永遠の聖地 伊勢神宮――平成二五年、式年遷宮へ
千種清美 著
平成25年に迫る「式年遷宮」。社殿をまったく同じ形のままに新しく建て替え、神様にお遷りいただく、日本最大かつ最高のお祭りです。
この式年遷宮、そして日本人の心のふるさとである伊勢神宮について丁寧に、平易に解説。式年遷宮のガイドとして、国家の繁栄や国民の幸福のために1年に千数百回のお祭りを行う伊勢神宮の解説書として、また近年“日本一のパワースポット”として脚光を浴びる、“お伊勢さん”の謎を解き明かします。
◇A5版、216頁
◇定価1,470円(本体1,400円+税)
◇2010年8月20日発行
<著者プロフィール>
千種清美(ちくさ・きよみ)
フリーライター、皇學館大学非常勤講師。実践女子大学卒業後、NHK津放送局アシスタント、三重の地域誌『伊勢志摩』編集長を経て独立。三重の地から全国に情報発信を続ける。皇學館大学では「伊勢学」「表現演習」を担当。著書に『伊勢を歩く』(近畿日本ツーリスト出版センター)など。日本マス・コミュニケーション学会会員
遥か昔、大和の国が日本の中心だった古代にあっては、太陽の昇る地、それが伊勢の国でした。
――この神風の伊勢の国は、常世(とこよ)の浪の重浪(しきなみ)よする国なり、傍国(かたくに)のうまし国なり。この国に居らむとおもふ。(伊勢の国は、理想郷からの波が打ち寄せる豊かな地であるから、そこにいたいのだ[と、天照大神(あまてらすおおみかみ)がおっしゃった])―『日本書紀』巻第六
大和から東へ。峠をいくつも越えると、のびやかな緑の大地が広がります。ゆったりと流れる川、その先に広がる大海原。四方を山に囲まれた大和の人々にとって伊勢の海は、豊穣と永遠のシンボルとしてまばゆく映ったに違いありません。そんな憧れの地、伊勢に、日本人の祖先につながる太陽神、天照大神はまつられたのでした。
伊勢神宮の鎮座については、大和王権の東国平定への拠点作りなど諸説があります。なかでも倭姫命(やまとひめのみこと)が天照大神をまつる聖地を求めて、近畿地方を巡ったという伝承が数多く残っています。
倭姫命は、神武天皇から数えて第一一代の垂仁(すいにん)天皇の娘。『日本書紀』や『古事記』には、甥の倭建命(やまとたけるのみこと・日本武尊)が東国平定に出かける際、三種の神器の一つである草薙剣(くさなぎのつるぎ)を授けるという場面で登場します。勇猛果敢な行動をとる倭建命、優しくも強い精神力をもつ倭姫命。ヤマトの名を冠した男と女に古代の人々にとっての理想像を見る思いがします。
聖地を求めて大和からまず北上し、伊賀、近江、美濃、尾張を巡りそして南下して伊勢へ。倭姫命の旅は各地で数年ずつ天照大神をまつりながらゆっくりと進みます。姫が巡った地のほとんどは、のどかな田園地帯に鎮守の森が茂る、どこか懐かしい風景が広がっていました。そして、地名や神社の由緒には倭姫命の足跡がしっかりと残されていました。よほどの影響力だったのでしょう。倭姫命の旅については、大和の王権が保持していた稲作技術を各地に授けながら、その力を広めていった側面もあったといわれています。
そして、倭姫命は天照大神がふさわしいと選んだ伊勢の地に大神をまつったのでした。
天照大神が「常世の波の寄せる国」とおっしゃったように、伊勢志摩地方の海岸は東に開け、理想郷である常世があるとされた海の彼方から波が打ち寄せます。なかでも伊勢・二見浦(ふたみのうら)は古くから禊の浜として神聖視され、〝清渚(きよなぎさ)〞と呼ばれてきました。神道で身の穢れを祓うことは、目に見えない魂の穢れを祓うこと。神前で祈りを捧げるにはまず心身の清浄が必要なのでした。
二見浦は伊勢神宮の内宮を流れ出る五十鈴川(いすずがわ)の河口にあたり、倭姫命があまりに美しい景色を名残惜しいと、二度も返り見られたためにその名がついたともいわれます。弧を描く白砂青松の浜。夫婦のように二つの岩が並ぶ夫婦岩(めおといわ)は、実は沖合に沈む興玉神石(おきたましんせき)の「岩の鳥居」の役目をしています。神おわします浜辺はひとしお美しいのです。
伊勢には、「浜参宮(はまさんぐう)」という慣習があります。二〇年に一度の神さまのお引っ越し、式年遷宮に向けて社殿の造営用の御木を曳く伝統行事「御木曳(おきひき)」に奉仕する人々が二見浦に詣で、身を清める慣わしです。大事な行事を前にした伊勢の人々が潮を浴びて穢れを祓い、神さまにご奉仕するのです。
一年のうちで最も昼間が長い六月の夏至。二見浦の夫婦岩は初日の出の遙拝所として知られていますが、二つの岩の間から太陽が昇るのは正月ではなく、夏至の頃であることをご存じでしょうか。
ゆっくりと、まるで海から生まれ出るように夏至の太陽は昇ります。力強く輝く太陽は、空を、海を金色に染めて……。水平線の彼方からは、金色の波が後から後から打ち寄せます。ああ、これこそが「常世からの波」か、天照大神が伊勢にお鎮まりになったのはこの神々しい光景があったからこそ、と思わせるほどです。太陽神の天照大神は、また「海照らす」神ともいえましょう。
伊勢では不思議と夏至の日の朝は雨が降らないといいます。これも太陽神が選んだ土地だからにちがいありません。
(続きは本書でお読み下さい)
<目次>
序/田中恆清(神社本庁総長・伊勢神宮式年遷宮広報本部長)
第一章 神宮のことがたり————永遠のシステムとは
常世の波の寄せる国へ/明日の宮柱を育む森/素木の社殿、唯一神明造/古代日本の形と心を伝える/宮が遷る、神さまが遷る/継承へ、苦難の道のり/日本人の旅の原点、伊勢参宮/引き継がれる手わざ、敬う心/外宮――神さまの食を司る/実りの季、祈りの時/神に斎く人、伊勢の斎王
第二章 神宮のみやがたり——別宮と御料地を訪ねて
“大神の遥宮”瀧原宮/二つの“ツキヨミ”の宮/“和”の正宮と“荒”の別宮/豊作・豊漁を願う「御田植祭」/神饌に伝わる「のし」の原形/自然の循環で生まれる“御塩”/瑞穂の国の実り、神宮神田/神さまの「和妙」と「荒妙」/“太一御用”の幟、清々しく/神さまの農園、神宮御園/神饌と祈りを支える土の器
<写真>別宮と御料地
第三章 神宮のひとがたり――その思いは熱く、深く
うるわしく神をお祭りするために(神宮少宮司 髙城治延さん)/大神のために米を作る(神宮神田作長 山口 剛さん)/古代の美と精神を今に、御装束神宝(神宮式年造営庁神宝装束課長 采野武朗さん)/二〇〇年の計“大御神の山”を守る(神宮司廳営林部技師 村瀬昌之さん)/無我の境地で、神前に舞う(神宮楽師 古森徹)/徴古館開館一〇〇年の役割(神宮徴古館・農業館学芸員 深田一郎さん)/神領の民として、奉仕させていただく(伊勢商工会議所副会頭 堀山﨑萱二さん)/平成の御師でありたい(伊勢神宮崇敬会総務部長 辻博之さん)/先代から預かったものを次代へ渡す(伊勢神宮奉仕会青年部長 中村基記さん)/若い世代へ、世界へ(伊勢神宮式年遷宮広報本部本部長 田中恆清さん)
<写真>第62回式年遷宮関連祭事、儀式ほか
第四章 永遠への掛け橋――式年遷宮行事始まる
厳かな祈りの時、山口祭、木本祭[山口祭(内宮・外宮)、木本祭(内宮)平成17年5月2日]/木曾の山に槌音高く、木の祭り[御杣始祭(長野県上松町)平成17年6月3日、裏木曾伐採式(岐阜県中津川市)6月5日]/木曾から伊勢へ、ご神木のリレー[御樋代木奉曳式(内宮)平成17年6月9日、(下宮)10日]/神さまの木を曳く、御木曳[御木曳行事(伊勢市)平成18・19年]/新宮地を和め、鎮める地祭[鎮地祭(内宮・外宮)平成20年4月25日]/未来へ、新しい橋を渡り初む[宇治橋渡始式(内宮宇治橋)平成21年11月3日]
あとがき――御白石持始まる/付録 第六二回式年遷宮主要諸祭と行事の予定一覧、一年間の主な恒例祭典と行事一覧、伊勢神宮宮域図、周辺図、伊勢広域図


