2025年2月11日(火)

BBC News

2025年1月30日

ローラ・ビッカー

アメリカのドナルド・トランプ大統領が、北朝鮮の最高指導者である金正恩(キム・ジョンウン)氏と一緒に、敵地(北朝鮮)に歴史的な一歩を踏み入れた時、集まっていた報道陣は、その様子をぶれないように撮影しようと必死になっていた。

それは2019年の出来事だった。当時、第45代米大統領だったトランプ氏は、金氏の腕を軽くたたいた。それを合図に、金氏は北朝鮮と韓国を隔てる軍事境界線の北朝鮮側へ、トランプ氏を招き入れた。1950~1953年まで続いた朝鮮戦争は、平和条約ではなく休戦協定で終わっているため、韓国と北朝鮮は現在も形式上は戦争状態にある。

両首脳の背後には、堅固に要塞化された非武装地帯(DMZ)があった。そこでは、テレビ局のクルーが北朝鮮側のボディーガードの列をくぐり抜け、2人の様子をしっかり撮影できる場所を確保しようと押し合いへし合いしていた。激しく押し寄せる米メディアに、北朝鮮のボディーガードは驚いた様子だった。

記者の1人が助けを求め、ホワイトハウスの報道官が警備の列の後ろから撮影ポイントへと引っ張り出さなければならない場面もあった。

この首脳会談は急きょ設定されたもので、そうした状況が見て取れた。

「まさかこの場所でお会いできるとは思っていませんでした」と、金氏は通訳を介してトランプ氏に言った。

トランプ氏はソーシャルメディア「ツイッター」(現X)上で、急きょ会談を持ちかけた。「ただ握手して、こんにちはって言うだけ(?)!」と、金氏に提案したのだった。このわずか30時間後、2人は対面を果たした。

この即興的な誘いは、人目を引く行動が好きなトランプ氏と、かつては公に姿を見せなかった北朝鮮の独裁者である金氏による、3度目にして最後の、驚くべき瞬間をもたらし、テレビで大々的に報じられた。

そして今、2人が再び対面する可能性が浮上している。トランプ氏は今月23日放送の米フォックス・ニュースのショーン・ハニティ司会者とのインタビューで、自分は金氏に再び「接触する」つもりだと語ったのだ。

「私は彼とうまくやっていた」と、トランプ氏は付け加えた。「彼は宗教的狂信者ではない。賢い男だ」

BBCの取材では、ジョー・バイデン前米政権下の4年間に、アメリカと北朝鮮の間でほとんど接触がなかったことがわかっている。米政権からはメッセージを複数回送っていたものの、北朝鮮側からの返答はなかった。

米朝首脳による最後の会談は、トランプ氏が大統領だった時に行われた。北朝鮮の核兵器の放棄を盛り込んだ合意に至ることが期待されていたが、実現しなかった。

それ以来、金氏はミサイル計画を促進し、国際社会からの厳しい制裁にもかかわらず、極超音速ミサイルの発射実験に成功したと主張するなどしている。

トランプ氏がかつて、自分と金氏は「恋に落ちた」のだと自慢げに話していたころとは、状況は大きく変わってしまった。

ここで問題なのは、2人の関係が再燃する可能性はあるのか、それとも今回は、全く異なる展開になるのかということだ。

今の金氏は、あのころとはまったく別人だ。米政府は、そんな金氏に対応していくことになる。この4年間で、金氏の同盟相手や状況は変化し、ほかの国の指導者との関係も強化されたようだ。これはつまり、トランプ氏のと関係性もすっかり変わってしまったということなのだろうか?

両者の関係が再燃する可能性はあるのか

「間違いなく、その可能性はあります」と、北朝鮮の動向を分析している米スティムソン・センターの上級フェローで、同センターのコリア・プログラム・ディレクター、ジェニー・タウン氏は言う。

「ドナルド・トランプ氏が、北朝鮮を含むセンシティブな問題を担当する特使を任命すると決定したことからは、同氏が今、どのようなことを考えているのかがわかると思います」

トランプ氏は、1期目での金氏との首脳会談の実現に貢献した人物を何人か、再び起用している。その中には、駐ドイツ大使を務めたリチャード・グレネル氏が含まれる。グレネル氏は、北朝鮮など世界中の「最もホットな場所」に関連する特別任務を担う大統領特使に任命されている。

ただ、トランプ氏が大統領に復帰するまでの間に、いろいろと変化があった。

「北朝鮮は、(第2次トランプ政権の)最初の1年を通して、金正恩氏が2017年当時の彼とは違うということを、トランプ氏に証明しようとするでしょう。軍事的にも、政治的にも強さを増していると。そして、再び交渉の場に戻ることがあれば、今回はまったく異なる交渉になるだろうということを」と、前出のタウン氏は指摘する。

金氏はまた、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領という新たな友人を得ている。

北朝鮮が、ロシアのウクライナでの戦争遂行のために武器や兵力を提供する見返りに、プーチン氏は北朝鮮に食料と燃料を提供している。北朝鮮政府はもはや、アメリカが科す制裁からの解放を切望してはいないのだ。

北朝鮮、トランプ氏の大統領復帰で国民に「準備」促す

米政府で北朝鮮担当の上級メディアアナリストを務めた、レイチェル・ミニョン・リー氏はBBCに対し、北朝鮮政府は、トランプ氏の大統領復帰を国営メディアを通じて国民に知らせ、「準備」させてきたと述べた。

しかし、「交渉に入るためのハードルは、以前よりも高くなっているだろう」と、リー氏はみている。

「(交渉の実現には)二つのことが起こる必要があります」と、リー氏は付け加えた。「北朝鮮が交渉のテーブルに戻らねばならないほど切迫した状況になること。これは例えば、経済の破綻や、ロシアとの関係の著しい冷え込みなどです。そして、アメリカが北朝鮮に対して、これまでとは大幅に異なる提案をすることです」。

トランプ氏は最近、大統領執務室で大統領令に署名した際、第1次政権で「自分と金氏はとても友好的だった。彼は私のことが好きだったし、私も彼が好きだった。すごく仲良くやっていた」と述べた。この発言は、トランプ氏に金氏との交渉を再開する意思があるのではないかとの憶測を呼んだ。

だが、今回は、トランプ政権は現実的に考えるべきだと、昨年まで米国家情報会議で北朝鮮担当の国家情報官を務めていたシドニー・セイラー氏は言う。

「軍備管理の話は気をそらすためのものです。北朝鮮との間で、軍備管理の話は成立しません。我々はすでに、軍備管理について試みたことがあるので」と、セイラー氏は述べた。

「もしかしたら、北朝鮮が腰を据えて話し合いに応じるかもしれない。長距離ミサイルの発射を控えて、7回目の核実験を行わないかもしれないし、(北朝鮮との)問題の大部分は制御可能かもしれない。でもこれは最良のシナリオです」

「最悪のシナリオは、話し合いをしても、北朝鮮が(ミサイルの)発射や実験を続けるというものです。だから、ドナルド・トランプ氏は、北朝鮮に働きかける価値というものを、検討しなければならなくなるのです」

両首脳は最後の会談から、大きな傷を抱えているのだから、なおさらだろう。

セルフィ―、写真撮影、そして昼食会の中止

2018年、冷え込む韓国・平昌で開催された冬季オリンピックを、私は思いがけないゲストと一緒に観戦した。私がいたバルコニー席の前方に、金氏の妹が座っていたのだ。

金一族のメンバーが韓国を訪問したのは、朝鮮戦争が休戦してから初めてのことで、私に帯同していた韓国人プロデューサーが驚きのあまり大きな悲鳴を上げるほどだった。金氏の妹の近くには、マイク・ペンス米副大統領(当時)が座っていた

私が観察していた限りでは、2人はほとんど目を合わせなかった。しかしそれでも、外交においては極めて大きな一歩であり、数カ月前には想像もつかなかった出来事だった。

2017年1月に初めて大統領に就任する際、トランプ氏は北朝鮮について警告を受けていた。過去3人の大統領は、何度かの交渉と制裁を経て、北朝鮮に核兵器を放棄するよう圧力をかけたものの、失敗に終わっていた。

トランプ氏が就任すると、金氏はほぼ毎月、ミサイルを発射するようになった。

すると、トランプ氏はツイッターで、北朝鮮に「炎と激怒」の雨を降らすと警告し、怒りをあらわにした。金氏を「リトル・ロケットマン」と呼び、北朝鮮政府はトランプ氏に「おいぼれ」と言い返した。

その後、北朝鮮側が核のボタンを押す可能性をちらつかせ、米政府も核のボタンがあると北朝鮮を脅した。

トランプ氏は、金氏が自分の机には常に核兵器発射のボタンがあると述べたのに対し、自分の核兵器ボタンの方が「はるかに大きく、強力で、機能する!」とツイッターに投稿した。

こうした激しい応酬や瀬戸際外交は1年続き、韓国・ソウルでは、戦争に備えるべきかどうか考え出す人もいた。ところが、事態は一変した。

リベラルな韓国大統領(当時)の文在寅(ムン・ジェイン)氏は、北朝鮮との雪解けを望んでいた。朝鮮戦争時の北朝鮮から避難してきた両親を持つ文氏は、難民キャンプで生まれた。南北間では珍しい、家族交流の機会に、北朝鮮にいるおばを訪ねたこともあった。

北朝鮮政府は、対話への扉をわずかに開き、北朝鮮も冬季オリンピックに参加できる可能性はあるのかと尋ねた。文氏率いる韓国政府は、その扉を大きく開いて、北朝鮮を受け入れた。

2018年6月、トランプ氏は金氏との首脳会談が行われるシンガポールに到着した。ここで、歴史をつくるのだと、トランプ氏は約束していた。

一方の金氏は、会談前夜にシンガポールのきらびやかな繁華街を散策し、シンガポールの外相らとセルフィーを撮るなど、まるで男友達と夜遊びしているかのようだった。金氏は自国の外に出たことがほとんどなかった。それでも、自分もショーを披露できるのだと証明してみせた。

金氏とトランプ氏が握手を交わすシーンは、たくさんの写真に収められた。しかし、この極めて個人的な外交は、北朝鮮の核放棄に向けた具体的な約束の実現にはほとんど効果をもたらさなかった。

2人は、非核化に向けて取り組むという、あいまいな文言の声明に署名し、再び会う約束を交わした。

ヴェトナムでの、トランプ氏と金氏による2回目の「ショー」は、より大きな賭けだった。金氏との写真撮影だけでは、交渉上手だと自画自賛するトランプ氏の会談の成果としては十分ではなかったからだ。

私たちは、蒸し暑いハノイの通りで、数時間待っていた。2人が昼食を取ることになっていた、フランス植民地時代に創業したメトロポール・ホテルのゲートの外で。

ところが、昼食会は中止になった。

賭けに出たが、成果はなく

BBCは、この首脳会談の関係者3人に話を聞き、情報をまとめ、何がうまくいかなかったのか探った。どうやら両首脳とも、自らの手札を過大評価していたようだ。

会談でトランプ氏は、金氏がすべての核兵器や核物質、各施設を放棄すれば、対北朝鮮制裁を解除すると提案した。

報道によると、トランプ氏は、北朝鮮が過去に、こうした提案を拒否したことがあると事前に指摘を受けていた。それでも、金氏との個人的な関係が、自身の成功につながると考えたのだった。

しかし、そうはならなかった。

一方で金氏は、トランプ氏がより控えめな取引を受け入れる可能性に賭けていた。彼もまた、トランプ氏との個人的な関係が、自身を勝利に導くと考えていた。2016年から続くアメリカの制裁をすべて解除するのと引き換えに、老朽化した寧辺(ヨンビョン)核施設を解体することを提案したのだった。

「シンガポールは金正恩氏にある程度の威信をもたらし、ついにアメリカが正気に戻って自分の条件に沿って話をしてくれるようになったという思い込みをもたらしたのです」と、前出のセイラー氏は言う。

「金氏は期待感と共に交渉のテーブルにつきました。それは、韓国側がひそかに、金氏にこう伝えていたからです。トランプ氏は政治的に追い詰められ、ジョン・ボルトン氏(国家安全保障問題担当の大統領補佐官)の言うことを聞かなくなっているため、制裁緩和の見返りに核計画のごく一部を手放すという取引に、トランプ氏は進んで応じるだろうと」

しかし、トランプ氏もまた、北朝鮮が依然として、平壌近郊のウラン濃縮施設を稼働しているという説明を受けていた。アメリカは、北朝鮮が隠し通せていると思い込んでいたほかの複数施設を、しばらく監視していたという。

「我々が(施設の存在を)知っていたことに、彼らは驚いたと思う」と、トランプ氏は後に語った。

金氏の提案は、中身がないわけではなかった。しかし、トランプ氏はこれに満足しなかった。「金正恩氏は交渉のテーブルについたが、プランBを用意していませんでした」と、セイラー氏は述べた。

「だから、ドナルド・トランプ氏が、自分たちはこれ(提案)以上のことをしなければいけないと言っても、金正恩氏はまったく柔軟に対応できなかったのです」

金氏、取引をつなぎとめようとしたのか

BBCが消息筋に行った取材では、金氏がトランプ氏との取引をつなぎとめようとしていたことが明らかになった。金氏は側近を派遣し、交渉のテーブルに上げられる条件、そして、寧辺の施設のすべてを解体する用意があることを、米政府に念押ししようとしたという。

しかし、トランプ氏はすでに、空港に向かっていた。

「ハノイで何があったのか、正しく理解する必要があります」と、セイラー氏は言う。「ドナルド・トランプ氏が部屋を出て行った。これが共通している話です。あれは『全か無か』の取引だったのです。金正恩氏がすべての条件を交渉のテーブルに上げようとしなかったので、トランプ氏は立ち去りました。これが、ハノイでの出来事に関する、非常に単純な評価です」。

トランプ氏が空路でワシントンに戻ると、北朝鮮は記者会見を開くという、前例のない行動に出た。

北朝鮮の李容浩(リ・ヨンホ)外相は、記者団に対し、このような機会は2度とないかもしれないと語った。

実際、まだその機会は訪れていないし、金氏は再び交渉に参加することを、考え直すかもしれない。

「あの時(ハノイ会談)は間違いなく、その機会が訪れていた」と、スティムソン・センターのタウン氏は言う。

「金正恩氏は実際、自分たちは間もなく突破口を開くと、それが利益をもたらすだろうと、そういう期待感を北朝鮮国内で高めていました」

「私たちがあの瞬間をうまく生かせていれば、まったく違う道を歩んでいたかもしれません。非核化を簡単に達成できていたか? それは絶対にありえません。ですが、朝鮮半島の緊張や、北朝鮮の核開発の進展という点においては、状況はまったく異なるものになっていたかもしれません。もちろん、いまとなってはわかりませんが、当時は間違いなく、いまは存在しない意志がありました」

トランプ氏の型破りな外交は、一時的には緊張を緩和した。しかし、北朝鮮政府の核兵器計画の拡大を止めることはできなかった。

トランプ氏が北朝鮮の領土に20歩、足を踏み入れたという事実によって、地球上で最もひどい人権に関する記録を持つ政権が正当化された可能性もある。

しかし、3回の会談を経て、トランプ氏と金氏との間には、いつの日か、朝鮮半島に平和が訪れるという希望を抱かせるつながりがあったようにみえた。

(英語記事 Friends reunited? Trump and Kim Jong-Un's curious relationship will play out differently this time

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/cqjvw4wd8x8o


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