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不屈の春雷――十河信二とその時代(下)
牧 久 著

目次 立ち読み

 

関東軍参謀・石原莞爾との出会い、日中戦争の拡大を阻止せんと、東条内閣の打倒に奮迅する。中国で興中公司の社長に就任、終戦から戦後にかけて愛媛県西条市の市長を務める。鉄道弘済会会長、日本経済復興協会会長などを経て、71歳で国鉄総裁に就任し、広軌新幹線の実現に尽力した。
十河が故郷・西条市に寄贈した膨大な資料をもとに、関東軍作戦参謀・石原莞爾を支援して日中戦争拡大の阻止に果たした役割など埋もれた事実を丹念に掘り起こし、十河信二と彼の生きた時代を生き生きと描き出したノンフィクション。一代の風雲児、激動の後半生――。

<書籍データ>
◇四六判上製、416ページ
◇定価:本体1,800円+税
◇2013年9月20日発売

<著者プロフィール>

牧 久(まき・ひさし)
ジャーナリスト。1941年大分県生れ。早稲田大学第一政治経済学部卒業。日経新聞副社長、テレビ大阪会長を経て現在、日本経済新聞社客員、日本交通協会会員。著書に『サイゴンの火焰樹――もうひとつのベトナム戦争』『特務機関長 許斐氏利――風淅瀝として流水寒し』『「安南王国」の夢――ベトナム独立を支援した日本人』(各小社刊)がある。

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<立ち読み>

関東軍は日本国政府や軍中央の反対にもかかわらず、少数の兵力で吉林、ハルビン、チチハル、錦州などを次々とその手中に収め、遂に「満州国」という国家まで創り上げてしまったのである。その中心人物は関東軍参謀の板垣征四郎や石原莞爾であり、一方これを民間で支えたのが満鉄理事であり、満鉄経済調査会委員長の十河信二であった。石原らは事変の発端となった柳条湖での鉄道爆破を軍司令官や参謀長に一言も知らせず、陰謀を実行した。その事後処理でも中央の不拡大方針を無視して独断で拡大していった。十河も満鉄の総裁や理事会の意向を無視した独断専行で、石原ら関東軍将校に協力した。
『秘録・石原莞爾』で陸士同期の横山臣平は「彼(石原)の関東軍参謀への転任の報に接した際、満州で何か大きな事件が起るような予感がした。果して現地からの便りで、石原の下剋上的な言動の情報が続々到来し、間もなく、満州事変が起ったのである。(略)石原を満州にやることは、『虎を野に放すようなものである』」と書いた。「直情径行、独断癖が強く、人の意表に出る」石原の性格は、十河信二と満州の地でぴったりと共鳴し合ったのである。軍や満鉄の組織からいえば、石原や十河たちの越権行為によって「満州国」は建国されたともいえるだろう。
彼らはその責任も十分に感じていた。新しい満州国を、彼らが描いた「理想の国家」に育てることでしか、その責任を果たすことは出来ない。満州国が誕生した直後の三月初め、十河は経済調査会の宮崎正義ら三人を奉天の関東軍司令部に派遣し、関東軍と満鉄の関係を一段と強化したいと申し入れる。これを受けて「関東軍特務部と満鉄経済調査会は打って一丸となり全力をつくして新国家の計画立案に邁進していく」ことになった。その直後に十河は板垣征四郎、石原莞爾両参謀を訪ね、率直に自分の意見を述べた。

 

「満州に五族協和の王道楽土を作るということは、誠に立派な理想である。そういう理想を現実に実現した国はどこにもなく、世界建国史上例を見ない壮挙である。理想は掲げてもなかなか実行はできない。だからこれを現実に実行しようじゃないか。実行できなくてカラ証文になっちゃ何にもならない」
「しかし、君らのやっていることには大きな矛盾がある。五族協和といっても、五族の中で主たるものは漢民族と日本民族ではないか。万里の長城のこちら側(満州)では漢民族も日本民族も一体で互いに仲良くして王道楽土を建設するという。しかるに長城の彼方(中国本土)では同じ漢民族と血を流して決戦を挑まんとしている。右の手では握手し左手には剣を持っている。満州政策はよいが、中国政策は間違っている。この政策の矛盾は直ちに改めるべきだ。日本の対満州政策はすなわち中国政策でなければ、この理想は絶対に実現できないぞ。理想を実現しようと本当に思うなら、対中国政策を本格的にやり直そうではないか」

 板垣も石原も十河の意見に賛成した。石原らにとって王道楽土の満州国を建設することは、いずれ予想される対米戦に備えて対ソ連との緩衝地帯をつくることでもあり、中国の蒋介石政権と良好な関係を保持することは欠くべからざる戦略である。しかし、彼らには中国政策について具体策はなかった。
「君に白紙委任状を渡すから、中国を一巡してどんな政策を立てたらいいか考えてくれ」「何でも勝手にやらせてくれるなら引き受けてもよい。僕の立案を関東軍がのめないなら、十河個人の意見であったということにしてもよい」
板垣、石原はこれを了承した。十河はこう考えていた。
「満州事変は張学良一家と関東軍の戦闘であり、中国と日本の戦争ではなかった。孫文の辛亥革命は中国の統一と独立とにあり、中国なくして日本なく、日本なくして中国はない。この意味で中国と日本の関係が、満州事変後、疎隔を来していることは双方にとってその本意ではない。南京政府の蒋介石も、日中関係の改善に何等かの考慮を払っているのではないか」
国民党総統の蒋介石は満州事変後、親日家で辛亥革命以来の同志である黄郛を北平(北京)の最高責任者である政務整理委員会委員長に任命した。「黄郛は胡漢民に次ぐ孫文の弟子で、蒋介石の兄弟子だ。蒋介石は黄郛の言うことは聞かざるを得ない立場にある。蒋介石も日本との関係改善を模索している」。十河は蒋介石の真意をそう推測していた。十河は北京に赴き、黄郛と率直な意見交換をしようと考えた。三月八日の長春での溥儀執政就任式に参列するような格好をして大連を出発、奉天で密かに北京行きの列車に乗り換える計画を立てたのである。だがこの計画は日本の新聞に漏れた。
「東日(現毎日)だったか読売だったか、日本の新聞に『十河が北京で黄郛に会う』という簡単な記事が出たんだ。それが北京や天津の新聞に転載され、『満州から侵略使節が来る』とでかでかと書かれたんだ。すぐに北京側から、これでは君がせっかく来てくれても会うことも話をすることも出来ない、しばらく冷却期間をおき、出発する時は秘密裡に来てくれ、との手紙がきた」。一年以上の冷却期間をおいて、十河が大連から北京に向かったのは昭和九年三月。溥儀の満州国皇帝即位式に参列するとの名目だった。

 

(続きは本書でお読み下さい)

 

 


<目次>

 

第10章 満州事変と満鉄の対応
第11章 満鉄経済調査会と「満州国」 立ち読み
第12章 華北開発の夢「興中公司」
第13章“満州派”の国家改造計画
第14章 戦争拡大と満州派の敗北
第15章 隠忍自重の時代
第16章「鉄路を枕に討死」の覚悟
第17章「広軌新幹線」への挑戦
終  章 老兵の消えて跡なき夏野かな

 

 

 

 

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