老舗の京野菜歳時記
下鴨茶寮女将　佐治八重子　著

「取り合わせ。それが、命なの」
絵筆を手にした姉の政子の口癖。異質のものを取り合わせ、
組み合わせて工夫していると、突然に新しい世界が開けてくることがある。
絵画の配色だけではない。料理や執筆にも、
そういった創造の喜びがあるというのだ。
洛東の聖護院は、江戸期に御所が焼けたあと、仮御所にもなった名刹。
寺域の周りの聖護院村は、いろいろな京野菜の主産地だった。
いまは丹波や湖国に産地が移った聖護院蕪もそのひとつ。
底の部分が平らな、近江の「すわり蕪」の種を持ち帰って、
大きくて丸く、肉質が締まって、
甘みと香りをたたえた品種に改良したという。
慶応年間、この蕪を薄く輪切りにして漬け込んだ
「清楚淡泊。滋味、芳香に富む」千枚漬が誕生。蕪に、壬生菜と昆布、
それに赤い鷹の爪をあしらった。
色彩と味覚において、
絶品の漬物に作り上げた京の知恵が圧巻。
壬生菜の緑が、純白の蕪に映えて白砂青松の趣。海辺の砂浜を背景に、
松原の広がる景色を連想させる爽快感。それに、
昆布は荒々しい北海育ち。蕪は里の食材。
海彦山彦の取り合わせが新たな美味の世界を現出する。
底冷えの頃、扇の半開き状に切った千枚漬をお膳に見ると、
「取り合わせ、取り合わせ」といいながら、
カンバスに向かっていた姉の姿を思い出す。
──「秋・聖護院蕪」より

──本文より

（続きは本書でお読み下さい）

＜目次＞

下鴨茶寮について

春／節分、雛祭りの茶会、塚原筍、宇治蕗、もぎ茄子、桂瓜、聖護院胡瓜、葵祭、糺の森

夏／万願寺唐辛子、蓴菜、賀茂茄子、田中唐辛子、鹿ヶ谷南瓜、三尺ささげ、祇園祭は鱧祭り、白い大文字

秋／京松茸、京芹、酸茎菜、舞鶴蕪、秋の収穫、聖護院蕪、水菜、菊づくし、松茸、名残の紅葉

冬／顔見世、京柚子、堀川牛蒡、海老芋、京人参、九条葱、郡大根、おせち料理、お屠蘇、雑煮、初釜　

エッセイ「京の化身のような」内館牧子　

女将の仕事 ～京野菜へのこだわり