同様に、人々は会話する中で自分の好みを発見することが可能となる。堀内・吉岡によれば、旅行を申し込んだユーザーの4割が、店頭で旅行会社の社員と会話しながら行き先を決めるという。休みが取れたから旅行はしたいが、行きたい場所が定まっていない場合、会話することで自分の好みやオススメスポットといった情報と合わせて決めていくという。
ここからわかることは、我々は「選択する」ことに多大な負担を強いられているという点だ。逆にいえば、グーグルで能動的に検索し、商品の説明を読み、多くの商品の中から特定のものを選ぶという作業は、端的に「しんどい」行為なのだ。
ネットと会話のいいとこ取り
「意志の負担免除」
オススメ機能とは、いわば「選択する意志」の負担を免除するものである。ここでは、オンラインのカスタマーサービス等を手がける、アメリカのライブパーソン社CEOのロバート・ロカシオの指摘が参考になる。
ロカシオによれば、ネット上のショッピングサイトはどれも同じような画面構造がとられ、ユーザーはウェブサイトに飽きているという。またウェブサイトでみても内容がわからず、商品についての問い合わせがカスタマーセンターに多く寄せられている。ロカシオによれば、「カスタマーセンターは1年に2680億件の電話に対応し、1兆6000億ドルの費用を発生させている」。そして「比較のために全世界の広告費支出を挙げると、それは5000億ドル」であるという。記事ではカスタマーセンターへの電話が世界全体なのかどうかは明示されていないが、いずれにせよ、圧倒的にユーザーは会話を求めており、そのための人件費は膨大なものであることがわかる。
そこでロカシオは、電話サポートを人間の代わりに人工知能に代替させる必要がある、と主張する。筆者の理解では、それは企業がLINEのようなメッセージングアプリにアカウントを開設し、ユーザーはそこでチャットのようにテキストを送り、人工知能(あるいは人間)と会話しながら商品を決定するというものだ。もちろん近い将来はスマートスピーカーなどを利用することで、実際に人工知能と会話しながら商品を決定することが予想される。前述の通り、企業はユーザーのデータを保有しており、そうであれば人工知能がより個人に適切な「オススメ」サービスを提示するだろう。
例えばホテルの予約をする際、ウェブサイトですべてを選択するユーザーと、それが面倒で電話を選択するユーザーがいる。この対立は、人工知能と会話し、多くの選択肢などに関しては送られてくるアンケート用紙にチェックをつける、といった形を採用すれば、ウェブと会話の「いいとこ取り」を両立できるだろう。
現状では完全な会話は難しくとも、近い将来、ユーザーは家にいながらHPではなく会話しながらショッピングをするようになるかもしれない。大量の情報から商品を選ぶよりも、自分に合った商品の写真が数点送られる方が「選択の意志」の負担は軽減する。
聴覚メディアと情報社会
今回は会話などの聴覚を利用したサービスのビジネスについて議論した。ウェブサイトがなくなることはないだろうが、一からすべてを選ぶ煩雑な作業から、ユーザーは会話によって適切なオススメを知る時代が到来するかもしれない。それはユーザーにとっては便利であり、企業にとっては「意欲前領域」というユーザーの潜在的興味へのアクセスを可能とし、ビジネスチャンスを拡大するのである。
ただし繰り返し指摘するが、意欲前領域への介入は場合によっては過度な消費行為を惹起したり、洗脳に近い手法が取られる危険性がある。会話を通したビジネスは、その利用範囲や方法などについて議論する必要がある。
いずれにせよ、音声や会話といった、広義の「聴覚」を利用したサービスが注目されることで、情報社会に新たな可能性と課題が浮上した。さらなる展開に注目していきたい。