2025年5月13日(火)

BBC News

2025年5月9日

ドナルド・トランプ米大統領とイギリスのキア・スターマー首相

アメリカとイギリスは8日、新しい貿易枠組みの一環として、一定数のイギリス車に対する輸入関税を引き下げ、一部の鉄鋼およびアルミニウム製品の関税を免除することで合意した。

正式な合意文書の署名はないが、米英両政府はこの日、新たな貿易枠組みに関する概要を発表した。詳細は明らかにされていないが、ドナルド・トランプ米大統領が1月の就任以降に導入した新しい関税の一部から、イギリスの主要産業が一定の救済を受けることになるという。

ただし、大半のイギリス製品には引き続き、10%の「相互関税」が課される見通し。

キア・スターマー英首相は、ウエスト・ミッドランズにあるジャガー・ランドローバーの工場から声明を発表し、今回の合意を「素晴らしい土台」と評価した。

「この歴史的な合意は、イギリスのビジネスと労働者に恩恵をもたらし、自動車製造業や鉄鋼業などの主要産業における数千の雇用を守るものだ」とスターマー氏は述べ、「イギリスにとってアメリカ以上の同盟国は存在しない」と強調した。

ホワイトハウスでの記者会見でトランプ大統領は、今回の合意を「素晴らしい取引」だとたたえた。その重要性を誇張しているとの批判に反論し、「これは最大限の合意で、今後さらに拡大していく」と述べた。

加えてトランプ氏は、ソーシャルメディアでこの合意を「大規模な貿易協定」と表現した。

しかし今回発表されたのは、特定の品目に対する関税の一部撤回または引き下げを含む、限定的な合意の骨組みに過ぎない。そのため、今後数カ月にわたり、詳細な交渉と法的手続きが続く見通し。

両国の首脳は今回の合意を「重要な進展」と評価しているものの、専門家の間では、トランプ政権が貿易条件を変更する以前との違いは乏しいという見方も出ている。

自動車は10万台を上限に関税引き下げ

米英両政府は、アメリカが先月25%に引き上げたイギリス車への輸入関税を、年間10万台を上限に10%にすることで合意したと発表した。

この措置は、ジャガー・ランドローバーやロールス・ロイスといった高級車メーカーにとって追い風となる一方で、輸出枠が昨年の実績とほぼ同水準にとどまることから、今後の成長には制約となる可能性もある。

イギリスのジョナサン・レノルズ・ビジネス相はBBCに対し、「このままでは、アメリカへの輸出に依存する自動車メーカーで数千人規模の雇用が失われる寸前だった」と述べ、今回の合意の重要性を強調した。

「非常に深刻な状況だった。今回の突破口がなければ、多くの人が職を失っていたはずだ」

イギリスは現在、アメリカからの自動車輸入に対して10%の関税を課しているが、今回の合意でこれに変更があったかは明らかにされていない。

一方、トランプ氏は、英航空機ロールス・ロイスのエンジンおよび航空機部品について、今後アメリカに無関税で輸出可能になると発表した。

さらに、イギリスが米航空機ボーイングから100億ドル相当の航空機を購入する契約を結んだことも明らかにされた。

鉄鋼およびアルミ製品への関税は撤廃

トランプ政権が3月に発動した、鉄鋼およびアルミニウム製品への25%の関税は、今回の合意の一環として撤廃されることが明らかになった。

この決定は、経営難により政府管理下に置かれているブリティッシュ・スティールなど、イギリスの鉄鋼業界にとって大きな朗報となる。

ただし、今回の関税撤廃が、いわゆる「鉄鋼派生製品」にも適用されるのか、また、イギリス国内で「溶解・鋳造」された鉄鋼製品のみに限定されるのかについては、まだはっきりしない。

また、両国は牛肉輸出を「相互アクセス」とすることで合意。イギリスの農家に対しては年間1万3000トンの輸出枠が設けられるという。ただし、これらの数値についてホワイトハウスからの正式な確認は得られていない。

一方アメリカ側は、長年の要求だった牛肉およびエタノールの対英輸出拡大を見込んでいるとし、今回の合意によって、7億ドル相当のエタノールと、2億5000万ドル相当の農産品等を含む、総額50億ドル規模の輸出「機会」が生まれると発表した。

アメリカでは、成長ホルモンを使う牛肉生産が一般的だが、イギリスおよび欧州連合(EU)では1980年代から禁止されている。アメリカはこれまで、成長ホルモンを使った牛肉を含む農産品の規制緩和を繰り返し求めてきたが、イギリスは今回もEU規則との整合性を優先し、その要求には応じなかった。

一方で、アメリカからイギリスに輸入されるビール製造用エタノールに対する関税は撤廃された。

イギリス政府は、今回の合意によって、輸入食品に関する国内基準の緩和は一切行わないと明言している。

アメリカのブルック・ロリンズ農務長官は、「この合意の重要性は、いくら強調してもしすぎることはない」と述べた。

業界や野党の反応は?

鉄鋼大手UKスチールのギャレス・ステイス事務局長は、今回の合意が鉄鋼業界に「大きな救済」をもたらすと述べ、政府の交渉姿勢を評価。「イギリス政府の冷静な姿勢と、粘り強い交渉が明らかに成果をもたらした」と述べた。

一方で、他の経済団体からは慎重な声も上がっている。

英米両国の企業を代表し、自由貿易を支持する団体「ブリティッシュ・アメリカン・ビジネス」のダンカン・エドワーズ最高経営責任者(CEO)は、「昨日よりは良いが、間違いなく5週間前よりは良くなっていない」と述べ、複雑な心境をにじませた。「興奮して喜びたいのだが、なかなか難しい」とも語った。

与党・労働党の議員らは合意を称賛する一方で、野党からは詳細な説明と議会での精査を求める声が上がっている。

最大野党・保守党のケミ・ベイドノック党首は、今回の合意を厳しく批判。イギリス側が関税を下げる一方で、アメリカ側は引き上げていると述べ、「これはアメリカとの歴史的合意などではない。我々は一方的に損をしている」と非難した。

野党・自由民主党は、合意内容について議会での採決を求め、もし議員に発言の機会を与えないのなら、「国民への敬意が全く欠けていることになる」と主張した。

党首のサー・エド・デイヴィーは、「とりわけドナルド・トランプのように信頼性に欠ける相手との貿易合意では、細部にこそ悪魔は宿る」と述べた。

「一つだけはっきりしているのは、トランプの関税が依然としてイギリスの主要産業を直撃し、全国の人々の暮らしを脅かしているということだ」

一方、先の地方選で大きく躍進した野党「リフォームUK」のナイジェル・ファラージ党首は、「正しい方向への一歩」だと評価。BBCの取材では、「詳細はこれから明らかになるが、全体としては歓迎すべき展開だ」と述べた。

「重要なのは、我々がいろいろやっていて、動いているということ。これが可能になったのは、ブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)の恩恵の一つだ」と語った。

イギリスは「勝った」のか

アメリカとイギリスは、第一次トランプ政権の時から貿易協定の締結に向けた協議を続けてきた。当時は「ミニ合意」に近づいたものの、正式な署名には至らなかった。

アメリカは長年にわたり、自国の農業や医薬品分野に有利となる制度変更を求めてきたが、これらはイギリス国内で政治的に受け入れがたいとされ、交渉の障壁となっていた。

今回の合意で、こうした懸案事項がどの程度進展したのかは明らかにされていない。

全米牛肉生産者協会(NCBA)は、今回の原則合意はアメリカの牧場経営者にとって「大きな勝利」だと歓迎。一方、アメリカの農業輸出を支援する米国食肉輸出連盟(USMEF)は、変更内容の詳細を把握しようとしている段階だと述べている。

一方で、イギリス側が一定の譲歩を受け入れた可能性も指摘されている。経済調査会社「オックスフォード・エコノミクス」のマイケル・ピアース副チーフエコノミストは、「細部にこそ悪魔は宿る」と述べ、現時点では経済予測に変更を加えていないと明らかにした。

今後の焦点の一つは、医薬品分野の取り扱いだ。

完成品の医薬品に関しては、医薬品の価格を抑える目的で、アメリカを含む多くの国が関税をほとんど、あるいはまったく課していないのが現状だ。

しかしトランプ氏は、重要医薬品の国内生産基盤を強化するため、輸入医薬品への課税を繰り返し主張してきた。

イギリス政府は今回、イギリス企業に対して「優遇措置」が与えられることで合意したと発表しているが、具体的な内容は依然として不透明だ。

医療関連企業を顧客に持つ法律事務所アーノルド&ポーターのユアン・タウンゼント弁護士は、「業界は今、その優遇措置が実際に何を意味するのかを見極めようとしている」と述べた。

(英語記事 US and UK agree deal slashing Trump tariffs on cars and metals/What is in the UK-US tariff deal?

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/c9q0ge48452o


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