中島厚志が読み解く「激動の経済」

2010年9月7日

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中島厚志 (なかじま・あつし)

経済産業研究所理事長

1952年生まれ。東京都出身。東大法学部卒業後、75年日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。パリ興銀社長、日本興業銀行調査部長、みずほ総合研究所専務執行役員チーフエコノミストなどを経て現職。著書に『統計で読み解く日本経済 最強の成長戦略』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『日本の突破口―経済停滞の原因は国民意識にあり』『世界経済連鎖する危機―「金融危機」「世界同時不況」の行方を読む』(東洋経済新報社)など。

 世界経済の展開に不透明感が増している。アメリカ経済では鈍化を示す経済指標が増えており、主要国が財政健全化を図る中で欧州経済の先行きも明るいとは言えない。そして、景気状況が思わしくないのに財政健全化を図る足元の状況は、あたかも大恐慌から十分に立ち直っていない1937年に世界経済が再悪化した時点に似た側面があるようにも見える。

 大恐慌期には、1931年以降主要国は相次いで金本位制を離脱して金融政策と財政政策の自由度を獲得し、景気回復に努めた。しかし、景気回復が明確になってきた1937年に、インフレを恐れたアメリカは金融引き締めと財政緊縮に転じ、景気が再失速したのである。

通貨安競争は容認されない 円独歩高を防げ

 もちろん、当時と足元の経済や政策動向は同じではなく、同一視することはできない。しかし、似たような経済動向の中で参考になりそうなこともある。ひとつは、当時近隣窮乏化策にしかならない通貨安競争が起きたということだ。

 大恐慌当時の1931年から32年にかけて、イギリスポンドの切り下げを契機として欧州諸国の多くが追随して通貨を切り下げる事態となった。自国通貨を切り下げることで輸出を振興し、景気回復を図る狙いではあったが、結局は世界貿易が縮小する中での通貨切り下げ競争は不毛であり、もたらしたのは保護主義と世界経済の一段の悪化だった。

 当時真面目に為替相場を維持した国ほど厳しい経済状況に陥った経験からすれば、世界経済の回復が十分ではない足元での主要国の抜け駆け的な通貨安は容認されない。とりわけ、日本経済が欧米に比べて特段強い状況にはない中での円の独歩高は防止すべきだ。

 足元の円ドル相場は日米金利差に強く連動しており、米国連銀が緩和色の強い金融政策スタンスを鮮明にしたことが最近の一段のドル安を招いている。とすれば、日銀の市場金利を低めとする一層緩和的な金融政策に、景気下支えと結果としての円高防止効果が期待されるのは理解できる。

 日銀は8月30日に、期間が長めの資金を政策金利と同じ年0.1%で貸し付ける「固定金利オペ(公開市場操作)」の拡充を発表した。従来は貸付期間3カ月の資金を20兆円供給していたが、今後はそれに加えて期間6カ月の資金を10兆円供給する。

 すでに日銀の金融政策は緩和的であり、一層緩和しても景気と物価に対する効果は限定的に見える。実際、今回の金融緩和策では効果が薄いとの見方から、今のところ市場では円高防止の効果は大して見えていない。しかし、今後の日本経済減速と一段のデフレ進展の懸念を見据えた一層緩和的な金融政策は不可欠であり、今後とも適時適切な政策対応が円高を阻止することになるだろう。

「再軍備と戦争」に代わるものは?

 実は、1937年の景気の落ち込みはアメリカでは大きかったが、欧州と日本では金融緩和策と大規模な財政政策が継続されていたために大した落ち込みにはならなかった。でも、それは欧州主要国でも日本でも財政再建よりも戦争準備を優先していたからであった。1930年代の大幅な需要不足・供給過剰とデフレ持続は、結局再軍備と戦争が吹き飛ばしたことになる。

 今回の場合、戦争など考えられず、大きな供給過剰と需要不足を一気に吹き飛ばす事態は想定できない。同様に、どんなに財政赤字が大きくても財政支出が最優先される事態も考えにくく、財政健全化を軽視することもできない。

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