<立ち読み>
誰がどこで気づいてもいいように、気づきを促すように、たくさんの仕掛けをしていくのは学校側の務めだと、佐藤(校長)は言う。
「子どもたちはやればできるんです。それをいかにやる気にさせるか。教育の一番の難しさはそこです。本人がやる気になってくれるように、ギアチェンジをどうするか。それが先生方のテクニックです。
ギアチェンジと言っても、テクニックは共通ではありません。生徒一人ひとりに対してみな違う。その子に合ったギアチェンジをしていく必要があります。たとえば、一斉に話をしても、そこで気づいてギアチェンジできる子もいますが、逆の方向に行ってしまう子もいる。
注意するにしても、叱るにしても、作戦を持ってやらなければいけない。教える側が自分の感情のままぶつけていたら、絶対にいい効果は出ません。作戦を持たなければプロとは言えないんですよ。
生徒に向かっているとき、我々は真剣勝負です。自分たちが発する一言一言は、まちがいなく生徒に突き刺さっていく。そこを計算しながらできるような教員であってほしいと思います」
佐藤は長年の教員としての体験から、詰め込み教育――和田が言うところの知識だけを教える教育――では限界があることがわかっていた。そこから一歩踏み出し、生徒のやる気を引き出せれば、必ず伸びていくという確信もあった。YSFHでは、サイエンスリテラシーでその仕組みがしっかり構築されている。あとは基本的な学力をしっかり身につければいい。
そこで佐藤は、校長として生徒たちへのプレゼントを考えた。毎朝、始業前に自習用のプリント教材を配るのだ。専門の数学だけでなく、英語のオリジナルのプリントを200枚以上作り、毎朝これを配り続けた。
「1日1枚、生徒たちに配っていたんです。でも、プレッシャーになってしまったので1年間でやめました。生徒たちに食らいついてきてほしいと思っていましたが、時期が早すぎたのと、やることが多すぎて、精神的にもつらくなってしまったようです。1期生ということで意気込みだけはあったんだけどね」
結果は残念だが、現実を見据える人らしく、素早い決断が潔い。チャレンジすることは大事だが、ひきずらず撤退することもそれ以上に重要だ。
「勉強なんて深刻に受け止めたらダメなんだよ。楽しい! おもしろい! そんなふうにスポーツ感覚でできたら、一番子どもたちの頭にスーッと入っていくんだ。『これから数学だ』とか『英語をやらなくちゃ』と身構えるから、つらくなる。ただ、このプリントで生徒たちの感触もつかめた。生徒にとっても勉強の動機づけにはなったんじゃないかな。彼らがどう思ったかは、卒業したときにゆっくり聞いてみたいけどね」
3年間という限られた時間しかないからこそ、先生も本気で試行錯誤する。 ──本文より
(続きは本書でお読み下さい)
<目次>
第1章 サイエンスに特化した高校をつくろう──YSFHの誕生
我ら「知の開拓者」
第2集団ではなくトップを目指す
校長はこの人しかいない
1万人が集まった学校説明会 など
第2章 サイエンスはすべての考え方の基本──YSFHの教育理念
知識は教えない「和田サロン」
わからないことを怖れない
知識と知恵をぐるぐる回す
子どもはやればできる など
第3章 「なぜ?」を育むサイエンスリテラシー──YSFHの授業
「おじさん」が教える海洋生物学
サイエンスは対等だ
大学と高校の連携
外部講師に学ぶサイエンスリテラシーⅠ など
第4章 社会が学校を育てる──YSFHの応援団
<東芝の場合>
照明のサイエンス
本質を見極めない限り発展はない
<日産の場合>
最先端技術、燃料電池車を知る
技術を継続していってほしい など
第5章 サイエンスを学ぶのは私たち──YSFHの生徒たち
生徒たちのリアルな日常
チャイムのない学校
みんな自分の世界を持っている
文武両道のほうがうまくいく など
座談会 自分の居場所がある学校 ──保護者に聞く