
アダム・ヘイル記者、ザフラ・ファティマ記者(BBCニュース)、サム・フランシス政治記者
イギリスの音楽フェスティバルで、英パンクデュオ「ボブ・ヴィラン」が「イスラエル国防軍(IDF)に死を」と呼びかけたことについて、国内外で論争が巻き起こっている。また、BBCが同グループのパフォーマンスを生中継したことにも、批判の声が集まっている。
イギリスの農場で行われる世界最大級の音楽祭「グラストンベリー・フェスティバル」では28日、「ボブ・ヴィラン」のメンバーが観客に、「パレスチナに自由を」、「IDFに死を」とコールさせた。
イギリスのキア・スターマー首相は29日、この件について「ひどいヘイトスピーチだ」と非難。BBCがこのパフォーマンスを生中継したことについても、「説明責任がある」と指摘した。
同フェスティバルの主催者も、このコールに「愕然(がくぜん)としている」と述べた。
BBCは30日、「ボブ・ヴィラン」のパフォーマンスの生中継を中断すべきだったとの見解を示した。
スターマー首相は、アイルランドのヒップホップグループ「ニーキャップ」の出演についても批判している。ニーキャップはこれまでに、イスラエルによるガザ地区での軍事行動を「ジェノサイド(集団虐殺)」と表現してきた経緯がある。
「ニーキャップ」は28日にグラストンベリー・フェスティバルに出演した際、スターマー首相への反発を込めた罵倒語混じりのコールを起こすなど、極めて挑発的なパフォーマンスを行った。
スターマー首相は、「この種のひどいヘイトスピーチに言い訳の余地はない」と述べた上で、「ニーキャップに発言の場を与えるべきではないと以前から言ってきた。これは、脅迫や暴力を扇動する他の出演者にも当てはまる」と話した。
両グループのパフォーマンスをめぐっては30日、グラストンベリー・フェスティバルが開催されたエイヴォン・アンド・サマセットの警察が、捜査を開始した。
出演と放送めぐる非難
「ボブ・ヴィラン」のパフォーマンスと生中継をめぐっては、スターマー首相のほかにも複数の閣僚が相次ぎ批判している。
28日のパフォーマンス直後、政府報道官は、リサ・ナンディー文化相がBBCのティム・デイヴィー会長に対し、同局の出演者審査プロセスについて早急に説明を求めたことを明らかにした。
最大野党・保守党のクリス・フィルプ影の内相も、「このラッパーが暴力と憎悪を扇動していることは明白だ」と述べ、起訴すべきだと主張した。
フィルプ氏はまた、「BBCも法律に違反した可能性がある」として、警察に「BBCを緊急に捜査し、起訴するよう求める」と、ソーシャルメディアに投稿した。
さらに同氏は、「我が国の公共放送が、暴力や対立を扇動するような憎悪に満ちた内容を放送すべきではない」と強調した。
イギリスのウェス・ストリーティング保健相は、29日に放送されたBBCの政治番組「サンデー・ウィズ・ローラ・クンスバーグ」で、「ボブ・ヴィラン」の発言に「嫌悪感を覚えた」と述べた。
ストリーティング保健相は、「この音楽フェスティバルが皮肉なのは、イスラエル人が音楽フェスティバルから連れ去られ、殺害され、レイプされ、一部は今もなお拘束されているからだ」と語った。これは2023年10月7日に、ガザ地区のイスラム組織ハマスがイスラエル南部に奇襲攻撃を実施した際、音楽フェスティバルの会場も襲撃対象のひとつだったことを指している。
グラストンベリー・フェスティバルの主催者は、「ボブ・ヴィラン」の発言は「明らかに一線を越えていた」との見解を示している。
グラストンベリー・フェスティバルと主催者のエミリー・エイヴィス氏は、共同でインスタグラムに声明を投稿し、「あらゆる戦争とテロ行為に反対する立場を取っている」と表明した。その上で、「会場内では約4000組のパフォーマンスが行われており、主催者側と意見を異にするアーティストや登壇者が登場することも避けられない」と説明した。
「しかしながら、28日にウェスト・ホルツ・ステージでボブ・ヴィランが行った発言に愕然としている」、「彼らのコールは明らかに一線を越えていた。我々はすぐに、グラストンベリーの制作に関わるすべての関係者に対し、反ユダヤ主義、ヘイトスピーチ、暴力の扇動がこのフェスティバルにおいて容認されないことを、改めて強く伝えている」と、主催者らは述べた。
反ユダヤ主義に反対する団体「キャンペーン・アゲインスト・アンチセミティズム」は、BBCがこのパフォーマンスを生中継したことは「言語道断の判断だ」として、正式に苦情を申し立てるとしている。
同団体は29日、「グラストンベリー・フェスティバルは過激主義と憎悪の深淵へと突き進み続けているが、より危険なのはBBCの対応だ」と非難した。
また、「ニーキャップ」のパフォーマンスについても、BBCに苦情を申し立てるとしている。
BBCの声明
BBCの広報は30日、「BBCは表現の自由を尊重するが、暴力の扇動には断固として反対する」と述べた。
さらに、「ボブ・ヴィランによる反ユダヤ的な発言は全く容認できず、BBCの放送にまったくあってはならない」と強調した。
声明の中でBBCは、「現場のチームは生中継の対応にあたっていたが、今にして思えば、パフォーマンス中に配信を停止すべきだった。そうならなかったことを遺憾に思う」としている。
声明は続けて、「今回の週末の出来事を受けて、今後はライブイベントに関するガイドラインを見直し、どのような状況で放送を継続すべきかについて、現場の判断基準を明確にする」としている。
BBCは29日の時点で、ボブ・ヴィランのパフォーマンスには画面上に警告表示を行っていたこと、また、同映像をBBCのイギリス国内向け配信サービス「iPlayer」で提供する予定はないことを明らかにしている。
BBCの声明に先立ち、英メディア規制機関のOfcom(オフコム)は、問題の発言がなぜ放送されたのかについて、BBCに説明を求めていることを明らかにしていた。
オフコムの報道官は「このパフォーマンスのライブ配信について深刻な懸念を抱いており、BBCには明確に説明責任がある」と述べた。
さらに「週末を通じてBBCと協議を続けており、BBCの編集ガイドラインに沿った対応がなされていたかどうかを確認するため、どのような手続きが講じられていたのかを緊急に調査している」と説明した。
ボブ・ヴィランとニーキャップ
「ボブ・ヴィラン」は、2017年に結成されたロンドン拠点のイギリス人パンク・ラップデュオ。これまでにオフスプリングやザ・ハイヴスなどとツアーを行ってきた実績がある。
バンドでは、ボビー(Bobby)・ヴィラン氏がボーカル兼ギターを担当し、ボビー(Bobbie)・ヴィラン氏がドラムを務めている。共にプライバシーを守るために芸名で、2人合わせて「ザ・ボブズ」と名乗っている。
ボーカルのボビー(本名:パスカル・ロビンソン=フォスター)氏は29日夜にインスタグラムへの投稿で、「支持とヘイトのメッセージが殺到している」と明かした上で、「外交政策の転換」を訴えた。また、投稿の最後に「言うべきことを言った」と記している。
また、関係者の話によると、メンバー2人のアメリカへの渡航ビザ(査証)が取り消された。ボブ・ヴィランは年内にアメリカツアーを予定していた。
クリストファー・ランドー米国務副長官はソーシャルメディア「X」に、「暴力と憎悪を称賛する外国人は、我が国では歓迎されない」と投稿した。
これに対してボビー氏は30日に動画で声明を投稿し、政治家たちは、「自分たちが何に忠誠を誓っているのか」を「恥じ入るべきだ」と述べた。
同氏は「最初はニーキャップ、今度は自分たち2人だ」と語り、「言い方がどうであれ、罪のない人々の虐殺を止めようと訴えることは決して間違いではない。イスラエル市民に伝えたい。この怒りはあなたたちに向けられたものではない。政府が、軍への批判を国民への攻撃だと信じ込ませようとしても、惑わされないでほしい」と訴えた。
一方でイギリスの政治家に対しては、スターマー首相と保守党のケミ・ベイドノック党首の名を挙げ、「キアとケミとそのほかのみんなは、またあとで」と述べた。
一方のニーキャップはここ数カ月、たびたび注目を集めているアイルランドのヒップホップグループ。最近では、メンバーのモ・カラ(本名:リアム・オグ・オ・ハネー)氏が昨年のライブで、テロ組織指定されているイエメンのヒズボラの旗を掲げたとして訴追された。オ・ハネー氏は容疑を否認している。
今回のグラストンベリー・フェスティバルでは、BBCは「中立性に関する編集上の懸念」から、ニーキャップのステージを生中継しなかった。ただし29日には、一部編集を加えた上で「BBC iPlayer」での配信を開始したことを明らかにしている。
BBCは配信映像について、「編集ガイドラインに沿う形で、芸術表現の範囲内に収まるよう」編集したと説明し、強い表現が含まれる箇所には「適切な警告」を表示したとしている。
現地警察が刑事捜査を開始
両グループのパフォーマンスを受けて、グラストンベリー・フェスティバルが開催されたエイヴォン・アンド・サマセットの警察は30日、事件捜査を開始したと発表した。
同警察は、両アーティストの発言が犯罪に該当する可能性があるとして、映像を精査した上で上級捜査官を捜査担当にしたと説明している。
警察は声明の中で「現在のところ、公共の秩序に関する事案として記録しており、捜査は初期段階にある」と述べている。
警察は、ボブ・ヴィランとニーキャップの公演のどの部分が捜査対象となるかについて、具体的に述べていない。
一方、ロンドン警視庁は29日、4月に拡散されたニーキャップの映像に関する捜査について、起訴を見送る方針を明らかにした。この映像には、ニーキャップのメンバーが、イギリス議員に対する殺害を呼びかけるような発言をしている様子が映っていた。
警察は、「捜査の過程で複数の犯罪の可能性を検討したが、映像の内容が警察の注意を引いた時点で、事件から相当の時間が経過しており、略式起訴のみが可能となり得る事案については法定時効を過ぎていた」と説明している。
(英語記事 Starmer criticises 'appalling' Bob Vylan IDF chants/Police launch criminal investigation into Bob Vylan and Kneecap Glastonbury sets/Bob Vylan coverage should have been pulled, BBC says)