
ラシュディ・アブ・アルーフBBCガザ特派員(カイロ)、アリス・デイヴィス(ロンドン)、BBCニュース
パレスチナ・ガザ地区北部の主要都市が、混乱状態に陥っている。援助物資の入手が困難になり、パレスチナ人が必死に食料を探し求める中、治安が崩壊し、略奪が起きている。
イスラム組織ハマスがガザ地区で運営する内務省は、ガザ北部ガザ市の市場に配備されたハマスの警官7人が29日、秩序を回復し、「略奪者」に立ち向かおうとした際に、イスラエル軍の空爆を受けて殺害されたと発表した。
イスラエル軍はこれについてコメントしていないが、過去24時間にガザ各地にある「数十のテロ標的」を攻撃したとしている。
現地の医療関係者や救助隊によると、29日の空爆で少なくとも44人が殺害された。うち23人は、ガザ中部のブレイジ難民キャンプで攻撃を受け殺害されたという。
この前日には、国連の世界食糧計画(WFP)が、中部デイル・アル・バラフにあるWFPの倉庫に「飢えた人々の大群」が食料を求めて押し寄せ、少なくとも2人が射殺されたと発表していた。誰が発砲したのかは明らかになっていない。イスラエルは11週間にわたり、ガザを封鎖。今月19日に支援物資の搬入が再開されたばかりだった。
ガザでは現在、アメリカとイスラエルが支援する「ガザ人道財団(GHF)」という民間団体が、支援物資の配給を担っている。ガザで活動する国連高官によると、GHFが南部ラファで運営する新たな援助物資配給センターに数千人が押し寄せた。50人近くが撃たれて負傷したと報じられている。イスラエル軍は、部隊は空に向けて威嚇射撃をしたものの、群衆に向けては発砲しなかったと説明している。
何があったのか
ハマス運営のガザ内務省の警官は29日、カラシニコフ式ライフルと拳銃で武装し、ガザ市中心部のアル・サラヤ交差点近くにある、缶詰や野菜を売る小さな露店が多数並ぶ市場へ向かった。
ソーシャルメディアで拡散されている複数動画は、あまりに生々しいため、ここで共有することはできない。動画には、地面に横たわる遺体や血痕などが映っている。ガザ内務省は、イスラエル軍の攻撃によるものだとしている。
「イスラエル占領軍の航空機は(中略)本日(29日)未明、略奪集団と対峙して職務を遂行していた多数の警官を標的にした。またしても大虐殺が起き、数人の警官と市民の殉教を引き起こした」と、ガザ内務省は声明で述べた。
BBCはイスラエル軍にコメントを求めた。同軍は回答の中で、「関連する座標と具体的な時刻」を知らされていないとして、この事案について直接言及しなかった。また、同軍は「国際法に従い、民間人の被害を軽減するための予防措置を取っている」と付け加えた。
イスラエルが昨年、ハマスの統治に関与しているとしてガザ内務省の警官を標的にし始めて以降、ガザでは無法状態が進んでいる。
1月の空爆でガザ内務省の警察本部長とその副官が殺害された後、同省は、警察は「民間人保護を担う機関」だと主張した。イスラエル軍は同警察が「人権を侵害し、反対意見を弾圧している」と非難した。
物資めぐり「秩序が崩壊」
ガザのほかの場所では29日、住民が食料やそのほかの物資を必死に探す中、秩序が崩壊しているとの報告があった。
南部ラファ近郊のGHF援助物資配給センターを訪れたという目撃者は、数千人が明け方から同地域に集まり、物資を手に入れようと施設のゲートを突破したのだと、BBCに話した。
この目撃者の話によると、29日午前8時に、イスラエル軍がクアッドコプター(無人機)を使って警告を発し、配給センターへ向かうよう指示した。その後、人々は整然と移動を始めたという。
「ちょうど10分間は秩序が保たれていた。しかし、群衆はゲートを突破し、中庭に押し寄せた」
「イスラエルのクアッドコプターが監視する中、みんな小麦粉の入った箱や袋をつかみ、立ち去った」と、目撃者は付け加えた。
GHFの施設近くから撮影された動画には、29日朝に数千人のパレスチナ人が配給センターの近くを歩く様子が映っている。馬が引く荷車や、荷物を積んだ自転車に乗る人も確認できる。
動画の大半は、小麦粉の入った袋を頭や背中に背負う若い男性たちを撮影している。疲れ果てた女性の1人は、群衆と一緒に移動するのに苦労しているようにみえる。
29日朝に配給センターにいたというパレスチナ人男性アブ・ファウジ・ファルーク氏(60)は、援助物資を確保するのは、高齢者や弱い立場の人には難しくなっていると、AFP通信に語った。
「昨日も今日も、最初に援助物資を受け取ったのは若い男性たちだ。現場は混雑しているので、老人や女性は中に入ることができない」
「私たちは屈辱を受けている。パレスチナ人は屈辱を受けている」と、男性は付け加えた。
ガザ中心部に新しく開設されたGHFの配給施設でも同様の光景が見られると、住民は話している。そして大勢の人が、何も入手できず、手ぶらで戻ってきたとBBCに証言している。
パレスチナ人女性ウンム・モハメド・アブ・ハジャル氏は、同地域で援助物資が配布されていると聞き、身分証を手に、何がもらえるのか見に行ったという。
「誰もが飢えているのがわかった」、「だから、私は何も手に入れられなかった。こんな状態で、手ぶらで、施設を後にした」と、女性は話した。
そして、援助物資を「公平に」配布するには、より多くの組織の介入が必要だとし、「食べている人と食べていない人に分かれている」のが現状だと付け加えた。
同じ配給センターにいたという別の男性、ハニ・アベド氏は、自分と家族10人分の援助物資を確保できなかったと語った。
「手ぶらで来て、手ぶらで帰ることになった」と、アベド氏は述べた。「食べ物のかわりに、子供たちに土を持ち帰るしかない」。
GHFによると、3カ所の配給拠点で29日、99万7920食分の食料が入った約1万7280箱がガザ市民に配布された。
「活動は拡大し続ける。今後数週間で、北部地域を含むガザ各地に新施設を建設する計画だ」と、GHFは付け加えた。
また、配給センターで物資を得ようとした複数のパレスチナ人が撃たれたという報道を否定。「発砲など一切なかった」とした。
国連を介さない物資配給
GHFの新しい援助物資配給システムは、国連を介さず、ガザ南部と中部のイスラエル軍支配地域にある米国の警備請負業者によって保護された配給施設から食料を受け取ることを、パレスチナ人に要求している。
国連は、このシステムは非倫理的だとして強力を拒んでいる。
国連人道問題調整事務所(OCHA)のガザ責任者ジョナサン・ウィトル氏は28日、GHFはガザ住民約210万人のニーズを満たすことができない可能性があり、「実質的に、(物資)不足を工作している」と述べていた。
アメリカとイスラエルの両政府は、新しい配給システムは、ハマスが援助物資を盗むのを防ぐためのものだとしている。ハマス側は物資略奪を否定している。
イスラエルは3月2日、ガザへの人道支援物資と商業物資の搬入をすべて停止させ、その2週間後にはハマスに対する軍事攻勢を再開して、2カ月間続いた停戦を打ち切った。
11週間続いたガザ封鎖について、ガザで今も拘束されている人質58人(うち少なくとも20人は生存しているとみられる)を解放するよう、ハマスに圧力をかけるための措置だと、イスラエルは主張した。
イスラエル軍は今月18日、ハマスに対する地上攻撃の拡大を開始。翌19日にはベンヤミン・ネタニヤフ首相が、ガザの「全域を掌握する」と宣言した。
イスラエルは18日に、ガザ封鎖を一時緩和し、「基本的な量の食料」が搬入されるのを認めるとも発表した。
ガザに残る人質の家族はネタニヤフ氏に対し、ハマスとの新たな停戦に合意し、人質が解放されるようにしてほしいと訴えている。
ホワイトハウスのキャロライン・レヴィット報道官は29日、スティーヴ・ウィトコフ中東特使がハマスに提示した最新の停戦および人質解放の提案を、イスラエル政府が「承認した」と明らかにした。
「イスラエルは、この提案がハマスに送られる前に署名した」と、レヴィット氏は述べた。
しかし、ハマス幹部はBBCに対し、この提案は、ウィトコフ特使とハマス交渉団が行ってきたこれまでの協議内容と矛盾しているため、提案を拒否したと語った。
この幹部によると、今回の提案には一時的な停戦が恒久的な停戦につながるという保証が含まれていない。また、イスラエルと今年1月に合意した停戦の第1段階が終了した直後の3月2日以前の陣地まで、イスラエル軍が撤退するという保証も盛り込まれていないという。
イスラエルとアメリカのメディアはイスラエル当局者の話として、ウィトコフ特使の提案には、60日間の停戦と、イスラエルの刑務所に収監されているパレスチナ人の釈放と引き換えに、生存している人質10人と死亡した人質18人の遺体をハマスが2段階で引き渡すことが含まれると報じている。
イスラエルは、2023年10月7日にハマスが越境攻撃を行い、約1200人を殺害、251人を人質として連れ去ったことを受け、ガザ地区で軍事作戦を開始した。
ガザ保健省によると、イスラエルが作戦を開始して以降、ガザで5万4249人が殺された。そのうち3986人は、イスラエルが3月18日に攻勢を再開して以降に死亡したという。
(英語記事 Security breaks down in Gaza as desperate people search for food)