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語りだす奈良 118の物語
西山 厚 著

目次 立ち読み

 

昨年春まで、仏教美術の殿堂として知られる奈良国立博物館の学芸部長として、正倉院展をはじめ、多くの展覧会を運営してきた著者。奈良の寺社や伝統行事、宝物、それらを守り伝える人々と接するなかでみつけた奈良の魅力や、研究者として発見した心温まる歴史秘話などを、専門である仏教史を交えながら綴る、優しさあふれるエッセイ集です。
東大寺大仏は、聖武天皇の苦しみから生まれ、正倉院宝物は、光明皇后の悲しみから生まれました。苦しみや悲しみを大きなやすらぎに変えてきた奈良の物語は、物騒がしい現代日本にとって、振り返るべき大切なたからものといえるでしょう。
仏教研究に裏打ちされた豊かな知見を引き合いに出しながら、それでいて文体は易しく、語りかけるように奈良のすばらしさを物語ります。

<書籍データ>
◇四六判並製 371ページ
◇定価:本体1,500円+税
◇2015年10月20日発売
◇ISBN: 978-4-86310-153-1

<著者プロフィール>
西山 厚(にしやま・あつし)
帝塚山大学文学部文化創造学科教授。
徳島県鳴門市生まれの伊勢育ち。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。奈良国立博物館で学芸部長として「女性と仏教」など数々の特別展を企画。主な編著書に『仏教発見!』(講談社新書)、『僧侶の書』(至文堂)、『別冊太陽 東大寺』(平凡社)、『官能仏教』(角川書店)など。奈良と仏教をメインテーマとして、人物に焦点をあてながら、さまざまなメディアで、生きた言葉で語り、書く活動を続けている。昨年の春から、現職。
 

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<立ち読み>

 

「二月堂」より
千二百六十回目のお水取りが始まった。東大寺の二月堂でおこなわれる伝統行事。
奈良時代以来、一度の中断もないお水取りの、存続の最大の危機は、治承五年(一一八一)に訪れた。
前年の十二月二十八日、東大寺は平氏に焼き討ちされ、壊滅的な被害を受けた。山の上にある二月堂は助かったが、大仏殿は焼け落ち、大仏も溶けた。数々の法会はこのとき断絶し、お水取りも実施しないことになった。しかし、二月堂に籠もる練行衆(れんぎょうしゅう)の有志が反対した。
東大寺の執行部は言った。大仏は焼失、仏事は断絶、荘園は顚倒(てんとう)、寺は無きが如し。なぜお水取りだけやるのか。寺が復興した時にまた始めればよいではないか。
練行衆は言った。哀れなるかな、不退(ふたい)の行法(ぎょうぼう)、後年に修してなんの甲斐があろうか。後悔が残るだけだ。
結局、両者の溝は埋まることなく、お水取りの中止が決まった。
しかし、練行衆はあきらめない。それならば今年は寺とは関わりなく各自が相励もう。観音菩薩よ、納受したまへ。実忠和尚(お水取りの創始者)よ、加護したまへ。
「同心之輩」は十一人。リーダーの寛かんしゅう秀はすでに七十二歳になっていた。行法が始まる当日になって呼びかけに応じて新たに四人が加わり、十五人(寛秀、義慶、尋勝、明慶、浄秀、顕範、心均、顕珎、顕祐、重喜、景恵、義深、仁教、仁寛、仁弁)の合力で、この年のお水取りが始まった。二月堂のすぐ下にある湯屋は焼き討ちで失われており、十五人は氷を割って冷たい川の水を浴び、身を清めて二月堂に参籠した。
二月堂には大小二体の十一面観音、大観音(おおがんのん)と小観音(こがんのん)が安置されているが、観音さまにも絶体絶命の危機が訪れた。
寛文七年(一六六七)の行法の最中に二月堂は全焼した。明け方、行法を終えた練行衆が参籠所で休んでいると、二月堂の上に煙が立ち昇っているとの知らせが入る。堂どうつかさ司の実賢(じっけん)が急いで二月堂に入ってみると、すでに内陣は火の海だった。厨子(ずし)を押し破って小観音を取り出した実賢は、自分の袈裟で包んで堂外へ走り出た。
やがて二月堂は焼け落ちた。大観音は救い出せなかった。しかし、焼け跡へ行った人々は、そこに大観音が立っているのをみた。人々は大観音を拝し、さらに恐れたという。
大観音は今もその時の姿で再建された二月堂の内陣に立っている。観音菩薩に悔過(けか。おわび)をし、すべての衆生の幸せを祈るお水取り。焼けただれ、誰よりも傷ついている、大観音の幸せも祈りたい。
(二〇一一年三月二日)


 



<目次>

奈良のいいもの1 大仏さま、こんにちは
大仏さまにラブレター/大仏さまは音楽が好き/光明皇后を慕う/まだ終わらない/山添村のこどもたち/平城遷都1350年に向けて/薬師寺へ行くと/菜の花プロジェクト/仏像に会う/大仏さまに奉納する/危機を超えて

奈良のいいもの2 悲しみから立ち上がる
大地との絆/心を開く/桜をみる/救いとは何か/玄奘三蔵を慕う/なぜ?/六月に生まれて/海のある奈良/智者のふるまいをせず/沈黙する/花を投げる/らかんさんがそろたら

奈良のいいもの3 時を超える祈り
叡尊の祈り/大三角トレード/香を聞く、音を聞く/正倉院宝物の力/蘭奢待/久我高照門跡/若草中学校にて/また会える/祈る/どこかで春が/お水取り/思い出す/花会式の季節

奈良のいいもの4 先人たちの物語
こんな人がいた!/五月二日/貞慶展へ行こう!/第一幕の終わり/抱き合う仏さま/古事記を読む/がまんくらべ/おっぱい/もう、ある/重源の夢/源頼朝

奈良のいいもの5 あまねく、仏教愛
大仏と大仏/無初徳始/重い!/誰かが削った/ごめんなさい/フェノロサと奈良/だいじょうぶ/聖武天皇の字を書く/元興寺で豆をまく/二月十四日に思い出す/人間は、なぜ?/うれしそう/母と子/浄土を織る/十七年後/仏教に何ができるか/いのりの日々/から風呂

奈良のいいもの6 博物館の日々
国宝薬師寺展/言葉の力/観音さま/仏像模刻にかける/興福寺の仏頭/ビーバップ・ハイヒール/風が吹いた/やなせたかしさん/日曜美術館/古典の日フォーラム/岡倉天心/おん祭/奈良親子レスパイトハウス/奈良県立桜井高校/未来遺産運動/不退の行法/どんぐり/卒業

奈良のいいもの7 大和ごころのありか
文化創造学科/式年造替/璉珹寺/鎌倉の仏像/遣唐使に学ぶ/鑑真和上に会う/好胤さんの17回忌/大仏殿の瓦/華になる/仏教よもやま話/叡尊を慕う/聖地へのあこがれ/風月同天/国の華/釈迦念仏会/食べる/くっつく/春日曼荼羅/徳一菩薩/春日龍神/坊津へ/木作始/子どもたち/4種の風

奈良のいいもの8 共振
三碓小学校/高野山の開創/中将姫と練供養/談山能/鑑真和上への旅/奈良時代の福祉と医療/忍性菩薩/いのちの輝き/共振/高山寺/馬子、がんばる

おわりに

 

 

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