2025年10月21日(火)

プーチンのロシア

2025年10月2日

夏休みの読書があだに

 そんな取り調べが、2~3時間続いただろうか。まだロシアに入国できていなかったので、スーツケースも受け取っていなかった。国境警備局の職員に付き添われ、パスポートコントロールのゲートを仮に越えて手荷物受取所に行くと、筆者のスーツケース1つがターンテーブルの上を寂しく周り続けていた。

 スーツケースを引きずって、取調室に戻り、今度はスーツケースも開けさせられ、全アイテムのチェックである。ここで、またしても痛恨の事態が。

 今回のロシア渡航は、仕事ではなく夏休みの私的旅行なので、読書をしながら旅をしようと考えた。そこで、手元にはあったが、時間がなくてまだ読めていなかった新書を何冊か選び、旅のお供に連れていったのである。これがまずかった。

 係官のスマホには、画像から文字認識し即座にロシア語に翻訳するアプリが入っており、新書には『北極海 ―世界争奪戦が始まった』、『ロシアから見える世界 ―なぜプーチンを止められないのか』、『世界を変えたスパイたち ―ソ連崩壊とプーチン報復の真相』、『軍艦進化論 ―ペリー黒船艦隊からウクライナ戦争無人艦隊まで』といった少々機微な内容のものが含まれていた。

 「やはりお前はスパイか?」、「軍需産業のことを調べているのだな?」、「この本にはナワリヌイやミサイルの写真が載っているではないか!」などと責められ、これまた大汗をかきながら弁明に追われることになった。

 なお、『世界を変えたスパイたち』については、同業者についての本であるからなのか、係官たちも興味深そうにしげしげと眺めていた。また、こちらが話題を振ったわけでもないのに、「我々がナワリヌイを暗殺したなどありえない」と否定していた。

 取調室には、証明写真機くらいの大きさの機械があり、それで前向き・横向きの写真を撮られるとともに、指紋・掌紋を魚拓のごとく念入りに採取された。自分が麻薬密売人か何かになった気分である。

 取り調べも、もう4時間以上に及んでいる。ここで席を外すよう指示され、その間、係官たちは、筆者の処遇に関し協議や連絡をしていたようである。この時点で、ロシア入国を半ば諦めていた。

さらに5時間をかけて調書を作成

 再度、係官に呼ばれ、今度は調書の作成が始まった。調書を担当するのは、強硬派ではなく柔軟派の係官だった。意外にも、柔軟派の係官は、「罪状」を並べ立てて入国拒否という結論を導くよりも、取り調べを「着地」させようとしている印象であり、活動履歴や所持品に関しても、当方の弁明を調書にそのまま書き込んでくれた。

 しかし、これまでの取り調べですでに散々述べてきたことを、繰り返し説明することを求められ、調書作成が長期化するにつれて、次第にうんざりしてきた。途中で係官が別の用事で呼び出され、その都度作業が中断したりして、非効率なことこの上ない。こちらがへとへとなのに、「クリル諸島は誰のものだ?」、「なぜ原爆を落とした米国に媚びへつらう?」などと挑発してくるのも、勘弁してほしかった。結局、その調書作成にも、5時間近くの時間を要したのだ。

 ちなみに、先方は意外とコンプライアンスには気を遣っているようであり、「別に拘束したりはしないので、心配しないように」という声掛けもあったし、何度か「食べ物、飲み物を用意しようか?」と打診もしてきた。また、スマホとパソコンの解除のためのパスワード提供を求めてきたのだが、「パスワードを書いた紙は後でシュレッダーにかける」と強調していた。

 さらに、調書を作成する際に、「最後の余白には、Zの文字を記入する。これは、これ以上の加筆や修正はできないという意味だ」と、書類の形式的合法性も重視している様子だった。なるほど、ロシアがウクライナ侵攻を「Z作戦」と呼んでいるのは、ロシアのナラティブへの上書きを一切許さないという意味なのだなと、妙に納得してしまった。

 最後に、柔軟派の係官は、「貴方は6年振りにロシアに来た。だから、今回は念入りに調べることになった。次回は、もっとスムーズだろう」と口にしていた。


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