
パレスチナ・ガザ地区の北ガザ県で医療サービスを提供していた最後の病院が、イスラエル軍が即時撤退を命じたことで機能停止状態にあると、同病院の責任者が明らかにした。
モハメド・サルハ医師はBBCに対し、ガザ北部ジャバリアにあるアル・アウダ病院の患者たちは29日夜、「2週間の包囲」の末に避難したと話した。これに伴い、「北部では機能している医療施設はない」という。
BBCはイスラエル国防軍(IDF)にコメントを求めているが、まだ回答は得られていない。
ガザ地区の停戦については、交渉が続いている。イスラム組織ハマスは、アメリカの停戦案を「細かく検討」していると述べた。イスラエル人の人質28人とパレスチナ人収監者1000人以上の釈放を含む60日間の停戦案を、ホワイトハウスはイスラエルがすでに「承認」したとしている。
他方、ハマス運営のガザ保健省は30日、イスラエルによる過去24時間の攻撃で少なくとも72人が殺害されたと発表した。
「退避しなければ……」
IDFは29日夕、ガザ北部でテロ活動があったため、IDFとして「攻撃活動を拡大」する必要があるとして、アル・アウダ病院のある地域からの退避を命じた。
サルハ医師はBBCへの音声メモで、「病院から避難したのは非常に残念だが、イスラエル占領軍は、避難しなければ病院に侵入し、中にいる人を殺すと脅した」と述べた。
「さもなければ、病院を爆撃すると。私たちは患者と職員の命のことを考えていた」と医師は説明した。
サルハ医師によると、同病院は現地時間29日正午頃から「戦車による激しい爆撃と発砲」にさらされた。午後1時頃、イスラエル軍から避難するよう指示されたものの、手当てが必要な患者がいたため当初は拒否したという。医師はスタッフ10人と共に残り、残りのスタッフを避難させることを申し出たが、軍はこの案を拒否したという。
7時間にわたる交渉の後、午後8時半頃に病院の避難が実施された。
周囲の道路が「完全に破壊」されていたため、スタッフは患者を病院から300メートル以上離れた場所に駐車していた救急車まで運んだ。
病院スタッフがBBCに送った動画2本には、日没時に病院の名が入ったベストを着た人々が病院中庭の東側で救急車やトラックに乗り込む様子や、暗くなってから同じような車の車列がジャバリアを通って南へ向かう様子が映っている。
患者たちはガザ市内にあるアル・シファ病院に避難した。サルハ医師はBBCに対し、ガザ市にある一時医療施設で治療を提供し続ける方針だと話した。避難所内に別の医療施設を設置する可能性もあるという。
世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム・ゲブレイエスス事務局長は、アル・アウダ病院の閉鎖はガザ地区北部で機能する病院がなくなることを意味し、「そこに住む人々にとって重要なライフラインが断たれる」ことになると述べた。事務局長はまた、「病院は決して攻撃されたり軍事化されたりしてはならない」と述べ、民間人と医療従事者の保護をあらためて呼びかけた。
アル・アウダ病院はIDFが先週発表した避難区域内にあったが、病院長は以前、まだ機能していると話していた。
IDFはは先週BBCに対し、「同地域でテロ攻撃の標的に対する作戦を行っている」ものの、「病院自体が包囲されたとは承知していない」と述べた。
18の慈善団体は29日に声明で、アル・アウダ病院が「2023年10月以来4度目」の軍の包囲下にあり、爆撃を少なくとも28回受けたと述べた。
慈善団体によると、救急治療室が攻撃されて職員4人が負傷したほか、淡水化施設と貯蔵施設も攻撃され、医薬品、物資、設備がすべて失われたという。
国連人道問題調整事務所(OCHA)は、病院を除けば、ガザ地区にある158カ所の一次医療センターのうち、一部または完全に機能しているのは61カ所のみだと指摘した。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の医療施設27カ所のうち、機能しているのは9カ所のみという。北ガザ県の施設が機能しているかは、OCHAは報告していない。
援助物資配給で混乱
イスラエルは約3カ月間、ガザ地区を封鎖し、食料や医薬品や燃料などの援助物資搬入を阻止した末、国際社会の圧力もあり、5月19日から限定的な援助の搬入を許可し始めた。
ガザでは現在、アメリカとイスラエルが支援する「ガザ人道財団(GHF)」という民間団体が、支援物資の配給を担っているが、配給センターでは混乱が起きている。
国連や多くの援助団体は、GHFの計画は人道の原則に反するとして協力を拒否している。
国際NGO「国境なき医師団(MSF)」のクリストファー・ロックイヤー代表は、GHF計画に「効果がない」とし、最も弱い立場の人々が物資を手にする「機会は事実上ない」と批判した。
GHFは、30日にトラック6台分の食料を配布したと発表。今後数週間のうちにガザ北部を含む地域にさらに配給施設を建設する予定という。
イスラエルは、ガザ地区封鎖について、ハマスに残る人質の解放を迫るためだと説明している。残る人質のうち少なくとも20人は生存しているとみられる。また、イスラエルはハマスが援助物資を盗んだと非難しているが、ハマスはこれを否定している。
国連は、ガザ中心部の野戦病院で30日に大量の医療物資が略奪されたことを非難した。アントニオ・グテーレス国連事務総長の報道官ステファン・デュジャリック氏は、「武装集団」が「デイル・アル・バラフの野戦病院の倉庫を襲撃し、栄養不良の子ども向けの」支援物資を「略奪」したと述べた。
国連人道支援機関はこれより先に、ガザ地区全住民が飢餓の危機に瀕していると再度警告し、イスラエルがわずかな量を除き同地区への援助の流入をすべて阻止していると非難した。
イスラエルへの批判高まる
国連は今月、ガザ地区の住民210万人が飢餓の「危機的状況」にあると報告した。
国連のトム・フレッチャー事務次長(人道問題担当)はBBCに対し、ガザ地区の住民はイスラエルによって「強制的な飢餓」に晒されていると話した。
OCHAのイエンス・ラーケ報道官は30日、ガザが「地球上で最も飢餓に苦しむ場所」になっていると述べた。
国際社会はイスラエルに、援助の搬入拡大を認めるよう圧力を強めている。
フランスのエマニュエル・マクロン大統領は30日、イスラエルが「今後数時間から数日の内に」今以上に行動をとらないなら、「我々は厳しい集団的な姿勢をとらなくてはならない」と述べた。
これに対してイスラエル外務省はソーシャルメディアで反論し、「人道封鎖など起きていない」として、マクロン大統領が「ユダヤ国家に対する聖戦」を続けていると非難した。
イスラエルでは一部の抗議者が援助トラックのガザ入りを阻止しようとした。ハマスが人質を返還し、アメリカの停戦案を受け入れるまで、援助物資をガザに搬入すべきではないと主張するイスラエル人もいた。
ドナルド・トランプ米大統領は30日、アメリカ案に基づく停戦合意は「非常に近い」と述べた。しかしハマスはアメリカ案について、イスラエルの戦争終結へのコミットメントなど、ハマスの中核的要求を満たしていないと主張している。
消息筋によるとアメリカ案では停戦期間は60日間で、ハマスが最初の1週間で生死を問わず28人の人質を解放し、残りの30人は恒久的な停戦成立後に解放し、イスラエルは1000人以上のパレスチナ人収監者を解放するという内容。国連などの機関を通じてガザ地区に人道支援物資が送られるという取り決めも含まれる。
2023年10月7日にハマスが越境攻撃を行い、約1200人を殺害、251人を人質として連れ去ったことを受け、イスラエルはガザ地区で軍事作戦を開始した。
ガザ保健省によると、イスラエルが作戦を開始して以降、ガザで少なくとも5万4321人が殺された。そのうち4058人は、イスラエルが3月18日に攻勢を再開して以降に死亡したという。
(取材:マロリー・メンシュ、ナオミ・シャーベル=ボール、アリス・カディー 検証:リチャード・アーヴァイン=ブラウン)
(英語記事 Last hospital in North Gaza governorate evacuated after Israeli order)