一方で羽生はSPの舞台でさいなまれた不運も受け入れただけでなく、さらには前日練習で患った右足首捻挫のハンディをも乗り越え、終始冷静さを貫きフリーの演技で4Aの壁に立ち向かった。たとえ成功しなくても、それは大きな問題ではない。厳しい境遇に陥った中でも失敗を恐れず、凛とした姿を保ち続けて限界を打ち破ろうとしたことが世界から賛辞を贈られているのである。
北京五輪で金メダルに輝くことはできなかったが、羽生はやはり「王者」「スーパースター」の称号にふさわしい偉大な選手であると実感させられた。
会見での〝告白〟の意味するところは
これだけ注目を浴びると、どうしても粗を探そうとする動きが現れてくるのもスーパースターの宿命だ。
フィギュアスケート男子シングルを4位で終え、今月14日に記者会見を行うと一部から「大会期間中にもかかわらず金メダルを獲っていない選手がなぜ個別会見を行うのか」などと批判の声も沸き起こった。しかしながら実は一夜明け、取材を依頼したのは日本のマスコミ各社だけでなく、世界各国の主要メディアからも羽生への取材申請が殺到した背景があり、それに対応する意味で代表選手を管轄する日本オリンピック委員会(JOC)側が急遽セッティングしたというのが、この個別会見実施の流れである。
メディア側の要望に対して早急に応じた羽生の「実直」な姿勢にはむしろ拍手が送られて然るべきであり、どちらかといえば批判は的外れであろう。
この会見では前記した通り、フリーの前日練習で右足首を捻挫し、当日朝の公式練習では余りの激痛で出場を悩んだものの、痛み止めの注射を打って強行出場を決めたことを明かした。「今回、これを言うことが正しいか分からないですし、言い訳くさくなって、色々言われるのもやだなって。平昌の時もそうですけど、何か言ったら嫌われるというか。怖い気持ちもあるんですけど、事実なんで」と自ら切り出した後「思ったよりひどくて、普通の試合なら完全に棄権してた。今も安静にしてないといけない」などと口にした。
言わないほうが、良かった――。世の中の論調を見る限り、今でも多くの人がそのように思っているようだ。それでも羽生は批判や異論と向き合う覚悟を固めて「事実なんで」と言い切り、実は〝重症〟の怪我を抱え込んで大一番に臨んだことを明かした。今までの羽生が作り上げてきたイメージとはかけ離れているかのような言動に違和感を覚えている人が多いのかもしれないが、もともと「実直」な彼だからこそ包み隠さずストレートに悔しい胸の内をさらけ出したのであろう。
多くの人たちは国民栄誉賞も受賞した羽生結弦に完璧な人間であることを求めている。「実直」な羽生は、ずっとその期待に応え続けてきた。
とはいえ、彼も1人の人間だ。心底悔しくて、真実を言わずにいられなくなる時だってある。そう考えれば、あの会見は羽生が素の自分と本心をむき出しにしたところを「実直」に垣間見せた貴重な場面だったと解釈している。