伊勢・熊野路を歩く
―癒しと御利益の聖地巡り
森本剛史、山野肆朗 著
“日本の旅”の源流を辿る
日本全体の鎮守として崇敬され続けてきた伊勢の神宮。元々は皇室の氏神として祀られていましたが、中世には武士の、近世にはお陰参りに象徴されるように、農民や町人まで広く民衆の信心の拠り所となってきました。
かたや熊野は熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)を核として、太古の昔の自然信仰に始まり、仏教伝来後は神仏習合を経て修験の道場、あるいは浄土信仰・観音信仰の聖地として、常に人々の信心を集めてきました。
近世になると、伊勢神宮に詣でた後、西国三十三ヵ所観音巡礼の一番札所である那智大社の如意輪観音堂(明治の神仏分離以降、現在は青岸渡寺)を目指し、伊勢路を南下する巡礼者が増加しました。観音信仰(西国三十三ヵ所観音巡礼)をクランクに、伊勢神宮参拝と熊野詣をセットにした現世利益を求める旅や、聖地巡礼を方便とする物見遊山の旅が庶民の間に広まってきたのでしょう。
そうした近世の旅人にならった、伊勢神宮から熊野三山を経て田辺市へと巡る旅=世界遺産にも登録されている熊野古道(伊勢路・中辺路)を辿る旅を、現代の旅人のために案内します。
近世に確立したこの“日本の旅”の源流を辿ることで、日本人の祈りの源に触れ、大自然の中で癒し(=心身浄化)を体験できるでしょう。
<書籍データ>
◇A5判並製・160頁
◇定価:本体1,800円+税
◇2008年8月29日発売
◇ISBN: 978-4-86310-030-5
<著者プロフィール>
森本剛史(もりもと・たけし)
トラベルライター。旅行ガイドブックや雑誌に記事、写真を掲載。訪れた国は100カ国、執筆した旅行ガイドブックは20タイトルに及ぶ。和歌山県観光大使として郷土の魅力の紹介に努めている。
山野肆朗(やまの・しろう)
エディター、ライター。歴史と旅と人をテーマに取材・執筆・撮影を続ける。制作に関わったガイドブックは、国内外合わせて18タイトル。企画・構成した書籍に『命のうたが聞こえる』(赤坂直彦著・実業之日本社刊)などがある。
伊勢・熊野路を歩く――癒しと御利益の聖地巡り
紀伊半島の東部、宮川が伊勢湾へ注ぐところに形成された平野に拓けた伊勢は、その穏やかで温暖な気候、明媚な風光、そして豊かな山海の幸に恵まれることから、古来「美し国」と讃えられてきた。鎮座する伊勢の神宮は、生きとし生けるものすべての生命の根源である太陽の神・天照大神と、農耕を始めとする産業全般の守護神・豊受大神を主祭神として仰ぎ、日本という国家の礎が築かれてより今日に至る長きに渡り、一貫して創建以来の伝統に従って奉祀され、我が国全体の鎮守として尊崇され続けている。
かたや紀伊半島の南端、急峻な山々が海岸線間近まで迫り幽寂たる森に抱かれた熊野は、人々に「隠国(死者が隠れるところ)」と称されてきた。この地は、原始的な自然崇拝に始まり、仏教などの外来宗教伝来後は修験の道場となり、あるいは神仏習合の考え方に基づき熊野三所権現を共通に祀る熊野三山(現在の熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)を成し、さらに浄土への往生が熱望された時代には那智山が補陀洛山=観音浄土と見なされ、やがて現世・来世の利益を説く観音信仰が広く浸透すると観音巡礼の霊場として栄えた。熊野には、時代の変遷に伴い新しい宗教も、思想も、欲求も、すべてを受け入れてきた神仏が座し、常に人々の祈りに応えてきたのだ。
ともに日本屈指の歴史とスケールを誇る聖地でありながら、伊勢と熊野は好対照をなす。どちらが尊いなどといった評価の問題ではなく、と前置きした上でいうなら、それはまさに、日本人の信仰の歴史を写したポジフィルムとネガフィルムにも例えられよう。
それぞれ独自の文脈で日本人の信仰の拠り所となってきた伊勢と熊野であるが、近世に至り庶民の巡礼旅行が盛んになると、この二大聖地を続けて回るルートが脚光を浴びる。
『北越雪譜』の著者として知られる江戸時代を代表する紀行作家・鈴木牧之も、「天照らす二タ柱の御神に詣で、はた三十三所の霊場へも歩をひろわん」と、寛政8(1796)年に故郷・越後を旅立っている。伊勢の神宮に参拝の後、紀伊半島を南下し西国三十三所観音巡礼の一番札所である那智の青岸渡寺に向かい、併せて熊野三山にも参詣、そして順次札所を巡り帰郷するというのが東国からの巡礼者が辿る1つのモデルコースとなっていたことは、牧之のみならず一般庶民の巡礼者が残した数々の道中記からも、想像に難くない。
本書では、そのような江戸時代の旅人に倣った伊勢・熊野の旅に出かけてみようと思う。現代に生きる我々にとって、件のポジフィルムとネガフィルムを重ね合わせるこの旅は、個々人のDNAの奥底に刻み込まれた魂の記憶を呼び覚ますことに他ならないだろう。 山野肆朗
(続きは本書でお読みください)
<目次>
旅の始めに
第一章 伊勢
・お伊勢さん
・神宮のお祭
・門前町・宇治、鳥居前町・山田
・近世日本屈指の歓楽街・古市
・商業都市・伊勢の顔、河崎
・伊勢名物・茶屋餅
・朝熊山、二見
・猿田彦神社
第二章 伊勢路
・田丸から奥伊勢へ
・ツヅラト峠、荷坂峠
・始神峠、馬越峠
・八鬼山を越え、賀田へ
・甫母峠から二木島、波田須、大泊へ
・泊観音・比音山清水寺
・松本峠
・浜街道
第三章 熊野
・熊野三山
・神倉神社
・熊野速玉神社
・阿須賀神社
・那智山信仰
・大門坂
・青岸渡寺
・補陀落山寺
・阿弥陀寺
・熊野本宮大社
・湯の峰温泉
・玉置神社
第四章 熊野路
・大雲取越え
・小雲取越え
・川の参詣道、熊野川
・中辺路
・大辺路
・小辺路と大峯奥駆け道
・あとがき
・旅の役立ち情報
※下記のサイトでこの本を購入することができます。