2025年4月22日(火)

BBC News

2025年4月11日

ウクライナのゼレンスキー大統領

ジェイムズ・ウォーターハウス・ウクライナ特派員

「史上最高のセールスマン」。これは、ドナルド・トランプ米大統領ががかつて、アメリカからウクライナへの援助額を理由に、同国のウォロディミル・ゼレンスキー大統領を称した言葉だ。

この例えが公平かどうかは別として、自国を注目の的にし、同盟関係の国々に投資を促すゼレンスキー大統領の役割が、ウクライナの戦いにとって非常に重要であることは確かだ。

テレビの人気コメディアンから戦時中の大統領への変貌は、長い間語られてきた。それは2022年にロシア軍が迫る中、ゼレンスキー氏が首都キーウにとどまることを決意した時までさかのぼる。この決断により、ウクライナは今日まで自らを守り続けることができた。

それからの数年間、私はゼレンスキー氏と何度となく対面してきたが、ゼレンスキー氏は今や、より権威ある、あるいは戦いで鍛えられた人物としての姿を見せている。その一部は、国際舞台での孤立が増したことによって形成されたものだ。

しかし、第2次トランプ政権の予測不能性、特に2月にホワイトハウスの大統領執務室で繰り広げられた対立を受けて、ゼレンスキー氏は再び、変わらなければならないかもしれない。

政治的には、これはもはや抑圧者と被抑圧者の対立の話ではない。むしろ、平和を求める声を上げつつ、自国の利益を守るという二重の課題によって複雑化している。

しかし、国内で多くの権威を持ち、国外でも大きな影響力を持つ人物が、再び本当に大きな自己変革を遂げ、トランプ時代の外交に焦点を移すことはできるのだろうか?

それとも、ウクライナを守る最善の方法は譲歩を最小限にすることだと、ゼレンスキー氏は判断するのだろうか?

「非常に賢明で計算された行動」

トランプ氏の第2章が始まる前、ゼレンスキー氏は西側の支援を求めて効果的にロビー活動を行った。防空システム、戦車、ロケット、戦闘機を要求した。ドイツなどの国々は戦争の激化を恐れて躊躇(ちゅうちょした)したものの、最終的には求めに応じた。

ゼレンスキー氏のメッセージは堅固で、支援の獲得に成功した。

イギリスの防衛シンクタンク「王立防衛安全保障研究所(RUSI)」のエド・アーノルド氏は、「ゼレンスキー氏は戦争初期に、非常に賢明で計算された行動を取った」と話す。

ロシアによる全面侵攻の2週間前、セキュリティー上のリスクがあると助言されていたにもかかわらず、ミュンヘン安全保障会議に出席したのは、重要な決断だったと、アーノルド氏は考えている。

「ゼレンスキー氏がその場にいたことで、この会議に出席した人々の心の中で、ウクライナへの支援が個人的なものになった」

ゼレンスキー氏の大統領顧問を務めるセルヒイ・レシチェンコ氏は、「ウクライナは世界の中で目立つ必要がある。世論がウクライナの側に立てば、国際社会からの支援を得る可能性が高くなる」と説明する。

レシチェンコ氏はまた、ロシアの侵攻開始以来、ゼレンスキー氏が毎日行っているビデオ演説に言及し、「これほどオープンであることは珍しい」と述べている。

キーウをめぐるロシアとの戦いにウクライナが勝利したのは、国家生存の象徴としてのゼレンスキー氏像を確立し、西側同盟国からの継続的な軍事援助を求める主張を強化することとなった。

2022年後半、南部ヘルソンを含むウクライナの広範な領土が解放された際には、供給された軍事物資の効果を、ゼレンスキー氏は示すことができた。ヨーロッパの味方の国々との、初期の成功だった。

「欧州各国は、ゼレンスキー氏個人とウクライナに投資している」と、アーノルド氏は語る。

「戦争が始まって以来、ゼレンスキー氏は4人のイギリス首相を経験したが、4人ともそれぞれ、ゼレンスキー氏を通じてウクライナとの新しい宣言に署名している」

「ゼレンスキー氏は在任中に、各国の内政の変化を乗り越えることができた」

しかし、それ以降の、成功がなかった時期にも、ゼレンスキー氏のメッセージは変わらなかった。そして時間がたつにつれ、これがゼレンスキー氏にとって不利に働くようになった。

たとえば、2023年夏に行われたウクライナの反転攻勢が失敗した後には、米共和党で影響力のある少数派にとって、ウクライナを支援するメリットはますます疑わしくなり、一部では同国からの嘆願が無視され始めた。

キーウに拠点を置くシンクタンク「民主イニシアチブ基金」の地域安全保障と紛争研究部門の責任者であるマリア・ゾルキナ氏は、ゼレンスキー氏にも一部責任があると考えている。

「ゼレンスキー氏とその親しい仲間は、パートナー国と話す際には常に要求をしなければならないという論理に頼っていた。ウクライナには何かが必要だという主張を押し進めることが重要だと考えていた。これは2022年には非常にうまく機能したが、2023年には、アメリカをはじめとする国々では通用しなくなった」

ゾルキナ氏はさらに、「それでも、ゼレンスキー氏の外交は素早く調整されなかった」と述べた。

「ゼレンスキー氏が外交官だったことはない」

2024年9月27日、米ニューヨークのロビーで、ウクライナにとって真の変化が訪れた。ロシアの装甲車が迫るのではなく、ウクライナ最大の同盟国であるアメリカの政治的再生が、その原動力だった。

米大統領選挙を1カ月ほど先に控えたその日、ゼレンスキー氏はトランプ氏とトランプタワーで会談した。土壇場で決まった会談だった。

この会談の前から、両者の緊張は高まっていた。トランプ氏はこの数日前、自分ならウクライナでの戦争を「1日で終わらせることができる」と断言。ゼレンスキー氏はこの発言を批判し、トランプ氏のことを「本当に戦争を終わらせる方法を知らない」と評していた。

トランプタワーでの会談後、2人はぎこちない様子で姿を現した。戦争を終わらせたいという「共通の見解」を発表したにもかかわらず、2人のボディーランゲージは、お互いの間の化学反応の欠如を示していた。

この2人が再び会ったのは5カ月後、米大統領執務室でだった。ここでの有名なやりとりは、ウクライナにとって外交的な災難となった。

「トランプ氏はゼレンスキー氏を気に入るべきだった」と話すのは、ゼレンスキー氏が2019年の大統領選で勝利後、初めてトランプ氏と会った際に同席していたヴァディム・プリスタイコ氏だ。「ゼレンスキー氏はトランプ氏を、メディアの世界から政界に進出した反体制派として、自分自身とほぼ同じように見ていた」。

プリスタイコ氏は、2023年に解任されるまでウクライナの駐イギリス大使だった。ウクライナ政府は解任の理由を公にしなかったが、イギリスの軍事援助に対する感謝をめぐるいさかいについてのゼレンスキー氏の対応をプリスタイコ氏が批判した後に、解任された。プリスタイコ氏は、ゼレンスキー氏の対応には「少し冷笑主義」が含まれており、それは「不健全」だと考えていた。

「ゼレンスキー氏が外交官だったことは一度もない」と同氏は言う。

「彼は赤ちゃんにキスをし、握手をするような通常の政治指導者ではなかった」

「ジェットコースター」のような関係

ウクライナの「ペンタ政治研究センター」のウォロディミル・フェセンコ所長は、「トランプ氏との関係はジェットコースターのようだ」と語る。「時には建設的な協力があるが、突然、何らかの危機が現れる」。

それから、両者の間で言葉の応酬があった。トランプ氏はゼレンスキー氏を「独裁者」と呼び、戦争を始めたと非難した。これに対しゼレンスキー氏は、トランプ氏が「ロシアの偽情報空間に住んでいる」と非難した。

ゼレンスキー氏はアメリカとの協力関係を見つけるために戦術を変え続けているとフェセンコ所長はみている。一方、ゾルキナ氏は問題がもっと深いと考えている。

「アメリカ政府、クレムリン(ロシア大統領府)、ウクライナ政府の間には三角関係がある」とゾルキナ氏は主張する。「ウクライナはこの三角関係の中で弱い部分と見なされている。トランプ氏からすれば、ゼレンスキー氏は自分と同じ属性の人物ではない。それが問題だ」。

ゼレンスキー氏が初めて、政治的な余裕を失ったように見えたのは、今では悪評高い、トランプ氏およびJ・D・ヴァンス米副大統領との会談においてだった。ゼレンスキー氏は「十分な感謝を示していない」と「第3次世界大戦で遊んでいる」と非難された。

ゼレンスキー氏が防御的なボディランゲージ、たとえば腕を組む姿勢を示したのも、目新しいことだった。

ゼレンスキー氏は、他の指導者を迎える時も訪問する時も、常に快適そうに見える。ステージ上でもリラックスしており、しばしばタイムリーなユーモアを挟むことも多いが、この時は違った。

ゼレンスキー氏は当初、ウクライナの鉱物資源の一部を継続的な軍事援助と交換する協定を提案したが、署名されることはなかった。その後、協定案はウクライナにとってより不利な内容へと変わった。

アメリカはさらに、ウクライナが確実に意向に従うよう、一時的に軍事援助情報共有を停止した。

しかし、一部の公式見解では、大統領執務室での会談は災難ではなかったとされている。

ゼレンスキー氏と共にホワイトハウスを訪れたイーホル・ブルシロ大統領府副長官は、「誰もそれを、何かの終わりとは捉えていなかった。今後の進め方について話し合っただけで、災難ではなかった」と主張する。

マイク・ウォルツ米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が会談終了を告げた際、「私たちはただ肩をすくめてホテルに戻ることにした」と、ブルシロ氏は回想する。

「個人的なレベルでは、彼ら(トランプ氏とゼレンスキー氏)はうまくやっていると思う。お互いをよりよく理解し、率直で正直だ」

閉鎖されたドアの向こうでの関係の真実はどうであれ、この会談以降のゼレンスキー氏には、柔軟な姿勢を示す兆候が見られる。ヨーロッパの友好国は、より従順な態度を示すようゼレンスキー氏を説得したと言われている。ヨーロッパとウクライナには依然として、アメリカの支援が必要だという逃れられない現実があるからだ。

しかし、柔軟性がもっと必要だと指摘する声もある。

「ゼレンスキー氏の意見を変えるのは難しい」

米マンチェスター大学のオルガ・オヌフ教授(比較政治学およびウクライナ政治学)は、「戦争は誰にでも変化をもたらすし、ある意味では私たち全員に変化をもたらした。しかし、ゼレンスキー氏が根本的に変わったとは思わない。良い面も悪い面もある」と語る。

「ゼレンスキー氏との交渉は難しいと判断した特定の関係者がいることは非常に明白だ。ゼレンスキー氏には固執している、越えられない一線があるからだ」

ブルシロ氏もこれに同意する。「ゼレンスキー氏の意見を変えるのは非常に難しい。まるでバネを見ているようで、押せば押すほど反発が大きくなる」。

それでも、ウクライナが政治的または外交的に攻撃されるたびに、政治的な団結が強まる。ホワイトハウスでの対立も例外ではなく、ゼレンスキー氏の支持率は約70%に急上昇した。

「ゼレンスキー氏は非常に強力であり、その権威は彼自身と特定の人々のサークルによって構成されている」と、ゾルキナ氏は指摘する。

英シンクタンク「チャタムハウス」(王立国際問題研究所)のウクライナ・フォーラムを率いるオリシア・ルツェヴィッチ氏は、米大統領執務室での会談後、ウクライナ人がゼレンスキー氏を支えようと結集した様子が興味深かったと述べている。まるであの会談を、ウクライナの国家主権に対する個人的な侮辱と受け取ったかのようだったという。

「人々はゼレンスキー氏と彼が代表するもの、そして彼の行動の下に集まっている」

プリスタイコ氏は、アメリカがゼレンスキー氏を交代させたいと考えているなら、「自分たちの足を撃ったようなものだ。ゼレンスキー氏は簡単に再選されるかもしれない」と話す。

一方、ゾルキナ氏のような一部の政治専門家は、再選が確実だとは考えていない。「ゼレンスキー氏の人気が加速したのは、トランプ氏の行動に対する直接的な反応であり、彼自身の立場からではないことを、ゼレンスキー氏は理解していないと思う」と、ゾルキナ氏は語る。

「ゼレンスキー氏は2期目に向けて非常に強い政治的野心を持っているし、彼と同レベルの指導者がそうであるように、かなり政治的に自己中心的だ」

オヌフ教授は、ゼレンスキー氏が政治権力の追求だけで動機づけられているとは考えていない。「ゼレンスキー氏は、人々が評価する以上に慎重で思慮深く、戦術的な政治運営者だ」。

それでも、ゼレンスキー氏の2期目を想像するのは難しい。単にその職務に求められるものが非常に大きいためだ。戦後の課題も相当なものになるだろう。

アーノルド氏は、疲れ果てたゼレンスキー氏が再び立候補することを望まないだろうと考えている。少なくとも、政治の前線からは抜け出したいのではないかとみている。

ゼレンスキー氏には、近い将来、米大統領執務室で会談を再び行う余裕はないだろう。トランプ氏がゴルフ好きであることを考えると、ゼレンスキー氏がトランプ氏と一緒にゴルフをすることはあるのだろうか?

「ゼレンスキー氏は学習が早い」とブルシロ氏は言う。「ゴルフをする必要があるときには、確実にその課題に取り組むだろう」

追加取材:ハナ・コーナス、ヴィッキー・リデル

(英語記事 War has changed Zelensky - but now is the time for him to transform again

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/c2eww29x4jdo


新着記事

»もっと見る