
シャイマ・ハリル東京特派員
日本の芸能界が、数カ月にわたって大きなスキャンダルに揺れている。このスキャンダルによって、国内で最も人気のあった芸能人の1人が失脚し、最大手のテレビ局の1社が危機にさらされている。
しかし一部の人々は、このスキャンダルが、日本における性的暴行に対する認識の転換点となったと考えている。日本では長い間、性犯罪の被害者が辱めを受け、沈黙を強いられてきた。
このスキャンダルの中心にいたのは、国民的な知名度を誇り、フジテレビで番組司会を務めていた中居正広氏だった。
有名男性アイドルグループ「SMAP」の元メンバーでもある中居氏は、2023年に開かれた食事会で、女性との間に性加害トラブルを起こしたとして非難された。
昨年12月に発覚したこのスキャンダルは、週刊誌の女性セブンが最初に報じ、後に週刊文春なども取り上げた。
中居氏は当初、不正行為を認めず、女性に暴力を振るったことを否定。「トラブルがあったこと」について謝罪する声明を出した。そして、トラブルは「示談が成立」して解決済みだと述べた。報道によると、解決金は9000万円に上るという。
しかし世間の怒りは収まらず、中居氏は今年1月、芸能界から引退せざるを得なくなった。フジテレビだけでなく、別の民放大手TBSなども含め、中居氏が出演していたテレビとラジオで、すべてのレギュラー番組で放送終了や降板が決まった。
フジテレビへの影響は壊滅的なものだった。同社の評判は地に落ちた。収益が脅かされ、経営陣の一部が辞任を余儀なくされた。
日産自動車やトヨタ自動車といった大企業がコマーシャルを引き揚げた。フジテレビはその後、事態を把握してからも、中居氏に番組司会を続けさせていたと認めた。
「仕事を続けたかったら黙っていろ」
「10年前だったら、こんな騒ぎにはならなかったでしょう」
そう語るのは、アナウンサーとして15年間、日本のメディア業界で働いてきた小島慶子氏だ。
女性に対する性的暴力は、日本でもっともひた隠しにされる秘密の一つだ。2020年の調査によると、日本では70%以上の性的暴行が通報されていない。2024年に「国際アジア研究ジャーナル」に掲載された研究は、日本で発生したレイプ1000件のうち、刑事裁判で有罪判決が出されるのはわずか10~20件であり、有罪判決を受けても収監されるのは半数以下だとしている。
日本女子大学の大沢真知子名誉教授は、「女性に対して今なお『しょうがない』、『そういうものだ』という態度が広がっていて、(性被害について)黙っているよう仕向けられる」と指摘する。
また、女性の証言がほとんど信じてもらえないことや、こうした事件を通報する適切な仕組みがないことが、沈黙の文化に寄与していると付け加えた。
小島氏は、特にメディア業界では長い間、免責と責任明確化の欠如の文化が存在し、多くの若い女性が仕事を守るために沈黙を守らなければならないと感じていると述べた。
「日常的に容姿や年齢について無礼なことを言われるのは当たり前でした。(中略)私と同僚の女性アナウンサーは(番組内で)、過去に何人とセックスをしたことがあるかと聞かれたことがあります」
「女性たちはそれに対して気の利いた面白い言葉で返す、そこで怒ったりしないで(中略)上手に受け流すことを要求されます」
「日常的にセクシャルハラスメントや性暴力、あるいは女性蔑視の扱いを受けました。そして、それに適応してこそ一人前のテレビ人、メディア人であるとみなされる風土があったことは確かです」
フジテレビの事件は、著名人と若い女性が参加する食事会や飲み会の実態についても疑問を投げかけている。
週刊文春は、フジテレビが主催したパーティーで疑惑の暴行が行われたとする、以前の報道を一部訂正した。だが、小島氏はBBCに対し、女性が「接待の道具」として使われることは日本では一般的だと述べた。
「日本の労働文化の中で、取引先とのディナーやお酒を飲むような場所に女性(社員)を半強制的に連れて行くことは、日常的にあることです。取引先の多くは男性ですから (中略)、お土産みたいなものとして若い女性を連れて行くことが、相手に対する『おもてなし』になるという発想は、非常に一般的なものです」
そのため、中居氏のスキャンダルから出てきたもろもろが、女性の権利活動家らを活動へと促している。
北原みのり氏は、毎月11日に行われる性犯罪被害者への連帯を示す「フラワーデモ」を創設した一人だ。北原氏は、フジテレビのスポンサーの、迅速かつ厳しい反応に驚いたと認めた。
「人権のためではなく保身のためかもしれないけれども(中略)、日本の(セクハラ被害者に連帯を示す)MeToo運動にとって転換点だと思います」
「この変化を大きくするかどうかは私たちにかかっていると思います」
さらなる不名誉
評判が地に落ちたフジテレビからはこれまでに、約50社が広告を引き揚げている。
日本政府も、フジテレビでの直近の広告と予定されていた広告をすべて撤回。同社に対し、視聴者と広告主の信頼を取り戻すよう求めているが、フジテレビはまだどちらも達成していないようだ。
中居氏のスキャンダルとフジテレビの隠蔽(いんぺい)行為は、同社を危機管理の混乱に陥れ、さらなる不名誉を招き、さらに多くの人々の怒りをあおっているように思われる。
フジテレビの港浩一社長(1月下旬に辞任)は、疑惑の性加害トラブルの直後に、フジテレビが被害の訴えを把握していたことを認めた。
しかし、当時それを公表しなかった理由として港氏は、「女性の体調面やプライバシーの保護などを優先した」と述べた。
世間の怒りをしずめるために行われた記者会見が大失敗に終わった後、フジテレビは2回目の会見を開いた。この会見は10時間におよんだ。
これは、反省の意を示すためのものだった。
港社長と嘉納修治会長は辞任を発表し、深々と頭を下げた。フジテレビは、湊氏の後任として副社長の清水賢治氏が社長に就任すると発表した。
しかし、清水氏が社内で同じ指導層に属していたこともあり、これは実質的な変化の兆しというよりも、広告主をなだめ、体裁を保つための行動と見なされた。
ゆっくりとした変化
大沢教授はBBCに対し、フジテレビのような注目度の高い事件が、実際の変化のための重要な前例となると述べた。
日本では近年、性暴力被害が公にされることで、女性の権利をめぐる議論が高まる例が増えている。
これには、2017年に日本における「MeToo運動」の象徴となった、ジャーナリストの伊藤詩織氏の事件も含まれる。伊藤氏は、著名なテレビ記者だった山口敬之氏に飲み会の後にレイプされたと公に告発する珍しい行動を起こした。山口氏は疑惑を否定したが、伊藤氏は2019年、山口氏に対する民事訴訟で勝訴した。
2022年には、元自衛官の五丿里奈さんが自衛隊自衛隊時代に受けた被害をユーチューブで公表し、反響を呼んだ。2023年には加害に加わった元上司3人に強制わいせつ罪で有罪が確定したが、その後、この3人とは和解が成立している。
しかし小島氏も北原氏も、日本でのこうした変化は遅いと指摘した。
「『これは問題だ』と声を挙げていいのだと、人々が気づき始めたと思います。(中略)今まで当たり前だと思ってたことはそうじゃないと、人々の意識が変わっています」と、小島氏は話した。
「私は、その(現在メディア業界を動かしている)世代は全員退陣するべきだと思います。新しい企業文化を作ることが、業界全体として必要だと思います。特にテレビ業界はこの変化が非常に遅いです」
小島氏はまた、BBCがジャニーズ事務所創業者の故ジャニー喜多川氏による性加害問題を報道したことにも触れ、「テレビ業界は搾取や暴力を放置し、人権を軽視し、被害者に対して適切な対処をしてこなかった。(どの事件も)根元は同じです。根元を変えなかったら、また同じことが起きるでしょう」と語った。
大沢教授も、日本が進むべき道のりはまだ長いと認めている。国全体に広がる権力の不均衡が原因だという。
また、女性は何十年も労働力の一部を担ってきたにもかかわらず、家父長制の価値観に強く影響されている社会からは依然として「世話役」と見なされ、一方で男性は「稼ぎ手」と見なされていると指摘した。
「今は重要な時期です。(中略)ただ、現状がどこまで変わるかは不明です」
北原氏は希望を持っているとしながらも、現状にはなお怒っていると語った。
「なぜなら、(性加害)事件が後を絶たないからです」
「フラワーデモにも毎月のように新しい人が来て、新しい話を知ります。この間は高校生が来てくれました。フラワーデモが始まった時、その子は中学生だったはずです」
「いつかフラワーデモに行かなくてもいい日が来るといいなと、それが私の願いです」
(英語記事 Is the downfall of a Japanese star a turning point for women's rights?)