
アンソニー・ザーカー、BBC北米特派員(ワシントン)
この数日間、アメリカのドナルド・トランプ大統領も、ホワイトハウスも、数十カ国を対象とする徹底的な「相互」関税を課すことに全力を挙げていると主張してきた。一部の関税措置の90日間停止を検討しているとの報道が8日に出て、株式市場が一時急騰してもなお、トランプ氏らはこの報道を嘲笑してみせた。
ところが今、いくつかの顕著な例外を除いて、高率関税の一時停止は現実のものとなっている。世界経済秩序の再編成は保留となり、トランプ氏が約束した米製造業の黄金時代の到来には「待った」がかかった。
個々の国や地域との交渉に入る前に、派手な関税を仕掛け、一時停止ボタンを押す――。これは当初からの計画だったのだと、ホワイトハウスは主張している。
トランプ氏は自身のソーシャルメディア「トゥルース・ソーシャル」で9日、「相互関税」に報復措置を行わなかった国々を対象に、引き上げ措置の一部を90日間停止し、「10%の相互関税」の適用を認めると発表した。
発表から間もなく、スコット・ベッセント米財務長官は記者団に対し、「75カ国以上から連絡があった。今日以降もさらに増えるだろう」と述べた。
ホワイトハウスのこうした語り口には、当然のことながら驚きはない。そして、今回のトランプ氏の発表前に、投資家がパニックに陥り、証券市場が暴落し、共和党からの批判と世論の反対が強まる一方だったことは、見過ごすことはできない。
では、関税措置の一時停止は、予想外の抵抗に直面した中での戦略的後退なのだろうか。それとも、トランプ氏の「取引の技術」の新たな一例なのだろうか。
軟化を側近らは称賛
トランプ氏の側近たち、つまりトランプ氏は決して引き下がらないと言っていた人たちの多くは、すぐさま大統領の動きを称賛した。
ピーター・ナヴァロ貿易顧問は、関税をめぐるトランプ氏の状況は「まさに、あるべきかたちで展開した」と述べた。
ホワイトハウスのキャロライン・レヴィット報道官は、「トランプ大統領が何をしているのか、あなたたちは明らかに見えていなかった」と、集まった記者団に語った。「全世界がアメリカ合衆国を求めている」。
トランプ氏がトゥルース・ソーシャルで発表した「相互関税」の停止は、詳細が明らかではなかった。そのため、さまざまな疑問が浮上した。高関税の発動の停止は、欧州連合(EU)にも適用されるのか? すでに一部製品に25%の関税がかかっているため、基本関税の10%を回避できていたメキシコとカナダはどうなるのか? そして、特定の分野をターゲットにした関税は影響を受けるのか?
最終的に、ホワイトハウスはこれらの疑問について、ある程度明確な答えを示した。しかし、それまでの数時間、アメリカの貿易相手はトランプ氏の投稿を精査したり、記者の質問に対する米政府の回答から詳細を探るほかなかった。
トランプ氏は9日午後、市場が「かなり落ち込み」、「人々を少しばかり不安な気持ちにさせている」ことを認めた。この発言は、トランプ氏がこの1週間みせてきた強気な態度をいささか覆すものであり、関税措置の方針を転換した本当の理由を示唆している。
トランプ氏はこれより先に、トゥルース・ソーシャルで、「冷静になれ!」と人々に呼びかけ、「すべてはうまくいく」と誓っていた。7日にも、トランプ氏は自分の取り組みに耐えられない「弱くて愚かな人々」を厳しく非難していた。こうした人々をトランプ氏は「パニカン」(panicans)と呼んでいる。
しかし結局、突然の方向転換をしたのはトランプ氏の方だった。
それでも、関税の発表はしなければならないものであり、経済的混乱は米経済を悪化させてきた病気を映し出すものなのだと、トランプ氏は主張した。
一方で野党・民主党は、それほど楽観的ではなかった。チャック・シューマー上院少数党院内総務は、トランプ氏の「混乱による統治」を非難した。
「(トランプ氏は)動揺している。後退している。これは良いことだ」と、シューマー氏は述べた。
市場は持ち直したが
結局のところ、トランプ氏の決断の背後にある思考プロセスは、あまり重要ではないのかもしれない。
アメリカは今、報復貿易の砲火を浴びせていた国々に愛想良く、あるいは少なくとも以前よりは感じ良く接している。これが現実だ。しかし、トランプ氏は依然として10%の基本関税を課したままだ。これは、ほんの数週間前なら大きなニュースになっていたであろうものだ。
とはいえ、「相互関税」の90日間の停止は、株式市場が持ち直すには十分な後退だ。トランプ氏は同時に、中国との貿易戦争へと傾きつつある。中国がアメリカの輸入品への関税を84%に引き上げると発表したことを受け、トランプ氏は中国からの輸入品に対する関税を125%に引き上げた。
この動きは、世界経済に影響を及ぼすだろう。だが、ジョー・バイデン前政権を含む近年の米政権がとってきた、中国の野心を抑制しようとする外交政策に沿ったものではある。
この1週間のトランプ氏の行動は、同盟関係にある国々を慌てさせ、確立された世界秩序を脅かした。いま大きな疑問となっているのは、そうした行動が、アメリカの対中国戦略の遂行を難しくするのかということだ。
そして、90日間の関税の停止期間が終わるころには、この1週間に起きたような経済をめぐる劇的な出来事や不確実性が、再び始まるかもしれない。
(英語記事 Retreat or negotiating strategy? Trump steps back from all-out trade war)