
タイのペートンタン・シナワット首相率いる連立政権が崩壊の危機に直面している。ペートンタン首相と、カンボジアのフン・セン前首相との電話会談の音声が流出し、国境紛争をめぐる発言が波紋を広げた。
この流出音声に多くの国民が怒り、ペートンタン首相率いるタイ貢献党の主要連立相手が連立離脱を表明する事態となっている。
音声の中でペートンタン氏は、東南アジアの有力政治家で家族ぐるみの関係にあるフン・セン氏を「おじさん」と呼んだほか、タイ軍の司令官を軽視するような発言をしていた。
音声流出を受け、第2党のプームジャイタイ党は18日、連立からの離脱を表明した。連立政権はかろうじて過半数を維持しているものの、他の政党が離脱すれば多数派でなくなる可能性がある。
高まる批判を受けて、ペートンタン氏は19日、「カンボジアの指導者との会話の音声が流出し、国民の反感を招いたことにお詫びする」と述べた。
また、今回の電話を「交渉の手法だった」と弁明しているが、野党勢力は辞任を求めている。
数十年続く友好関係
批判の声は、ペートンタン氏がフン・セン氏に「おじさん」と呼びかけ、必要があれば「面倒を見る」と発言した点に集中している。
また、タイ軍を軽視するような発言で軍の政治的影響力を損なったとの批判も出ている。音声の中でペートンタン氏は、カンボジアとの国境での緊張に対応していたタイ軍司令官について、「格好をつけたかっただけで、役に立たないことを言った」と述べていた。
ペートンタン氏は昨年8月に首相に就任した。前任のセター・タウィーシン氏が閣僚任命に関する規定違反で憲法裁判所により解任された後に、党内から任命された。
ペートンタン氏は、15年の亡命生活を終えて昨年8月に帰国したタイの大富豪タクシン・シナワット元首相の次女。また、インラック・シナワトラ元首相のめいに当たる。
タイ史上最年少の首相で、インラック氏に続くタイ2人目の女性首相でもある。過去20年間でシナワトラ家の一員がタイの首相になるのは、ペートンタン氏で4人目。
一方のフン・セン氏は2023年まで38年間、カンボジアで政権を握り続けていた。同年に長男のフン・マネット氏に首相職を引き継ぎ、現在は上院議長を務めている。
シナワトラ家とフン家との友好関係は数十年来のもので、タクシン元首相とフン・セン氏は、互いを「義兄弟」と呼び合う仲だという。
国境紛争に「深刻な影響」とタイ外務省
フン・セン氏は、電話の音声を80人の政治家に共有したと明かし、そのうちの1人が流出させたと述べた。その後、自分のフェイスブックページに17分間の通話全体を公開した。
タイ外務省は、カンボジア駐在大使に宛てた書簡の中で、「私的な電話会話の流出」について「深い遺憾の意」を表明した。
書簡は、「両国指導者間の信頼と敬意は、良好な隣国関係および国家間の行動の基本」だと指摘。
また、今回の流出は「双方が誠意をもって問題解決に取り組んでいる努力に深刻な影響を及ぼす」とも述べている。
ペートンタン首相は今後、フン・セン氏と私的に会談しないとしている。
タイとカンボジアの関係は現在、過去10年以上で最も悪い状態にある。緊張関係は、5月に国境地帯で起きた衝突でカンボジア兵が死亡したことをきっかけに一気に高まった。
カンボジア政府は、タイからの果物や野菜、電力、インターネットに至るまでの輸入を禁止した。また、国境紛争を受けて、タイのドラマをテレビや映画館で放送・上映することも禁止した。
両国は互いに国境通行を制限している。
国境をめぐる対立は、カンボジアがフランスの植民地支配を受けた後に国境線が引かれたことに起因し、100年以上前にさかのぼる歴史的な問題でもある。