
タイ憲法裁判所は1日、ペートンタン・シナワット首相に対し、一時的な職務停止を命じた。ペートンタン首相をめぐっては先に、カンボジアのフン・セン前首相との電話での会話が流出し、辞任を求める圧力が高まっていた。
問題となった電話の音声では、ペートンタン氏がフン・セン氏を「おじさん」と呼び、タイ軍の司令官を批判していた。この発言が国民の怒りを招き、首相の解任を求める請願が提出された。憲法裁は現在、この請願を審理している。
このまま失職となれば、ペートンタン氏は、過去20年にわたりタイ政界を支配してきたシナワット家の中で、任期途中で権力を失う3人目の政治家となる可能性がある。
与党連立政権は、2週間前に保守系の主要政党が離脱したことで、すでに過半数ぎりぎりの不安定な状態にある。
憲法裁は今回、首相の職務を一時停止する決定を、7対2の賛成多数で下した。請願の審理にあたり、ペートンタン氏は今後15日以内に弁明を提出するよう求められている。
首相の職務停止中は、副首相が首相代行として国政を担う。一方でペートンタン氏は、憲法裁の今回の決定に先だって承認された内閣改造により、新たに任命された文化相として、引き続き政府にとどまる。
「国のためだった」と釈明
問題の電話では、両国の国境での衝突について話し合われた。タイとカンボジアの関係は現在、過去10年以上で最も悪い状態にある。5月に国境地帯で起きた衝突でカンボジア兵が死亡したことをきっかけに、緊張関係は一気に高まった。
今回の音声流出は、保守系議員の間で特に強い反発を招いた。議員らは、ペートンタン氏がフン・セン氏に迎合し、タイ軍の権威を損なったと非難している。
ペートンタン氏は1日、あらためて謝罪の意を表明し、フン・セン氏との電話会談は「100%以上、国のためだった」と強調した。
また、「私利私欲のために行ったのではない。混乱や衝突、そして命の損失を避けることだけを考えていた」と釈明した。
「もし注意深く音声を聞けば、私に悪意がなかったことが分かるはずだ。私はこの点について丁寧に説明することに時間を費やすつもりだ」
解任が決まった場合、昨年8月以降で政権の座を追われる与党・タイ貢献党の首相は2人目となる。前任のセター・タウィーシン氏は、閣僚任命に関する規定違反で憲法裁判所により解任された。その数日後に、ペートンタン氏が首相に就任した。
ペートンタン氏は、タクシン・シナワット元首相の娘。また、おばのインラック・シナワット元首相に次ぐタイ2人目の女性首相で、10カ月前に就任したばかり。
経済再建に苦戦する中、ペートンタン氏の支持率は急落しており、先週末には9.2%と、3月時点の30.9%から大きく下がった。
タイ憲法裁の権限
今回の決定は、タイの憲法裁が持つ、政権を左右するほどの強大な権限をあらためて浮き彫りにした。この権限が、政敵を狙い撃ちする「武器」として使われているとの批判も出ている。
憲法裁は2006年以降、34の政党を解党させており、その中には2023年の総選挙で最多議席と得票数を獲得しながらも、政権樹立を阻まれた民主派の「前進党」も含まれている。
ウボンラチャタニ大学で政治学講師を務めるティティポン・パクディーワニット氏は、「これはタイ政治における一つのパターンとなっており(中略)タイの政治文化の一部になってしまっている。しかし、本来あるべき政治プロセスとは言えない」と述べた。
「裁判所による職務停止は本来あってはならないことだが、今回の音声流出は、首相が本当に国益を守っていたのかという疑念を国民に抱かせたため、多くの人が正当性を感じているとみられる」
タクシン元首相の裁判も開始
憲法裁による決定は、ペートンタン氏の父であり、政権の実質的な後ろ盾とされるタクシン氏が、自身の政治的問題に直面している中で下された。
タクシン氏は、9年前の韓国の新聞とのインタビューに関連して、タイ王室に対する不敬罪で起訴されており、1日に初公判が開かれた。
15年間の亡命生活を経て、昨年8月にタイに帰国したタクシン氏は、同国の悪名高い不敬罪で起訴された中で最も注目を集める人物となっている。
タクシン氏の帰国は、タイ貢献党と、かつての保守系政敵との間で成立した大規模な妥協の一環とされている。
その中には、二つのシナワット政権をクーデターで打倒した軍や、王室に近い勢力も含まれている。