2025年7月16日(水)

BBC News

2025年6月19日

リーズ・ドゥーセット国際担当主任編集委員

イスラエルがイランに対して前例のない攻撃を開始した13日、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相はイラン国民に直接語りかけた。「邪悪で抑圧的な政権」に対して立ち上がるときが来たと、英語で呼びかけたのだった。

ネタニヤフ氏は、イスラエルの軍事作戦が「あなたたちの自由実現の道を切り開く」とした。

現在、イランとイスラエルの軍事対立は激しさを増し、攻撃の範囲も広がっている。そうした状況で、多くの人が知りたいと思っているのが、「イスラエルの真の最終目的は何なのか」だ。

ネタニヤフ氏が攻撃初日の13日未明に宣言したように、「現在のイスラム政権の核と弾道ミサイルの脅威」を終わらせることが、最終目的なのだろうか。

それとも、アメリカとイランの協議を終わらせることも含まれているのだろうか。この協議では、アメリカが厳しい制裁を解除するのと引き換えに、イランは核開発計画を抑制するという、新たな合意が検討されてきた。

ネタニヤフ氏がイランの人々に向けた発した「自由実現の道を切り開く」というメッセージは、イランにおける宗教指導者の支配を終わらせるという、さらに大きな目的を暗示したものなのだろうか。

誰の言葉に耳を傾けるのか

イスラエルで最も長く首相を務めているネタニヤフ氏の政治的キャリアを特徴づけているのが、イランがもたらす危険性を世界に警告するという、彼個人の使命感だ。爆弾の漫画を国連で見せたり、中東で戦争が続くこの20カ月間、イランは最大の脅威だと繰り返し発言したりするなど、さまざまなことをしてきた。

ここ何年かで、ネタニヤフ氏がイランの核関連施設への軍事攻撃を命じようとし、アメリカの何人かの大統領やイスラエル軍の将軍たちがそれを思いとどまらせたことが、一度ならずあったことも知られている。

アメリカのドナルド・トランプ大統領は、イスラエルの攻撃に青信号を出さなかったと述べている。だがネタニヤフ氏には、少なくとも黄色信号と思われるもので十分だったようだ。

「今や彼は入り込んでいる、完全に没入している」。西側政府当局者の1人は、ネタニヤフ氏についてそう話した。この当局者はまた、イスラエルの主な目標は、イランの核開発計画をだめにすることだとの見方を強調した。

イスラエルのそうした決意は、中東各国や国際原子力機関(IAEA)から非難されている。IAEAのラファエル・グロッシ事務局長は、「核関連施設は決して攻撃されてはならないと、私は繰り返し訴えてきた。いかなる文脈や状況であってもだ」と強調した。法学者らも、核施設への攻撃は国際法に照らして違法だとしている。

多くの人はいま、ネタニヤフ氏が側近や支持者らと同じ目標を追求しているのか、疑問に思っている。

「ネタニヤフが個人的に体制転換に賭けている一方で、イスラエルの政治と軍事の有力層はイランの核開発計画を大きく後退させることに力を入れている」。英シンクタンク「チャタムハウス(王立国際問題研究所)」で中東・北アフリカプログラムのディレクターを務めるサナム・ヴァキル博士はそう説明し、次のように続けた。

「後者は、難しいかもしれないが、ある程度は実現可能だ」、「前者は、短期の激しい紛争で実現するのは難しそうだ」。

イランの核計画を破壊

ネタニヤフ氏は、イスラエルの今回の作戦を、同国の存亡の危機を打開するための先制攻撃だと位置づけた。そして、イランによる核爆弾開発は「目前」に迫っているとした。

イランに一線を越えさせてはならないという同氏の思いは、西側の友好国も共鳴するものだ。ただ、同氏の切迫感を疑問視する人も多い。

イランは繰り返し、核爆弾の製造を決定してはいないと主張している。アメリカのタルシ・ギャバード国家情報長官も3月、「(米情報機関は)イランが核兵器を製造していないとの見方を維持している」と証言した。

国際原子力機関(IAEA)は最新の四半期報告書で、イランが純度60%まで濃縮したウランを、核爆弾9個分保有しているとした。この純度は兵器級(90%)の一歩手前だ。

イランの膨大な核関連プログラムで重要な役割を担う3施設(ナタンズ、イスファハン、フォルド)は、イスラエルの攻撃の最初の数日間で標的にされた。IAEAは、ナタンズの地上にあるパイロット燃料濃縮プラントが破壊されたとしている。

IAEAはまた、イスファハンで「重要な建物」4棟が被害を受けたと報告している。イスラエルは、イランの施設に「重大」なダメージを与えたと主張。これに対しイランは、被害は限定的だとしている。

イスラエルは「知識の源」を攻撃するとして、これまでに少なくとも9人のイランの核科学者と、何人かの軍トップ級の司令官らを殺害している。攻撃対象の施設は、軍事基地、ミサイル発射台、工場だったが、今では経済や石油関連の施設にまで広がっている。

イランもまた、標的を拡大しながら反撃している。民間人の犠牲者が、両方の国で増えている。

イランの膨大な核開発計画に決定的な打撃を与えようとすれば、同国で2番目に大きく、最も厳重に守られているフォルドの核関連施設に大きなダメージを加えなければならない。一部の専門家は、山の地下深くにあるこの複合施設に、兵器級に近い濃縮ウランの多くが備蓄されているとみている。

イスラエルのメディアは、この施設へのアクセスを遮断することが、イスラエルの現在の目標だと報じている。

山岳部の岩を大規模に粉砕するには大型貫通爆弾(MOP)が必要だが、イスラエルはそれを保有していない。一方、米空軍は持っている。MOPは精密誘導式の3万ポンド(1万3600キロ)級の大型爆弾だ。それでも、大きなダメージを与えるには、何日もかけ何度も攻撃する必要があるだろう。

「シナリオとして最も可能性が高いのは、ネタニヤフがトランプに電話し、『他のことは全部やって、B-2爆撃機や米軍への脅威がないことは確認したが、それでも核兵器開発計画を終わらせることができない』と訴える、というものだと思う」。元米政府高官で、米コロンビア大学グローバルエネルギー政策センターのイラン専門家のリチャード・ネフュー氏は、BBCの番組「ニュースアワー」でそう述べた。

ある西側政府関係者は私の取材に、「トランプ大統領がどちらに飛ぶのか、まだわからない」と言った。

交渉の頓挫狙いタイミングを計った?

トランプ氏は行ったり来たりを繰り返している。先週初めの時点では、イスラエルに対し、イランを軍事的に脅すのをやめるよう求めた。攻撃すれば、イランとの核交渉が「台無しになる」というのが理由だった。トランプ氏は常に、交渉のほうが望ましいと公言していた。

ところが、いったんイスラエルが攻撃を始めると、トランプ氏は「素晴らしい」と称賛。「まだ続く、まだまだだ」と警告した。一方で、イランを合意に向かわせることができるかもしれないともつぶやいた。

そして15日には、自身のプラットフォーム「トゥルース・ソーシャル」に、「イスラエルとイランの間に、まもなく平和が訪れるだろう! 多くの電話や会議がいま行われている」と書き込んだ。

イランの交渉担当者らは現在、オマーンの首都マスカットで15日に再開されることになっていたアメリカとの核協議について、緊張が高まっていた中で、イスラエルの攻撃は差し迫ってはいないとイランに思い込ませるための策略だったのではないかと疑っている。イスラエルの13日未明の激しい攻撃に、イランは不意を突かれた格好になった。

このタイミングに大きな意味を見いだす人は他にもいる。「イスラエルのこれまでなかった規模の攻撃は、トランプ大統領がイランの核開発計画の封じ込めで合意に至る可能性をつぶすために行われた」と話すのは、欧州外交問題評議会の中東・北アフリカプログラムのエリー・ゲランマイヤ副代表だ。

「イスラエル政府関係者の一部は、これらの攻撃はアメリカの外交における影響力を強めることが目的だったと主張するが、そのタイミングと規模の大きさからは、交渉を完全に頓挫させるのが狙いだったのは明らかだ」

これらの交渉に詳しい関係者らは先週、「合意は手の届くところにある」と私に言っていた。だがそれは、すべてのウラン濃縮を終わらせるようイランに求める最大限の要求から、アメリカが離れるかにかかっていた。アメリカは、民生プログラムで利用されるウランと同等の、1桁台という非常に低純度のウラン濃縮も認めない立場だった。イランはこれを「レッドライン(越えられない一線)」と見ていた。

トランプ氏は大統領1期目に、ネタニヤフ氏から度重なる働きかけもあって、画期的な2015年の核合意からアメリカが離脱することを決めた。その後、イランは、ウラン濃縮を純度3.67%(商業用原子力発電所の燃料生産に使われるレベル)に制限する決まりを守らなくなり、備蓄も始めた。

トランプ氏は今回、合意までに「60日間」の猶予をイランに与えた。この分野における経験と知識を持つ調停者らは、このような複雑な問題における猶予としは短すぎると見ていた。

そしてイスラエルは、61日目に攻撃を実施した。

「オマーンのチャンネルは当分の間、使えなくなった」と、前出のチャタムハウスのヴァキル博士は言う。「だが、事態がエスカレートするのを緩和し、出口を見つけようという地域的な努力はなされている」。

ネタニヤフ氏の「チャーチル的なムード」

イランから見れば、事態のエスカレーションは、備蓄や遠心分離機、超音速ミサイルだけが問題なのではない。

「イランはイスラエルが、イランの国家としての能力や軍の機構を徹底的に低下させ、イランとイスラエルのパワーバランスを決定的な形で変え、できればイランを総体的に転覆させたいと望んでいると考えている」。米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院の教授(中東研究・国際問題)で、著書「Iran's Grand Strategy」(イランの大戦略)を今年出したヴァリ・ナスル氏は、そう主張する。

イラン国民がどう反応するかは不明だ。

人口9000万人のこの国は、長年にわたり、国際的な厳しい制裁と組織的な腐敗に苦しんできた。 毎年抗議デモが起きており、内容は高いインフレ、低い就労率、水や電力の不足、女性の生活を制限する道徳警察などさまざまだ。2022年には自由の拡大を求めて、かつてない規模の抗議デモの波が起こり、厳しい弾圧にあった。

ナスル氏は、現在のイラン社会の雰囲気について、「非常に不人気だった将軍4、5人が殺された当初は、人々はほっとしたかもしれない。だが今では、自分たちの集合住宅が攻撃され、民間人が殺され、国のエネルギーと電気のインフラが攻撃を受けている」と言い、こう続ける。

「イラン国民の大半が、自分たちの国を爆撃している侵略者を支持し、それを解放とみなすようになる、などといったシナリオは考えられない」

ネタニヤフ氏の発言は、より広範な標的をほのめかし続けている。

ネタニヤフ氏は14日、「アヤトラ政権のあらゆる場所、あらゆる標的」をイスラエルは攻撃すると警告した。

15日に米FOXニュースに出演した際には、イスラエルの軍事努力の一環としてイランの体制転換もあるのかと具体的に問われると、ネタニヤフ氏は「もちろんそういう結果にはなり得る。イランの政権は非常に弱いからだ」と答えた。

英誌エコノミストのイスラエル特派員で、ネタニヤフ氏の伝記を著したアンシェル・フェファー氏は、「イスラエルは心理戦の一環として、イランの体制の、権力を失うことへの恐怖をあおろうとしている」と話す。

「イスラエル情報機関の一致した考えは、イランの体制崩壊の予測や工作は無意味だということだ。それはすぐに起こるかもしれないし、20年後に起こるかもしれない」

ただ、ネタニヤフ氏の考えは違うのではないかと、フェファー氏はみている。「スパイの長官らとは違い、ネタニヤフはこのメッセージを実際に信じている可能性が高いと思う。彼はいま、チャーチル的なムードの中にいる」。

アメリカのメディアは15日夜までに、それぞれの情報源からの話を基に、イランの最高指導者アヤトラ・アリ・ハメネイ師を殺害するというイスラエルの計画に、トランプ氏が反対したと報じた。ロイター通信が匿名の米政府関係者2人の話から、このニュースを最初に報じると、大きな話題となった。

イスラエルのギデオン・サール外相やツァヒ・ハネグビ国家安全保障顧問ら同国の要人は、イランの政治指導者に特に注目しているわけではないと強調。ハネグビ氏は、「だが『現時点では』という概念は、限られた期間だけ有効だ」と付け加えた。

結局のところ、この最終局面の輪郭は、危険で予測不可能な対立の行方と、予測不可能なアメリカ大統領によって形作られることになる。

「成功か失敗かは、アメリカを引きずり込めるかどうかで圧倒的に決まる」と、アメリカ中東プロジェクトの代表で元イスラエル政府顧問のダニエル・レヴィ氏はみている。「アメリカだけが、結末と着地点を決定することで、近い将来、これをタイムリーに終結に導くことができる」。

※最上部の画像クレジット: Anadolu via Getty, ATEF SAFADI/EPA - EFE/REX/Shutterstock

(英語記事 Where is Israel's operation heading?

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/crl08k67plro


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