日本語が縦書きから横書きになるまで
(前篇)

日本語学者 屋名池 誠


高井ジロル (たかい・じろる)  編集ライター

1967年生まれ。北海道大学文学部卒業後、情報誌編集部を経て 、97年からフリー編集ライターに。著書は『Globes 地球儀の世界』(ダイヤモンド社)、『魂を熱くさせる宇宙飛行士100の言葉』(彩図社)など多数。

ACADEMIC ANIMAL 知的探求者たち

“学問玄人”である研究者の方々に話を伺い、学問の醍醐味、楽しさを伝える連載企画。ユニークな研究者、長い時間をかけて壮大な問題に取り組まれている研究者、学界の“星”のような研究者など、さまざまな研究者に、その研究内容や研究の道に入ったきっかけなどを伺います。ビジネス情報誌「月刊 WEDGE」との連動企画。

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ビジネス文書や雑誌で、当然のように使われる日本語の横書き表記だが、
どのような経緯で現在の形に定着したのかは手付かずの研究分野だった。
日本語学者の屋名池誠教授は、日本語の縦書き・横書きと、
日本の文化・社会とが影響しあう関係について研究している。

高井ジロル(以下、●印) 先生は、日本語が縦書きから横書きに変化してきた経緯を、近代以降に発行された新聞や雑誌などの表記をくまなく調べることで明らかにしてきたんですよね。

屋名池 誠(以下、「——」) 日本語のように縦書きも横書きもできる言語というのは、実は非常に珍しいんですよ。

 私は、文字についての方向を「文字列展開方向」と「文字列配置方向」に分けて考えています。字の正面向きに対して垂直方向に進んでいけば、縦書き。正面に対して水平方向に進んでいけば、横書き。これが文字列展開方向。一方、画面に対してどう文字列が置かれているのかをいうのが、文字列配置方向。

文字列展開方向が同じなので、両方とも縦書きである。

 いままで、書字方向についてきちんと研究されたことはなかったので、縦書きとは何か、横書きとは何かということ自体、なにも言われてこなかったんです。だから、文字列展開方向からいえば縦書きなのに、その文字列全体をそのまま90度倒して画面に対して水平に配置したものでも横書きと呼ぶことがありました。(※右図参照)

 他の言語でも縦書きできるじゃないか、とも言われますが、それは画面に対する文字列配置の方向が垂直なだけだった。日本語のように、文字列が展開してゆく方向が、画面ではなく文字から見て、縦も横もいける言語というのは珍しいんですよ。

●そもそも、先生が書字方向の研究に目覚めたきっかけは?

——15年ほど前、同僚と扁額に書かれた文字を見ながら、「これは横書きじゃなくて、一行一文字の縦書きなんだよ」と知ったかぶりして説明したことがあるんですが、その同僚に「どうして右横書きじゃないと言える?」と聞かれてたじろいでしまったんですね。誰かが証明しているだろうと思って文献を調べたんですが、見つからなくて、自分で調べるはめになったんです。

 最初は個人的な興味から、仕事の合間に趣味的な感覚で始めたものでした。でも、調べ始めてみると、書字方向、文字の配列方向というのは、言語にとってすごく大事なことなんだと気づいたんです。

●趣味で始めたら、実は大きなネタに当たっていたわけですね。

——我々の音声器官は、本来は音を発声するための器官ではありません。ものを食べるための器官だった口を発声器官として使い始めた。器官を転用して音を出している。これは人間じゃないとできなかったことです。

簡易保険加入を国民に推奨するポスター(上)と、同時期に掲載されたと見られる簡易保険の新聞広告(下)。新聞広告には左右両方の横文字表記が用いられている。ポスターは郵政資料館提供のものだが、掲載日は不明。新聞広告は1944年3月15日「朝日新聞(東京)」に掲載されたもの。
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著者

高井ジロル(たかい・じろる)

編集ライター

1967年生まれ。北海道大学文学部卒業後、情報誌編集部を経て 、97年からフリー編集ライターに。著書は『Globes 地球儀の世界』(ダイヤモンド社)、『魂を熱くさせる宇宙飛行士100の言葉』(彩図社)など多数。

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