
ヨランド・ネル、BBCエルサレム特派員
キリスト教カトリック教会のローマ教皇フランシスコは今年初め、パレスチナ・ガザ地区のカトリック信者たちと話をする際、あえてアラビア語で「アッサラーム・アレイコム(あなた方の上に平安がありますように)」と語りかけた。
その教皇の死去を受けてローマ教皇庁(ヴァチカン)が公開した短い動画には、ガザの小教区の信者たちと教皇との、親しい関係が映し出されていた。教皇は、ガザの信者の多くを名前で呼ぶことができた。
2023年10月からすでに1年半続く戦争の間、教皇は毎晩ガザに電話をかけ続け、そこに住む信者たちの状態を確かめていた。
「今日は何を食べましたか?」と、動画内の教皇はガザの司祭たちにイタリア語で尋ねている。
「昨日の鶏肉の残りです」。ガブリエル・ロマネッリ司祭はこう答えていた。
ガザ地区の約200万人超は、ほぼ全員がイスラム教徒で、今も残るキリスト教徒は数百人だ。その多くは、北部ガザ市にあるカトリック教会の聖家族教会で、祈るだけでなく、生活している。
教皇が亡くなり、ガザの信者たちは、大切な友人を失ったと感じている。
「(教皇は)戦争の間、毎晩私たちに電話してくれた。爆撃されているとても厳しい時にも、大勢がけがをしたり亡くなったりした日にも」と、ロマネッリ司祭は話す。
「時にはこちらの回線の状態が悪くて、電話が何時間もつながらないこともあった。それでも、あれだけたくさんの責務を追っている教皇が、なんとかして私たちに連絡を取ろうとしてくれた」
ガザ地区に住むカトリック信者のジョージ・アントンさんは、聖家族教会で緊急時の調整役を担っている。初めて教皇と話をした時は、あまりに圧倒されてほとんど何も話せなかったのだと、アントンさんは私に教えてくれた。それでもその後は定期的に、ビデオ通話で教皇とやりとりするようになったのだという。
自分が自宅や親類を失った状況を、アントンさんは教皇に説明したそうだ。
教皇は「いつもずっと私を祝福してくれて、私たちの状況を完全に理解してくれて、そしていつも、しっかりしてと励ましてくれた」のだと、アントンさんは言う。「それから、『私にできることはありますか? あなたのために、私にできることはほかにありますか?』と問いかけてくれた」。
ガザ地区のキリスト教徒たちは、自分たちを慰め支えてくれた、大きい存在がいなくなり、その喪失を抱えていくことになると話す。
「ああどうしよう、まるで孤児だ。私たちはもう孤児みたいなものだ」と感じたのだと、アントンさんは言う。
「教皇からの電話はもうない。彼の声を聞くことも、彼のユーモアのセンスに触れることもできない。教皇フランシスコは、ガザと、そして私たち一人一人と、特別な関係だった」
教皇フランシスコは2014年に聖地を訪問した。その旅を記録したこの決定的な写真は、予定されていなかった、ヨルダン川西岸地区に位置するベツレヘムを訪れた時のものだ。
イスラエル政府が同地区の境界として設置した分離壁は、落書きだらけだった。教皇はその壁に触れて、平和のために祈った。
キリスト教の重要行事「復活祭(イースター)」を祝うため、教皇は20日に聖ペトロ広場の群衆を前にした。公の場に出たのは、これが最後となった。そしてその際のメッセージでも、教皇はガザ地区での平和と停戦を呼びかけた。
側近が代読したメッセージで教皇は、ガザでは「恐ろしい紛争が死と破壊をもたらし、悲劇的で恥ずべき人道状況を生んでいる」と述べた。
「戦争とは単に武器によるものではない。戦争は時に言葉によるものだ」。エルサレム・ラテン典礼総大司教のピエルバティスタ・ピッツァバラ枢機卿は、教皇の最後のメッセージについて、私の質問に答えてこう話した。
教皇は明快な道徳の持ち主だったと、枢機卿は言った。 「教皇フランシスコは最近、特に昨年、聖地の状況についてとても率直に発言していた。人質の解放を求める一方で、ガザで続く戦争とパレスチナ人の状況が悲惨だと、非難していた」。
イスラエルのメディアは教皇死去について、イツハク・ヘルツォグ大統領がカトリック教会と信者たちに哀悼の意を表したものの、通常なら首相や外相からあるはずの追悼の言葉がなかったと指摘した。ガザでの戦争に教皇が強く反対し続けたことが、その原因だろうと広く受け止められている。
昨年11月に出版された教皇の新著の抜粋が公表された際、そこで教皇がイスラエルをはっきり非難していることが明らかになった。
「一部の専門家によると、ガザで起きていることはジェノサイド(集団虐殺)の特徴を伴っている」、「法学者や国際機関が定めた(ジェノサイドの)専門的な定義に適合するかどうか判断するため、慎重に調査べきだ」と教皇は書いていた。
イスラエルは、ガザでジェノサイドは起きていないと力説し、自分たちの戦争目的はイスラム組織ハマス打倒だと主張し続けている。
ヴァチカンでは近く、教皇フランシスコの後継者を決める教皇選挙会議(コンクラーヴェ)が始まる。パレスチナ人とイスラエル人はどちらも、自分たちの解決しがたい紛争について、新教皇が何を言うのか注視することになる。
そして、ガザ地区のキリスト教徒たちは、誰が選ばれるにしても、平和を推進する人であってほしいと願っている。
(英語記事 We're orphans now, say Gaza Catholics the Pope called daily)