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2010年8月23日

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 7月初旬、静岡県のとある児童養護施設。ボクシンググローブをはめた子どもたちが、大人の構えるミットに打ち込んでいた。喜々として興じる姿が目立つなかに、たまった何かを絞り出すかのように、笑顔一つ見せずにパンチを連打する男の子の姿があった。「どうした! お前の怒りは、そんなもんじゃないだろう!」。そう発破をかけられ、歯を食いしばって拳を繰り出す彼の眼は、潤んでいるようだった。

川でザリガニを捕っては
火にあぶって飢えをしのいだ

坂本博之(さかもと・ひろゆき)           元東洋太平洋ライト級チャンピオン。SRSボクシングジム会長。1970年生まれ。91年にプロデビューし、日本、次いで東洋太平洋ライト級チャンピオン。世界タイトル戦は4度挑んだが、いずれも惜敗。47戦39勝(29KO)の戦績を残して2007年に引退。まもなく児童養護施設を回る活動を開始し、今年8月にSRSボクシングジム(03-6825-8800)を開いた。  写真:田渕睦深

 汗だくになって子どもたちを鼓舞し、パンチを受け止めるのは、元プロボクサーの坂本博之。ライト級で日本、次いで東洋太平洋チャンピオンに輝き、4度の世界タイトル戦はいずれも惜敗したが、打たれても前に出るボクシングスタイルは、多くのファンの心をつかんだ。

 3年前に引退した坂本は今、全国の児童養護施設を回っている。不遇な環境にいる子どもたちの思いを、ボクシングを通じて吐き出させ、受け止め、そして「自分の運命を嘆いて、愚痴を言いながら生きるなんてつまらないよ。一生懸命やれば、自分次第で運命は切り開けるんだ」と語りかける。それは、幼少期に虐待を受けて施設で育ちながら、ボクシングに打ち込んで多くのものを得てきた坂本の39年間を、包み隠さず伝えることでもある。

 「両親の離婚で、小学校1年生の時に弟と2人で知人宅に預けられました。食事は与えてもらえず、一日、学校の給食1食だけ。夜は玄関口にバスタオル1枚を敷いて寝て、トイレは『水道代がもったいない』と言われて、外で用を足しました。不満を言うと、顔の形が変わるほど殴られた。弟を死なせるわけにはいかない、俺がなんとかしてやると思っていました。休みの日は給食もないから、その日どうやって食べるかが先決で、川でザリガニを、空き地でトカゲを捕っては、火にあぶって飢えをしのいだ」

 そんな毎日が1年半も続いた。栄養失調で倒れた弟が学校に運び込まれたことをきっかけにして調査が入り、坂本兄弟は福岡市の児童養護施設・和白青松園に保護された。

 「ご飯は3食、あったかい布団もある。普通の生活ができるようになったある時、食堂のテレビにボクシングの試合が映っていた。男と男がグローブつけて、まぶしいリングでやりあう姿に、強烈な光を感じました。俺もブラウン管の向こうに行きたい、そう思いました」

 とはいえ、母に引き取られて施設を出た後も生活保護を受けながら弟と二人暮らしをし、一日500円で生活するために賞味期限切れの弁当を探す毎日。今日のことを考えるのが精いっぱいで、当然ボクシングをする金などなく、坂本は鬱屈とした思いをケンカで発散することしかできなかった。高校を卒業してようやく、プロボクサーを目指してジムに入る。目標は世界チャンピオン。食堂のテレビで見た、光まぶしいリングに立ちたいと思っていた。

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