2025年7月13日(日)

BBC News

2025年7月3日

スターマー英首相が代表質問に答える間、後ろで涙を流し続けたリーヴス財務相(2日、イギリス下院)

ブライアン・ウィーラー、サム・フランシス 政治担当記者

イギリス下院が福祉給付制度改革法案を75票差で可決した翌日の2日、毎週恒例の「首相への質問(PMQ」の時間に、キア・スターマー首相の後ろに座っていたレイチェル・リーヴス財務相が涙を流し続けていたことから、最大野党・保守党のケイ・ベイドノック党首が、財務相は「本当にみじめそうに」見えるなどと政権をしきりに攻撃した。この光景は、金融市場にも影響した。

PMQが終わると、リーヴス氏は妹で政府の無任所相(閣外相)を務めるエリー・リーヴス氏に伴われて、議場を後にした。リーヴス財務相の報道官はこの後、「個人的な事柄」を抱えていたのだとコメントした。

スターマー首相はこの後、BBCに対して、リーヴス氏の涙は「政治と何も関係ない」と述べ、「彼女にとって個人的な事柄だった。それを説明して彼女のプライバシーを侵害するつもりはない」と話した。

首相はさらに、財務相は「次の総選挙へ向けて、そしてその後も何年も」財務相を続けると強調。リーヴス氏と自分は「足並みをそろえて」仕事をしており、同氏は「財務相として素晴らしい働きぶりだ」と述べた。

政府が、福祉制度の維持を強く求める与党・労働党内の造反を受けて福祉改革法案を大幅に修正したことから、リーヴス財務相が推進してきた財政改革の実現が厳しくなったとの見方がある。このため、財務相の涙はそれに関係するのではないかと取りざたされている。

政府は先週の時点ですでに、低所得者向け給付制度「ユニバーサル・クレジット」の削減を一部撤回したほか、現在の個人独立支援手当(PIP)の受給者に対しては現行の支給額を維持する方針を示していた。

しかし、一部の労働党議員はなお、PIPの新たな受給基準が、見直しの提言が実施される前に導入されないかと懸念していた。

金融市場に影響

涙をぬぐうリーヴス財務相を前に、保守党のベイドノック党首は首相への質問で、政府の福祉政策の方針転換を厳しく批判。「首相の無能」を補う財源を確保するため、財務相は税金の引き上げを余儀なくされるだろうし、果たして次の総選挙まで財務相の職にとどまるのだろうかとも攻撃した。

ベイドノック氏は財務相を指して、「本当にみじめそうに見える」と主張し、スターマー氏に向かっては、「労働党議員たちは財務相はもうおしまいだと公言しているし、首相の無能をかばう人間の盾になっているというのが現実だ」と述べた。

スターマー氏はこれに対し、「どの首相や財務相もこの場に立ちながら、将来の予算を決めたりしない」と述べ、ベイドノック氏の質問には直接答えなかった。そのうえで、福祉改革法案がより多くの人々を就労に導くと主張し、そもそも自分たちの政権が解消しようとしている諸問題は、長年の保守党政権がもたらした「停滞」策が作り出したものだと逆に批判した。

リーヴス財務相は首相の質疑中、後ろで涙をぬぐっていた。この異例の光景に金融市場は動揺し、ポンドがドルに対して1%下落し、ほかの主要通貨に対しても下がった。英国債の利回りは上昇し、英FTSE100種よりイギリス政府の政策に影響を受けやすいFTSE250種総合株価指数は、1.34%低下してこの日の取引を終えた。

議会内では、財務相がサー・リンジー・ホイル下院議長と口論した結果、動揺したとの見方が広がっている。

複数の議員が、首相質問前の会合で、議長がリーヴス氏にきつい口調を使ったと話している。

2日の財務相への質疑中にホイル議長がリーヴス氏に、簡潔に答弁するようと求めたことが発端とされるものの、BBCが取材した関係者の中に、その場面を直接目撃したという人はいなかった。

財務省の大臣官房と議長の事務所は、コメントを控えている。

Uターンと党内造反の後

英民放ITVのインタビューで、ウェズ・ストリーティング保健相は「政治家も人間で、ほかの人たちと同じように生活があることを忘れがちだ」と述べた。

一方、ベイドノック保守党党首の報道官は「個人的な問題という説明では不十分だ。通常はその内容を明かすものだ」と述べた。

保守党のロバート・ジェンリック影の法務相はSNS上の動画で「財務相のキャリアは終わった」と発言し、「恥ずかしい」Uターンを理由に辞任すべきだと主張した。ただしその後、「もちろん、リーヴス氏の個人的な問題が解決することを願っている。誰かが動揺している姿を見るのは、決して気持ちの良いものではない。首相はPMQで彼女を支えることもできたのに、見捨てた」とも述べた。

ジェンリック氏はまた、政府の支出管理能力に対する市場の信頼が失われた結果、借り入れコストが急騰し、ポンドが下落したと指摘した。

野党・スコットランド国民党(SNP)のスティーヴン・フリン下院院内総務は、「ほとんどの議員と同じように、なぜ財務相が議場で動揺していたのか私は知らないが、大丈夫であってほしい」と述べ、「誰かが苦しんでいる姿を見るのは常につらい。大丈夫であってほしいと、みんな願っている」と話した。

【解説】政治家も人間だ、しかし……クリス・メイソン、ジョー・パイク、ヘンリー・ゼフマン

政治というのは、極めて露出度の高い商売だ

選挙に立候補するという崇高な行為を経て、幸運な一部の人間が国内最高位の公職に就く。それには当然ながら衆人環視が伴い、厳しい問いかけもされる。

スターマー政権の福祉給付制度改革案が大々的に後退したことで、リーヴス財務相に対する問いは一層厳しさを増している。これは紛れもなく、事実だ。

その一方で、政治家もまた一人の人間で、プライベートであるべき出来事が、その時の感情に影響を与えることもある。しかし、そうした感情を隠す余地はほとんどない。

財務相はこのことを、2日の首相質問時間に否応なく知ることとなった。

下院の記者席からは、リーヴス氏の頬を涙が伝う様子がはっきりと見えた。1、2分ではなく、質疑の30分間を通して財務相は涙を流し続けた。リーヴス氏はスターマー首相の隣に座りながら涙を流していたが、首相はそのことに全く気づいていなかった。

質疑終了後、側近が首相に「財務相の様子を確認した方がよい」と助言したが、スターマー氏は「答弁に集中していて気づかなかった」と困惑していたという。

リーヴス氏の近くに座っていた他の閣僚も、涙に気づかなかったとBBCに話している。「何か変だなど、まったく気づかなかった」と述べた。

一方、財務相の正面に座っていた野党の保守党議員らは、リーヴス氏が長いこと泣いている様子を目撃していた。

「見ていてつらかった」と保守党の影の閣僚の一人は述べた。

質疑終了後、リーヴス氏は妹で労働党の閣外相でもあるエリー・リーヴス氏と一緒に議場を後にした。

財務省の大臣官房は「個人的な事情が原因」と説明したが、それだけではないと複数の閣僚が指摘している。

政権幹部の一人は「首相質問時間の直前にホイル下院議長と口論になった」のだと証言。「言い争いの末、議長が謝罪したようだ」と述べた。別の閣僚も「議長との衝突が主な原因だ」とし、「彼女は大きなプレッシャーにさらされているが、周囲には頼れる女性たちがいる」と語った。

さらに別の閣僚は「彼女はまったく大丈夫だ。本人のオフィスで先ほど話したが、元気だった。心配はいらない」と強調した。一方で、別の閣僚は「こんな光景は見たことがない」と述べた。

目撃者の一人によると、リーヴス氏は通常より早く議場に入り、ホイル議長に呼び止められた。議長はいら立った様子で話し続け、リーヴス氏が席に戻ろうとした際も会話を止めなかったという。

「明らかに議長は、やりすぎだった」とこの人は話した。それから約1分後に議長が「すまなかった」という意味のことを叫んだが、「それが引き金になった」のだと、目撃した人は言う。

リーヴス氏はこの時点で本会議場を離れ、しばらくして泣いていたような顔をして戻ったのだという。

議長の事務所はこの件についてコメントしていない。

人間的な観点から見れば、何が原因だったにしろ、首相質問時間の写真を見た誰もが同情するだろう。

保守党のベイドノック党首は、この出来事を利用して財務相の将来に疑問を投げかけた。これは、労働党内でも一部でささやかれていることだ。

スターマー首相は議会でベイドノック氏の質問に明確に答えなかった一方、1月に約束した「次の選挙までリーヴス氏を財務相に据える」との発言を繰り返さなかった。

部下の今後に関するこうした質問は、リーダーにとっては対応が難しい。回答を避ければ、部下を全面的に後押ししていないかのように見える。支持するという発言を繰り返せば、「苦境に立つ財務相を首相は支持せざるを得なかった」などと書き立てられてしまう。

首相はこの後、リーヴス氏はこのまま財務相としてとどまるのだと、はっきり強調した。

首相はさらに、BBCのポッドキャスト番組のインタビューで、カメラの前で、福祉給付改革での方針転換が涙の原因だなだとという意見は「間違っている」と述べた。

スターマー首相は、リーヴス氏の涙は「政治と何も関係ない」と述べ、「彼女にとって個人的な事柄だった。それをあなたに話して、彼女のプライバシーに踏み込むつもりはない」と話した。

もちろん、意味合いや深刻度のさまざまな複数の要因が、私たちに感情に影響を与えることは誰にでもある。そして、財務相としての仕事の上の重圧は計り知れない。

主な政治家ほど世間の目にさらされ続ける人は、あまりいない。なので、リーヴス氏はあの様子であの場にいて、厳しい問いかけにさらされているし、仮にたとえ彼女が議場に姿を見せなかったとしても、厳しい質問は避けられなかっただろう。

今回の異例の出来事の背景が何であれ、全体状況ははるかに重要だ。

労働党の再建と昨年の総選挙での勝利を達成した、その中心にいたのは、スターマー首相とリーヴス財務相だ。この二人の「二頭体制」は今後数カ月のうちに、方向性と自信、そして統率力を示し、態勢を立て直さなくてはならない。それができなければ、二人への疑問はさらに強まる。それぞれについても、そして、両者についても。

(英語記事 Rachel Reeves doing excellent job, PM tells BBC after Commons tears / Reeves' tears raise big questions at top of Labour / Borrowing costs jump and pound falls on Chancellor's tears

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/ckgdy0j0l78o


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