺害され、36人が負傷した。IDFは、「複数のテロ標的」を攻撃したと説明した。
ハマスは名簿提供の遅れを「技術的な理由」によるものだとし、ドロン・スタインブレッヒャーさん(31)、イスラエルとイギリスの二重国籍を持つエミリー・ダマリさん(28)、ロミ・ゴネンさん(24)の名前を、仲介者を通じてイスラエルに提供した。
現地時間午前11時19分に、交渉を仲介していたカタール政府の、マジェド・アル・アンサリ外務報道官がソーシャルメディア「X」で、最終的な難問が解消され「よって停戦が始まった」と発表した。
その6時間後に3人はガザ市内のサラヤ広場で、ハマスから赤十字国際委員会に引き渡された。現場の映像には、人質を乗せた車両を大勢が取り囲み、ハマスの戦闘員たちがその群衆を押し返そうとする様子が映っている。
女性たちは広場で、赤十字からイスラエル軍に引き渡された後、イスラエル南部のレイム基地でまず母親と再会。さらに、テルアヴィヴ近郊のシェバ医療センターへヘリコプターで移動し、他の家族と再会した。
女性3人のうち2人は、ハマスによる2023年10月7日のイスラエル奇襲攻撃で銃で撃たれて負傷したとされる。
1年3カ月ぶりに家族と再会
シェバ病院の代表は記者会見し、解放された人質3人は「安定した容体」だが、今後数日は経過を観察しながら「総合的で、思いやり深い丁寧な治療」を提供すると話した。
スタインブレッヒャーさんは動物看護師で、2023年10月7日のハマスによる攻撃当時、キブツ・クファル・アザの自宅にいた。ダマリさんもキブツ・クファル・アザから拉致された。ゴネンさんは、ハマスが襲った音楽フェスティバルの会場から脱出しようとしたところ拉致された。
IDFが公開した映像では、家族と再会したダマリさんは、指2本が欠損した左手に包帯を巻いているものの、笑顔で元気そうな様子で映っている。
ダマリさんは、イスラエル南部の自宅から拉致される際に手を撃たれて負傷したという。
公判なく収監の90人釈放
ハマスによると、イスラエルは停戦合意の交換条件として、ヨルダン川西岸地区とエルサレムのパレスチナ人女性69人と少年21人をヨルダン川西岸のオフェル刑務所から釈放した。
ロイター通信によると、20日未明に解放されたほとんどの人は最近拘束され、公判が開かれていない。有罪判決も受けていない。
釈放されたパレスチナ人は赤十字国際委員会に引き渡され、西岸地区のラマラへ移動した。
停戦合意の第1段階では、イスラエルは約1900人のパレスチナ人収監者を釈放し、ハマスは約33人のイスラエル人質を解放する予定になっている。
ラマラに近いベイトゥニアの町では、釈放された人たちの帰りを待つ人たちが集まった。
一部の若者は、イスラエル軍の侵入を阻止するため、路上でタイヤなどを燃やしていた。
援助物資運ぶトラック630台がガザに
国連人道問題担当のトム・フレッチャー事務次長によると、19日には人道援助物資を載せた輸送トラック630台以上がガザに入り、そのうち少なくとも300台がガザ北部に向かった。
停戦合意では、毎日600台の援助トラックがガザに入ることが条件となっている。
フレッチャー事務次長は「一刻の猶予もない」と述べ、「今のこの瞬間は、非常にもろいけれども不可欠な、とてつもない希望の瞬間だ。これから数日、数週間かけて、複雑な事態を乗り越えるため進んでいく」と話した。
人道援助はガザ住民にとって不可欠。最近は平均して1日40台の援助トラックしか入っていなかったが、紛争前は毎日約500台のトラックがガザに入っていた。
喜びと複雑な思い
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、女性3人の解放を歓迎し、「帰還おめでとう」と祝福した。「この瞬間は、イスラエルの英雄たちの犠牲と戦いのおかげで達成できたものだ」とネタニヤフ氏はソーシャルメディア「X」に書き、「全員を家に戻すことを約束する」と強調した。
人質3人の引き渡しをIDFが確認した数分後、イスラエルのイツハク・ヘルツォグ大統領も、「ロミ、エミリー、ドロン。 大勢に愛され、不在を大勢が悲しんでいたあなたたちの帰還に国全体が喜んでいる」と「X」に書いた。
「今日はうれしい日、安心する日で、そして一緒に回復していくための旅路の始まりです」とも、大統領は書いた。
スタインブレッヒャーさんの家族は声明で、「耐え難い471日を経て、私たちの愛するドドがついに私たちの腕に戻ってきました」と述べ、「この旅を支え、共に歩んでくれたすべての人々に心から感謝します」、「ハマスの拘束下で471日を生き延びた私たちの英雄ドドは、今日からリハビリの旅を始めます」とコメントした。
さらに、「私たちはすべての家族と支えあい、愛する人々が全員帰還するまで全力を尽くします」とも強調した。
ガザ地区で1年3カ月にわたり、テントや仮設シェルターで絶望的な状況に置かれ、栄養失調や病気に苦しんできた住民は、甚大な破壊と喪失のなかで待望の停戦発効の知らされた。
「本当のところ、複雑な気持ちです」。ガザ地区南部ハンユニスのシェルターにいるヘレン・ジャブリさんは(41)は、電話インタビューにこう答えた。
「失った人たちを思うと、心が痛む。兄とその家族全員を失いました。父は捕らわれている。血の洪水が止まったことはとてもうれしいけれども、ここではどの家族も苦しんでいる」
19日には、ラファなどガザ地区最南端の地域から、徒歩で地区内を移動し始めた人々もいた。しかし、膨大な数の避難民が家や日常生活を取り戻すには、長い時間がかかる。ガザ市を含む北部地域では、多くの場所が壊滅的被害を受けている。
国連衛星センター(UNOSAT)は、昨年12月初めの時点で全構造物の69%が破壊または損傷を受けたと推計を報告している。また、国連はガザ地区の道路網の68%が破壊または損傷したと結論している。このため多くの避難民は当面シェルターにとどまるか、野宿を続ける必要があり、甚大な人道危機は今後も続く。
「大多数のシェルターは過密状態で、多くの人々は単に野外や仮設構造物で生活している」。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の広報ディレクター、ジュリエット・トゥーマ氏はこう話す。「多くの人が、暖かい衣服など基本的な必需品を欠いている。これは、人間の生活に適した状況ではない」。
3段階の合意
合意の第1段階は6週間にわたり、ハマスがガザで拘束しているイスラエル人の人質33人の解放と引き換えに、イスラエルは刑務所に収監しているパレスチナ人数百人を釈放する。
イスラエルはこの間、ガザの「すべての」人口密集地域から撤退し、ガザで避難を余儀なくされたパレスチナ人は帰還を開始できるようになる。援助物資を運ぶトラック数百台が毎日、ガザに入ることを許されるようになる。
第2段階に向けた交渉は、停戦の16日目に開始される。第2段階では、残るイスラエル人人質の解放、イスラエル軍の全面撤退、および「持続可能な平穏の回復」を実現する。
最終段階の第3段階では、数年を要する可能性があるガザの復興と、残された人質の遺体の返還を実現する。
交渉を仲介してきたカタール政府によると、第1段階で解放される人質には「民間人の女性、女性兵士、子供や高齢者、民間人の傷病者」が含まれることになる。
イスラエル政府は、停戦開始の初日にまず人質3人が解放され、その後6週間にかけて定期的に少人数ずつが解放されることになるとしている。
ハマスは2023年10月7日、イスラエル南部に前代未聞の攻撃を仕掛け、約1200人を殺害。251人を人質に取った。イスラエルは直後に、ハマス壊滅を掲げてガザでの軍事作戦を開始した。ハマスはイスラエルやアメリカなどからテロ組織に指定されている。
ハマス運営のガザ保健省は、イスラエルの報復攻撃で、ガザではこれまでに4万6870人以上が死亡したとしている。約230万人のガザ人口の大半が家を追われ、広範囲が破壊された。また、支援を必要とする人々への物資確保に苦慮しており、食料や燃料、医薬品、避難所の不足が深刻化している。
(英語記事 Dramatic day ushers in a fragile Israel-Hamas ceasefire after 15 months of war / Israel says 90 Palestinian prisoners freed after Hamas releases three hostages in Gaza)