過激なバイオハッキングに警告も
バイオハッキングは、遺伝子編集技術の「クリスパー」が誕生したことで一気に加速する。詳細は割愛するが、この技術は近年登場したもので、非常に使いやすいと世界的に注目を浴びている。バイオハッカーたちは、専門技術に乏しい者も含めて、クリスパーを用いて自分たちの遺伝子を「編集」しようと身を乗り出している。
そのような事情もあり、手に磁石を埋め込み新たな感覚を味わうといった実践に加えて、遺伝子治療薬を自ら体内に打ち込む、という事例も生じている。例えば元NASAの科学者の男性は、筋肉の成長を促す遺伝子を自分に注射し、その模様をネット中継したことで話題を呼んだ(その結果については少々時間がかかることもあり、2018年5月末の時点で報告はない)。
また、バイオ企業「アセンダンス・バイオメディカル」のCEOであるアーロン・トレイウィック氏は、遺伝子治療を民主化すると述べて、同じく自社で作成したヘルペスを治療する遺伝子治療薬を自分に注射する模様をネット中継した。彼は正式な医学の訓練を受けておらず、他のバイオハッカーからも批判を浴びる人物であった(その後もがん等の治療を考えていたが、トレイウィック氏は2018年4月に28歳の若さで亡くなっている。なお彼の死に遺伝子治療薬が関係したという証拠はない)。
こうした実践は当然のことながら危険が伴う。医学的に認められていない方法で遺伝子に手を加えれば、対象以外の遺伝子の制御、発現に変化が生じる可能性があり、身体に何が起きるかわからない。また社会的には、遺伝子治療を名目とした詐欺も考えられるだろう。
このような過激なバイオハッキングに対し米食品医薬品局(FDA)は、遺伝子治療薬の販売にはFDAの許可が必要であり、大半のサービスを違法で危険であると、厳しい口調で非難する警告文を2017年に発表している。しかし現状では、自分自身を対象にしたバイオハッキングを法的に問うことは難しいという事情もあり、取り締まりは行われていない(同様に米遺伝子細胞治療学会も、無許可の遺伝子治療に対して警告を発している)。
規制か、権利か
前述のように、バイオハッキングは危険を伴うが故に、医療関係者などからも批判されている。読者の中には危険なのだから完全に規制すべきだと考える人もいるだろう。だがどのように規制したとしても、技術がある以上、一定程度の人々はこうした試みを続けることが予想される。そしてある程度の数の治療が成功すれば、副作用の問題を飛ばしてでも飛びつく人々が現れるだろう。
この問題に関しては専門家たちによる適切な規制やガイドラインが求められているが、個人や民間企業が行うバイオハッキングをどのように捉える必要があるか。以下この問題を考える上でいくつかの論点を提出し、バイオハッキングにおける規制と権利の関係を考えてみたい。