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「安南王国」の夢――ベトナム独立を支援した日本人――
牧 久 著

目次 立ち読み

明治45年1月、一人の少年が故郷・天草から船でベトナムへ旅立った。ベトナムは当時フランスの植民地(仏領インドシナ)で、「一旗あげて帰ってくる」との大志どおり、彼は苦難の末、かの地で商社「大南公司」を創業する。だが彼、松下光廣の大志は商売で大儲けすることではなく、被支配の苦境にあえぐベトナム人民を支援して、ベトナム独立を勝ち取ることへと変貌していた。
一方、ベトナム独立を志す革命家ファン・ボイ・チャウはグエン朝の末裔クオン・デ侯を擁立して、日本へと密航する。彼らを日本で支援したのは犬養毅、大隈重信、大川周明、頭山満らの面々だった。
時は太平洋戦争開戦の直前、日本軍の仏領インドシナ進駐に乗じてフランス軍と一戦をまじえ、独立を達成しようとするクオン・デたち。だが日本の軍隊はフランス軍との戦いを回避して撤退。ベトナムの復国同盟軍はあえなく敗退することとなった。そして、終戦間際の昭和20年3月、日本軍は「仏印処理」の名目でフランス総督府に対し、クーデター「明号作戦」を決行する。松下光廣や大川周明の門下生たちは日本軍に合流し、仏領インドシナはフランスの長いくびきを脱して一瞬の独立を果たす。だが、独立したベトナムの王に日本軍が推挙したのはクオン・デではなく、フランスの傀儡・バオダイ帝だった(やがて、日本の敗戦によってベトナムは再びフランスの支配下となる)。
「安南の王子」クオン・デは祖国復帰の願いを抱いたまま、昭和26年、さびしく東京で客死する――。

<書籍データ>
◇四六判上製、484頁 
◇定価:本体2,400円+税
◇2012年2月20日発売
◇ISBN: 978-4-86310-094-7

<著者プロフィール>

牧 久(まき・ひさし)
ジャーナリスト。1941年、大分県生れ。64年、早稲田大学第一政治経済学部政治学科卒業。同年、日本経済新聞社に入社。東京本社編集局社会部に配属。サイゴン・シンガポール特派員。名古屋支社報道部次長、東京本社社会部次長を経て、89年、東京・社会部長。その後、人事局長、取締役総務局長、常務労務・総務・製作担当。専務取締役、代表取締役副社長を経て2005年、テレビ大阪会長。現在、日本経済新聞社客員。著書に『サイゴンの火焰樹――もうひとつのベトナム戦争』『特務機関長 許斐氏利――風淅瀝として流水寒し』(各小社刊)がある。

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<立ち読み>

1975年4月のベトナム戦争終結から、40年近い歳月が流れた。「ベトナム社会主義共和国」が、ドイモイ(刷新)政策によって開放経済に移行してから四半世紀。世界各国からの投資も急増し、目覚ましい経済発展を遂げ、悲惨な戦争の傷跡もようやく癒えようとしている。日本企業の進出も急ピッチで進む。原発開発の日本受注も決まり、新幹線計画も浮上するなど日越両国の関係は年ごとに深まってきた。
サイゴン陥落時、日本経済新聞のベトナム特派員だった私は、3年前、当時の記憶を辿り『サイゴンの火焔樹――もう一つのベトナム戦争』を上梓した。その中でかつての取材源であり、向こう側(解放戦線側)の情報に強かった大南公司常務(当時)、西川寛生について書いた。西川は大川周明の「大川塾」出身であり、仏印派遣軍参謀長、長勇が組織した「許斐機関」の機関員だった。この「許斐機関」を追跡して出版したのが『特務機関長許斐氏利――風淅瀝として流水寒し』である。
両書の取材、執筆中、常に気になっていたのが「大南公司の創業者、松下光廣」という男の存在だった。日本軍がベトナムに進駐した時、長勇や許斐氏利、西川寛生らと現地ベトナム人たちを繋ぎ、彼らが常に一目も二目も置き、心から信頼していた男――それが松下光廣だった。サイゴン陥落直前まで、サイゴンの目抜き通りに6階建ての「大南公司ビル」を構えていたが、その人物像については「15歳で天草からベトナムに渡り、一代で大南公司という東南アジアに根を張った一大商社を築いた男」ということぐらいしかわからなかった。
「松下光廣の実像がわからなければ、あなたのベトナム戦争も終わりませんね」。こう冷やかし気味に問いかけて来たのは、前述の拙著二作の編集者、服部滋氏である。その通りだった。松下光廣という男と、ベトナムとの関わりを書き終わらなければ、私はベトナムに別れを告げることは出来ない。そうした意味でこの本は、前二作の続編であり、私の「サイゴンの記憶を辿る旅」の終着駅でもあった。
本書の取材の過程で次第に明らかになったのが、明治末年、フランスからの独立闘争のために日本に亡命してきたグエン王朝直系の王子クオン・デと、同じころ天草からハノイに渡った松下光廣との強固な盟友関係だった。日越の歴史の関わりの陰には、クオン・デを中心とする独立運動グループを密かに支援し続けた松下光廣という男が、常にその”中核“として存在していたのである。クオン・デと松下光廣の関わりを書くことは、明治、大正、昭和三代に渡るベトナムと日本人の交流史を書くことでもあった。
もう一つ、私には本書を書く強い動機があった。陥落後のサイゴンを取材中、北からやってきた若い将校(多分、ベトナム共産党員だったのだろう)に「あなたは、戦前、戦中にベトナムに侵攻してきた日本軍が何をやったか知っていますか」と厳しく問われたことがある。恥ずかしいことだが、私はこれに答えることが出来なかった。教科書で教わった中国に侵攻した日本軍の行為が頭に浮かび、ベトナムでも日本軍は同じことを繰り返したに違いない、とばかり思っていたからである。
戦後、日本軍の東南アジア進出は、「帝国主義的侵略」として全面的に否定され、またベトナムでもクオン・デの独立運動は、日本軍に利用されたものとして歴史の裏側に隠されたままである。私は「大東亜戦争がアジア各地の民族独立のための戦争であった」というつもりは毛頭ない。白人支配からのアジア解放を唱えながら、実際にはアジアの多くの人々に敵視される戦争にのめり込んでいった日本。それは歴史の皮肉としか言いようがない。しかし、「侵略戦争」や「ファシズム」という言葉ですべてを一括りにすれば、表に一切出ることもなく、自らも語らず、ベトナム人の独立の悲願を応援し続けた多くの日本人がいた事実は、闇の中に葬られ、歴史の真相は見失われるのではないか。今、ベトナムはかつての桎梏から解き放たれて完全独立を果たし、政治形態は違っても、人々の生活は向上の一途を辿っている。クオン・デや松下光廣と彼の同志たちの“魂の叫び”は実現したのである。彼らの思いや行動を書き遺すことは、今後の日越友好の深化に大きな役割を果たす、と私は信じている。

 

(続きは本書でお読み下さい)

 

 


<目次>

 

序 章 「兄弟同士の戦争はやめること」
第1章 隠れキリシタンの里・大江
第2章 植民地・仏印
第3章 大南公司と大川塾
第4章 「東遊(ドンズ―)運動」と王子クオン・デ
第5章 クオン・デ、漂泊の日々
第6章 日中戦争と日本の南進政策
第7章 北部仏印進駐とベトナム復国同盟会
第8章 開戦と松下光廣のサイゴン復帰
第9章 明号作戦とベトナム独立
第10章 日本敗戦とホー・チ・ミンのベトナム
第11章 「ベトナム現代史」の激流の渦中で
終 章 南十字星きらめく下で
あとがき (立ち読み)

 

 

 

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