2025年5月23日(金)

BBC News

2025年5月3日

労働党政権を率いるスターマー英首相

イアン・ワトソン政治担当編集委員

「あらゆる場所で、あらゆる相手に負けている」

これはまるで、保守党関係者の発言だ。昨年夏まで長期政権を保っていた同党は今や、有権者の信頼回復に苦戦しているので。

しかし、実は違う。

上の発言は、労働党が圧勝した昨年7月の総選挙で初当選した、同党議員のものだ。



5月1日にイングランド各地で2021年以来の地方議会選があり、労働党は大苦戦した。2021年に労働党は野党で、現在は与党だが、それでも2021年の時よりも今回の方が労働党にとって厳しい結果となった。

たとえばイングランド北東部ダラムで、労働党は多数党に返り咲くべきだったのだが、むしろ票を失った。

その結果がまだ発表されていないうちから、労働党の元下院議員が私にテキストメールを送ってきた。イングランド北西部の政治状況がいかに厳しいものか、率直な表現で語っていた。

イングランド中部スタッフォードシャーでは、多くの有権者が保守党現職をなんとしても追い落とそうとした。しかしその人たちは、労働党ではなく野党「リフォームUK」の候補に投票したのだ。

この結果、キア・スターマー首相に方向転換を求める声が労働党内で相次いでいる。

労働党が議席を大きく減らしたイングランド北部ドンカスターのロス・ジョーンズ首長は、多くの年金生活者の冬季暖房費補助をスターマー政権が打ち切ったことが、今回の結果の原因だと指摘。そして、政府が予定している個人自立手当(PIP、障害者給付の意味)の削減について、再考を促している。

ジェレミー・コービン前党首の影の内閣で影の経済相や影の法相を務めていたリチャード・バーゴン下院議員も同意見だ。

党内左派のバーゴン議員は、今の党首脳部は「方向転換」する必要があり、暖房費やPIPなどをめぐるスターマー政権の方針のせいで党は「従来の支持者からそっぽを向かれ、おかげでリフォームUKが支持を伸ばしている」のだと話した。

とはいえ、労働党の今の幹部は、党内左派から攻撃されたからと言って、震え上がるような顔ぶれではない。

それでも、労働党内のさまざまな立場の複数議員が、オフレコにせよ、同じようなことを言い、そして自分たちからわざわざBBCに連絡をとって(逆ではない)そういう発言をしているというのは、特筆に値する。

労働党の新人議員の一人は私に、「私たちが成果を出していないから、有権者が抗議票を入れた……というわけではない。今回の結果は、私たちが実現した政策に対する評価だ。戸別訪問で話をする人たちは、『裏切り』という言い方をしている」と述べた。

「冬場の暖房費が問題だ。大勢がPIPを心配している。中には移民のことを気にしている人たちもいる」

「有権者は変化を求めて投票して、そして労働党に投票した。けれども今の政府には、労働党らしさが足りていない。なので有権者は、『だったら何のためにいるんだ?』と疑っている」

別の新人議員は(党内左派では決してない)、冬季の暖房費打ち切りを「労働党にとっての人頭税」と呼んだ(訳注・人頭税は保守党のサッチャー政権が導入した、国民1人ずつを対象にした税金)。

労働党のベテラン政治家は私に、「それよりも、党幹部の指導力がぱっとしないのが原因だ」と話した。

「それに加えて、障害者手当や冬の暖房費補助を削減すれば、不評を得るわけだ。労働党らしくないからだ」

別の労働党議員は、党の支持率が停滞している状態で総選挙が近づけば、一般議員はパニックするものだが、今で政権交代から1年もしないうちに「みんなしてパニックしている」のだと話した。

イングランド北西部ランカシャーの地方議会選で敗れた労働党現職のマシュー・トムリンソン氏は、自分は「非常に熱心な労働党支持者」なのだと言う。

それでも同氏はBBCに対して、政府による一部の政策をまとめて捉えると(労働者の国民保険料引き上げ、福祉手当削減と一部の女性年金受給者への補償不足など)、「ともかくこの労働党は労働党らしさが足りないように思える」のだと話した。

このほかにも、選挙区によっては、戸別訪問をしてまわる選挙運動員の人集めや、運動員にやる気を出してもらうのに苦労しているという話も私は耳にしていた。

では、キア・スターマー党首率いる労働党の下院議員たちは、どういう変化を期待しているのだろう。

閣僚経験者の議員の一人は、障害者手当削減について下院で約1カ月後に議決する時点で、「しれつな激戦」が起きるはずだと予想している。

この件について政府が後に引くとは思えないからだ。

一方で、政府方針に反対する一部の造反議員は、たとえ議決の際に棄権したり欠席したりしたとしても、党の公認を失うことはないと言われているのだという。

一部の労働党議員は、経済予測に合わせて政策を調整するよりも、社会問題をもっと重視するようにと、より幅広い方針の再考を首脳部に求めている。

加えて、政府債務を制限しつつ投資も抑制する、レイチェル・リーヴズ財務相による「財政規則」の緩和を求める声もある。

財務省はすでに、そのようなことをすれば金利引き上げと、それに伴う住宅ローン引き上げにつながるとして、規則緩和の要求を退けている。

イングランド中部や北部の、労働党が伝統的に強いとされてきた選挙区を労働党の「赤い壁」と呼ぶ(訳注・同党のイメージカラーは赤)。そしてその選挙区を代表する議員40人からなる議員団は、移民対策の強化を求めつつ、中部や北部で「置き去りにされている」地域への投資拡大も求めている。

これに伴い、政府の新規事業の費用対効果を査定する財務省の手引き「グリーンブック」を、白紙に戻すよう求める声も党内で出ている。財務省の「聖書」とも呼ばれるこの手引きは、新規事業のメリットを低く見積もり、デメリットを強調しがちだと言われているためだ。

イングランド北東部ノッティンガムシャーのバセットロー選出のジョー・ホワイト議員は、こうした「赤い壁」地域を代表する一般議員団の代表をつとめる。そしてホワイト氏は、「外部の人間」の声が党首脳部に届かなかったと話す。

ホワイト議員は、「債務緊縮の縛り」から学校や病院を除外し、党が公約を果たせるようにするべきだと話す。

スターマー首相は2日、今回の選挙結果が何を伝えたいのか、自分は「わかっている」と話した。それはつまり、自分が掲げる変化のための計画を、今までより速やかに実施せよと言われたという意味なのだと。

ただし、首相の発言からは、今まで以上に方向転換しようという意思は感じられない。

労働党はすでに、防衛費拡大のために海外援助を削減している。

これは、野党「リフォームUK」支持者の支持を得ようとしてのことだったのかもしれないが、今回の選挙結果を見ると、的外れだったようだ。

これからしばらく政府は次々と、様々な声明やイニシアチブを発表する予定だ。数週間のうちに移民問題に関する白書が出る。待望の産業戦略や、国防再点検の結果報告、労働者の権利についても同様だ。さらに、貿易協定もいくつか発表される見通しだ。

自分たちは率先してさまざまな政策を打ち出しているのだと、労働党は国内に示そうとするだろう。

しかし、実際には政府が何をどうできるわけでもない問題も、政府がコントロールしにくい問題もたくさんある。かたくなに停滞し続ける経済も、国際的な貿易戦争も同様だ。

閣僚たちは、賃金の上昇や、国民健康サービスで治療を受けるための待機時間の削減など、複数の局面で事態は改善されていると指摘する。

しかし、今回の選挙結果は、政権の座に戻った労働党に対する、有権者の「第一印象」を体現するものだった。

そして多くの有権者が今の政府を否定的に見ているこの状況を、がらりと変えるのは難しいかもしれない。労働党の一部の下院議員の間に、そうした懸念が渦巻いている。

(英語記事 'Not Labour enough': MPs' despair at voters' verdict on government

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/crldyrz5edjo


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